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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
ゴルゴンの瞳
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二つの炎、二人の炎

 救いの時間以外、常に瞳を隠すヤヌシスは、視界に頼らず物を認識する術を持っていた。

 

 一つは空気の流れによる空間把握。


 もう一つはピット器官による熱探知だ。

 蛇から進化したと言われるゴルゴン種の人間は、蛇にも備わっているその独特な器官を生まれつき持っている。


 素早く動くギデオンに向け、ヤヌシスは『力』を解き放った。

 空間に生じた熱の点が一気に拡散し、暴力的な熱の波を広げていく。


「……これがお前の魔法か?」


 すんでのところで爆発を躱したギデオンが、静かな声を出す。


「そのとおり! ワタシの炎からは、誰も逃れられないのデス!」

なるほど(・・・・)()()()?」

「あなたのその訳知り顔にはうんざりデスよ、ギデオンさん!」

「俺の顔が見えるのか? 視覚以外で世界を『見る』というのが、どういうものなのか本当に興味深い」

「ならば次は蛇かゴルゴンに生まれることデスね! 今日きっちり殺してあげますから!」


 ヤヌシスはまた爆発を引き起こし、ギデオンの進行方向を塞いだ。

 ハッと動きを止めた男に、身をひそめて近づいていた大蛇が襲い掛かる。


 地下深くにできたこの湿った空間は、ヒノマダラ種の巣としても機能していた。


 成長すると最大十メートル以上のサイズになるこの蛇は、極めて強力な神経毒と出血毒を持つことで知られており、石化の瞳を持つバジリスクを『蛇の王』とすると、それに次ぐ『蛇の女王』と呼んでいい存在だった。


