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案内者

 小道から出てきた筋肉質な男は、ラーゾンと名乗った。


 彼は獄吏と二、三言葉をかわすと、ギデオンたちに向けて大声を出した。


「歓迎の挨拶といきたいところだけどよ、そいつはボスの仕事だ! いまからてめえらを安全な場所に連れていくから、野垂れ死にしたくないやつらはついてこい!」

「安全な場所? 監獄の中にか?」


 囚人の一人がラーゾンに訊ねた。


「ああ、街があるのさ。お前たちにとっちゃ、きっと外の世界よりも暮らしやすいはずだ。それに、ここには危険な魔物だっている。その街には魔物も入ってこねえからよ。それじゃ看守さん、ここまでお勤めご苦労さん」


 最後の言葉は、場に待機していた獄吏に向けられたものらしい。どうやら新入りを迎えにきた囚人に引き渡すまでが、彼らの仕事のようだった。


 ラーゾンは「よし、じゃあてめえらは俺についてこい」と軽薄な口調で言うと、踵を返して森の小道を進んでいく。


「……お、おい、あいつ行っちまうぞ、どうする?」

「どうするったって、少なくともあいつは人だろ? 監獄にはやばい魔物がうろついてるって話なんだし……ここでじっとしてるより、人間についてった方がましなんじゃねえか?」

「獄吏と顔なじみみてえだったってことは、少しは信用できるってことだろ……?」


 勝手がわからない様子の囚人たちは、自分たちの眼前で起こっていることにいちいち戸惑っているようだった。きっと下調べがなければ自分もこうだったろう、とギデオンは思った。


 わけのわからぬまま、とりあえずという面持ちでぞろぞろ歩く新入りたちを先導しながら、ラーゾンは手近な囚人に向けて、上機嫌な声を出す。


「おい、お前! お前は何をしてここに来た?」

「お、俺か? ……帳簿をちょろまかした」

「詐欺か。しょーもねえなあ。そんな罪状でここに落とされるのかよ」

「その取引先が大物だったのさ。まったく、司法の公平性なんてあったもんじゃねえよ」

「じゃあよ、お前は自分でどんぐらいの罰がふさわしいと思ってんだ?」

「まあそりゃ……普通の刑務所で二、三年だろ」

「そうか? 俺は、死刑でいいと思うぜ」


 ハッと驚いた様子の囚人を見て、ラーゾンはニヤリと笑った。


「冗談だよ! 本気にすんなっての!」

「じょ、冗談かよ、ははは、ま、そりゃそうだ……」

「お前は何をした?」


 ラーゾンは今度、フードを被った小柄な男に声をかける。


「……うるせえ」

「は? うるせえ? いま、うるせえっつったか? なんだ、協調性のねえやつだな……ま、てめえもどうせ死刑だな」


 それからしばらく、ラーゾンが人の罪状を聞いては、死刑、死刑と言って笑う様子を、ギデオンは集団の後方からじっと見ていた。


 ちなみにフォレースに死刑はない。


 国教であるラヴィリント教が、三百年前かそこらの宗教会議で禁止したからだ。


 慈悲深きラヴィリントの手を汚さずとも、フォレースには迷宮へとつながる門があった。要するに何かと体裁の悪い死刑に代わって、建前としての迷宮刑ができたということだ。どうせ、そこに入った者は死ぬ。


 もうほとんど新入りに対するラーゾンの『裁判』が終わったとき、彼が残りの中から目をつけたのは、まだ少女と言ってもいい女だった。


「あらら、なんでこんな辺鄙なとこに、こんな上玉がいるんだよ? お嬢さん、旅行先を間違えてねえか? それとも、パパがここに別荘でも持ってんのかい?」


 ラーゾンの言葉どおり、彼女の整った顔立ちと艶のある黒髪は、どこかの令嬢と言われても納得してしまいそうな育ちの良さを感じさせた。高貴さと言ってもいい。


 さらに印象的だったのは、彼女の瞳の色がそれぞれ異なっていること。右目は髪と同じく黒いが、左目は明るい金色をしている。


 それを見て、ギデオンは瞳術師のキャロルを思い出した。


「あんた、名前は?」

「……ミ、ミレニアといいます」


 彼女はラーゾンの視線を避けるように目を伏せると、か細い声を出した。顔から血の気が引いており、小刻みに身体が震えている。


「ミレニア! 良い名前だ! ……で、あんたはなんでここにいる? 何をしでかした?」

「……何も、していません……」

「何もしてない? そいつは問題だ! 何もしていないうら若き美女を監獄送りにしちまうほど、世界は狂っちまったのか! ……まあ、でも仕方ねえよな。何もしてないってことは、死刑だ」


 すると何が面白かったのか、囚人たちの間で笑いが起こった。


「はっは、あんた、面白いな」

「お? ようやく俺の笑いが理解できてきたか?」

「めちゃくちゃだよ。あんたに比べれば、道化師だって筋が通ってら」

「そうかい? なら、もっと面白い芸を見せてやろうか。さあさあ、ここに取り出したるは、この世の物とは思えぬほど美しい音色を奏でる笛! こいつを一吹きすると――ってあれ、音が出ねえ」


 ラーゾンが首にかけていた笛を片手に首を傾げていると、また囚人たちがどっと沸く。


「待てよ! いまのはギャグじゃねえぜ! こいつは鳴るはずなんだ、おかしいな……」

「……犬笛だ……」


 大げさな態度で何度も笛に息を吹き込むラーゾンを見て、フードの小男がぼそりと呟いた。


 彼は先ほどのラーゾンとのやりとりがよほど不快だったのか、集団の最後尾まで歩を遅らせていたらしく、ギデオンのすぐ傍にいた。


「……犬笛?」

「あの笛、ちゃんと音が出てるぜ。てめえらの耳には聞こえねえかもしれねえけどよ」

「あんたには聞こえるのか?」

 ギデオンの言葉に応えるように、男はフードを降ろした。彼の頭には、毛で覆われた尖った耳がぴょこんと生えている。


「獣の耳……犬の獣人(ラーナ)か?」


 随分と小柄な男だと思ったが、なるほど犬の獣人と思えば納得もいく。


 種によるものの、小型種なら成人になっても、純粋な人間の成人男性ほどのサイズにはならない。


「狼だ、クズ。犬と狼は、猫と虎くらい違う。……にしても、不愉快な音だぜ。音に何か魔法を乗せてやがるな。妙に心をかき乱される……」

「犬笛が聞こえるってことは、やっぱり犬じゃないのか」

「しつけえな、狼は犬の上位互換なんだよ! 犬にできることは、狼にもできるんだ」


 何をそんなにこだわっているのか知らない。そもそも、どっちだとしてもさほど変わらない。きっと、ドライアドとツリーフォークほどの違いはないはずだ。


「それで、あのラーゾンってやつは何をしてる? 道化師の真似事か?」

「馬鹿かてめえは! ……あれは犬を呼んでるんだよ」


 彼がぼそりと呟くのと、脇の茂みから巨大な三頭犬が飛び出してきたのは、ほとんど同時だった。


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