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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
ゴルゴンの瞳
41/219

メニオールの交渉

 勝敗は決した。


 ギデオンに張りつけた付与魔法(エンチャント)――それで繋げた彼の視覚神経を通して見た光景に、メニオールは大きく息を吐き出した。


 やはり圧倒的な強さだ……あのヤヌシスですら、ギデオンの前には手も足も出ない!


 おそらくペッカトリアの囚人で、単純な戦闘能力でギデオンに適う者はほとんどいないだろう。


 ギデオンの強さは、囚人最強と謳われる錬金術師、千剣のフェノムにも比肩するかもしれない。

 いや、いまの怪物じみた戦いぶりを見る限り、あのリルパにすら届き得るのではないかという期待さえ感じさせる。


(……とはいえ、ギデオン。お前でもアタシには勝てない)


 メニオールは目を開き、薄暗闇に立ちすくむ巨人の後ろ姿に目をやった。


 彼はペッカトリアの王ドグマの息子で、右腕を仮面の男によって奪われたヴァロの八つ上の兄にあたる巨人だった。


 名前をソディンといい、横柄な種族として知られる巨人種にしては、随分と気の弱いところがある。多分、性格は母親の血が影響したのだろうとメニオールは睨んでいた。


 ソディンは肩で息をしながら、懇願するような声を出した。


「そろそろ吐いちまえよ……俺だって本当はこんなことしたくねえんだ。親父はお前をきっと許してくれるさ、なあ、ユナグナ……」

「……お前たちには屈しない。何があってもだ」


 ソディンの巨体の向こうから、声がする。


 声の主は小鬼のユナグナ。従順であることをやめた小鬼であり、ドグマから例の象牙を三つくすねた罪で、いま拷問を受けている。


 しかしユナグナは強情で、なかなか象牙を隠した場所を吐かなかった。


「行動を起こす前に、妻と子を殺した。弱さを消すためだ。いましゃべれば、逝ってしまったあいつらに申し訳が立たない」

「お前、狂ってるよ……」

「お前たちよりマシだ、ノスタルジア人。お前たちは楽しむために他者を虐げ、殺す。これはゴブリンの独立を勝ち取る聖戦だ。流れたゴブリンの血は、リルが吸い上げてくださる」


 ソディンは鞭を振るい、両手両足を鎖で繋がれたユナグナの身体を強く打った。


「こ、この血もリルが吸ってくれるってのか?」

「……そうだ。こんな面倒なことをせず、さっさと殺せ。俺は絶対にしゃべらない」


 カルボファントの象牙はリルパに捧げられるもので、それがあるからこそ彼女はドグマの言うことを聞く。たった三つとはいえ、このユナグナがやったのは、ドグマによる象牙の独占状態を打ち崩す極めて危険な行為だった。


 他の者も象牙を持ってくることができるとリルパが思ってしまうと、彼女の中でのドグマの地位は、いまの一強状態から相対的に下がってしまうからだ。


「代われ、ソディン」


 メニオールはスカーの顔の下で、静かな声を出す。


「ス、スカーの兄貴……俺にはもう無理だよ……」

「だから代われと言ってるんだ。お前は出て行け。そんなビクビクした態度じゃ、この小鬼を調子づかせるだけだ」


 ソディンを宮殿の地下牢から追い出すと、メニオールはユナグナの目の前に腰を下ろした。


「……お前は根性の座ったやつだ、ユナグナ」

「ゴブリンを舐めるな」

「いつから反旗を翻す気でいた?」

「もちろん無垢なるリルパが、薄汚い巨人にいいように使われるのを見てからだ。あの方は俺たちゴブリンたちを導くために、リルが遣わして下さったのに」

「ほう、ドグマは嫌いか?」

「あの汚らわしい生き物には、憎悪しか感じない。必ず王の地位から引きずりおろし、身体をバラバラにしたあと、全て魔物に食わせてやる」

「ドグマはもともと、魔女フルールの所有物だぜ。それでも憎いか?」


 フルールの名前は、ユナグナの表情を一瞬だけ緩めた。しかし彼は、すぐにまた元の険しい顔に戻る。


「……フルールさまが倒れたいま、あの巨人の足かせは外れた。いまあの巨人のやる身勝手なことと、フルールさまは何の関係もない」

「関係ないなんてことはねえ。オレが思うに、フルールはドグマの劣等感を刺激し過ぎちまったのさ。ずっと抑え込まれてたやつほど、解放された途端にはしゃぎ回るもんだ」

「フルールさまは、あの巨人を殺すべきだった。それだけが、あの方の汚点だ……」


 ユナグナは涙を流していた。右目はドグマの拷問によって潰されていたため、涙を流すことができたのは左目だけだったが……。


「……オレはお前が羨ましいぜ、ユナグナ」


 声をひそめて、メニオールは囁いた。


「お前が象牙をくすねることができたのは、お前がダンジョンの二層世界へ行けるからだ。オレにはその許可が下りてねえ」


 カルボファントは、世界と世界を繋ぐこのダンジョンの二層世界に生息する魔物だ。その世界との交易でドグマは象牙を手に入れているが、ユナグナはもともと、こちらの一層世界から派遣されている商会の一員として働いていた。