 この蛇こそが、ヤヌシスの操る第二の炎――。


 ヒノマダラの毒を受けて全身から血をふき出す人間は、まるで己を燃料として真っ赤に燃え盛る火だるまのように見えるからだ。


 ギデオンの首筋に噛みついたヒノマダラは、まだまだ成長途中の未熟な個体だったが、それでもゆうに五メートル以上はあり、すでに人間を殺すには十二分な力を持っている。


 顔をしかめて動きを止めた哀れな男にヒノマダラが巻きつき、ギリギリと締め上げていく。


「……ペアルックだ。お洒落じゃないか?」

「……は?」


 致命的な攻撃を受けているにもかかわらず、のんびりしたことを言うギデオンを、ヤヌシスは訝しげに思った。


「こいつは、お前が首に巻くその蛇と同じ種類じゃないか。しかしお前のやつは随分と小さいな。ひょっとして、蛇も小さい方が好きなのか?」

「蛇に好きも嫌いもありませんよ。ただ、いま物事の好き嫌いを言っていいなら、とりあえず危機感のない男性は嫌いデスね」

「男が危機感を覚えるようなことを、お前がやらないからだ」


 平然とした様子で嘯くギデオンが、ヤヌシスはこの上なく煩わしく感じた。


「不快デスね、ギデオンさん。きっとあなたをこの世から取り除けば、すばらしい快楽を得られることでしょう」

「お前は子どもを愛するあまり、自分の心まで子どものままだ。人は成長にともなって、堪忍袋の尾を、もっと丈夫に結わえているものだが」


 ヤヌシスは、蛇ごとギデオンを爆破した。


 苦しみの声を上げるヒノマダラが痙攣し、さらにギデオンを強く締め上げる。それでついに立っていられなくなったのか、ギデオンは神殿の石畳に膝をついた。


 男の顔の皮膚は、いまの炎上でただれている。その様を瞳で見ることができないのが、ヤヌシスにとって唯一の不満だった。


「……お前の蛇だろ? なぜ爆発に巻き込んだ?」

「まだしゃべりますか」


 今度はギデオンの頭部を中心にして、熱を爆散させる。

 しかしギデオンはさっと首を傾け、力の直撃を避けた。


 爆発の衝撃で彼もダメージを受けたが、それは近くにいるヒノマダラも同様だった。

 蛇はついに身体の力を失い、ギデオンを拘束から解放すると、ずるりと石畳に落ちた。


「助かった。ありがとう」

「蛇はあの一匹ではありませんよ? 周りを見回してみることデス」


 その言葉とともに、石化した子どもたちの陰に隠れていたヒノマダラたちが、ずるずると這い出してくる。


「その個体はあなたの動きを封じ、ワタシの爆破を直撃させる足掛かりとなりました。それだけで十分な仕事デス」


 言ってから、ヤヌシスは目隠しの奥で眉をひそめた。


「……しかし妙ですね。あなたはなぜヒノマダラの毒を受けて平然としているのデス?」

「俺に毒は効かない。それだけのことだ」

「なるほど。やはりここで一級身分を与えられるだけのことはあるようデス……」

「お前がもらえるような安い身分だ。俺だってもらえて当然だろ?」


 それが挑発だとわかっていても、ヤヌシスは怒りを抑えることができなかった。


「不快だ! 不快デスよ、お前!」


 さっと腕を振ると、にじりよっていたヒノマダラたちが一斉に攻撃を仕掛けた。


 毒が効かなくとも、先ほどと同じように拘束すれば身動きが取れなくなる。そのあとに、また蛇ごと爆発を叩き込んでやればいい。この場所に潜むすべての蛇を使い尽くすまでには、ギデオンは力尽きていることだろう――。


 そう考えていたヤヌシスは次の瞬間、神殿のいたるところで異常な熱の高まりを感知して、ハッと息を呑んだ。


 ギデオンに向かって飛び掛かっていた蛇たちの頭が、一斉に爆発する。


「ば、馬鹿な!?」


お前(・・)()()()()お前(・・)だけ(・・)()もの(・・)()()ない(・・)


 ギデオンは、淡々と言い放つ。


「う……な、何を言って……?」

「俺が気づいていないとでも思っていたのか? 火薬スギ(パイロ・クリプトメリア)。あるいは空雷(エア・マイン)。お前が中庭に植えていた木のことだ」


 それを聞いてギクリとする。


「まき散らす花粉に発火成分が含まれ、その群生地帯は、入る時期を間違うと死の森と化す。花粉の発散期は、森の至るところで爆発が起こっているからだ。他の木々の群生を許さず、自分たちの縄張りだけを広げていく貪欲な植物。そして爆発の衝撃から自分の身を守るために、葉も幹も極めて硬質」


 この男はやはり、あの木に気づいていたのか……。ヤヌシスは、水を得た魚とばかりに饒舌さを増したギデオンを前にして、強く下唇を噛んだ。


「俺はその『硬質』な性質に目をつけたお前が、アダメフィストの代わりにでもするのかと思っていたが、どうやらもっと実際的な使い方があったらしい。お前は自分の力を炎だと言っていたな?」


 ギデオンが手を上げ、すっと人差し指を伸ばすと、その先にある空間が爆発する。


「……だが、俺もできるぞ。逃げ回る振りをする間、そして蛇に囚われている間、同じものを空中に散布しておいた。その花粉を、俺はいま自在に操ることができる。この植物の力を借りれば、植物使いは同時に炎使いにもなれるわけだ」

「ふ……ふふふ……ふっふふふふふふふふ」


 ヤヌシスは、込み上げてくる笑いを押さえることができなかった。


「面白いよな? 俺もたまに使う手だ。自分の魔法はこういうものだと思わせて、対応してきた相手の裏をかく。お前は炎を使うと言っていたが、見事に擬態していたわけだ。だが俺には通用しない。お前の本当の力は、花粉を自在に操り、ぶつけ合って爆発を引き起こす風――」


 ギデオンは、ヤヌシスを指差して言い放った。


「――風こそが、お前の魔法だ」


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