 彼はその立場を利用して取引帳簿を改ざんし、三つの象牙を窃取した。ドグマが気付いたときには、すでに象牙はどこかへ隠された後だったのだ。


「……お前はあの巨人の仲間ではないのか? なぜ二層に行く許可が与えられていない?」


 ユナグナは、訝しげにそう訊ねてきた。


 先ほどから、彼はドグマを決して名前で呼ばなかった。

 個人の名前には不気味な力が宿ることを、身を持って知っているからだろう。そしてその魔法こそ、いまのメニオールを難しい立場にしているものの正体だった。


 スカーの『名前』は、確かに二層世界へ行く許可が与えられた者のリストに並んでいる。しかしメニオールはスカーを演じているだけで、スカー本人ではないのだ。


「オレのスカーっていう名前はあだ名でな。当たり前だろ? 傷の男(スカー)なんて本名の人間がいるかよ。でも、そこが悲劇の始まりでな。ドグマが間違えた名前に二層世界への通行許可を与えちまった」


 メニオールは前もって準備していた嘘を言ってから、肩をすくめた。


「ドグマは強情で、自分の間違いを認めねえ」

「あの愚かな巨人らしい」


 ユナグナは嘲笑している。左目の涙はもう乾いていた。


「……ドグマは邪魔だ。オレにとってな。オレはこのダンジョンの先に進みたいだけで、ここを誰が支配してるかどうかなんて興味ねえ。小鬼が小鬼らしく生きたいってのなら、勝手にしてくれって話さ」

「……何が言いたい?」

「オレに協力しろ、ユナグナ」


 するとユナグナはぽかんと口を開けてから、またすぐに表情を引き締めた。


「……お前たちノスタルジア人は、いつも俺たちを騙そうとする。自分たちの方が賢いと思っているからだ。俺はそう簡単に騙されない……」

「お前には時間がねえ。いや、お前たちには、の間違いかな」

「……どういうことだ?」

「今日、新しい囚人として契約術師が迎え入れられた。約束を守らせる力を持ったやつさ。そいつの利用方法にドグマが気づけば、小鬼は終わりだぜ」


 見る見るうちに、ユナグナの顔色が変わっていく。見ていると興味深いのだが、緑色の顔が白くなっていくのだ。


「……小鬼はいま、あくまで自分たちの意志で囚人に従っている。それが正しいと信じてな。だが、ユナグナ。中にはお前みたいに、そのことに疑問を持つやつだって現れ始めている。そして、それをドグマはよく思っていない」

「ま、まさか……」


「そのまさかだ。契約術を使えば、囚人と小鬼の間に、強制力を持った支配関係を築くことだってできるわけだ。そうなったら、お前たちの意志は関係ねえ。喜んで囚人に従うやつらは、すぐにその契約を交わすだろう。いまと立場が変わらないからだ。そして、それを拒否する者が殺される。契約術は、お前のような面従腹背な態度を取る小鬼を見つけ出す踏絵になるのさ」


「そんなことは許さない! 俺たちの自由を踏みにじる気か!」


 ユナグナは自分の拘束を忘れてしまったかのように暴れ出し、彼を繋ぐ鎖がジャラジャラと大きな音を立てた。


「オレが教えれば、ドグマはすぐにこの案に飛びつくだろうぜ」

「やめろ! そんなことをすれば必ずお前を殺してやる!」

「落ち着けよ。まず冷静になって、オレがなぜドグマにまだこのことを話してないのかを考えろ。本来なら、オレはドグマに気に入られたい囚人のはずじゃねえのか? なぜお前に話して、ドグマには黙ってる?」


 ユナグナは焦燥しきった顔で、メニオールを見返した。


「な、なぜ……?」

「オレの言葉が真実だからだ。オレにとって、あの(・・)巨人(・・)は本当に邪魔なのさ」


 ユナグナに合わせ、ドグマをあの巨人と呼んだ。それでユナグナの信用を勝ち取れるとは思わない。これは、単なるおふざけだ。


「……敵の敵は味方っていうんだぜ、ユナグナ。オレに協力しろ。そうすれば、ここからすぐ出してやる」


 ユナグナの気持ちが揺れているのがわかった。どれだけ苦痛を与えても、決して頑なな態度を変えなかった強情な小鬼が……。


「……そうだ。お前の味方をする証として、ちょっとしたプレゼントをやろうか」


 言いながら、メニオールは小鬼に付与魔法(エンチャント)を張りつけた。


 これは本来、術者であるメニオールと、魔法を張られた者との神経を繋ぐことができる力だが、ちょっと応用を効かせることで、付与魔法(エンチャント)を張られた者たち同士の神経を繋ぐことも可能になる。


 つまりダメージの移し替えを、二つの対象同士の間で行うこともできるのだ。


「……これから、付与魔法(エンチャント)の効果が切れるまで、お前の苦痛は消え去る。だが、一応泣きわめく演技はするんだぜ。あの巨人が不審がるからな」

「お、お前は一体何なんだ……?」

「いま喋ったことだけで判断しろ。少なくとも、ペッカトリアの王を邪魔に思っている者だ」


 メニオールは立ち上がり、拘束された哀れな小鬼を睥睨した。


「……また来る。そのときまで、考えをまとめておけ」


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