ゴルゴンのヤヌシス
「これはこれは、邪神官さまじゃねえか。あんたの神は元気か?」
スカーはいま彼女に気づいたとばかりの態度で、ヤヌシスに向き直った。
「元気? いや、嘆かれておいでデス! あなたにはその理由がわかるはずデス!」
「何の話をしてるんだ?」
「教会を管轄地に入れましたね? アルビスさんが死んだと聞き、ついにあそこをワタシがもらえると思ったのにぃ!」
「てめえは邪神だけ信仰してればいい。他の神を巻き込むな」
スカーがピシャリと言い放つと、ヤヌシスは悔しそうに地団太を踏んだ。
「いつもいつもいつもお! 誰かがワタシの邪魔をするのデス! これは陰謀デス! 神はワタシにどれだけの試練を与えようと言うのデスか!」
「……な、イカレてるだろ?」
小声で、ひそひそとスカーが耳打ちしてくる。
「スカーさん、悪いことは言わないデス。いまからでもいいので、ワタシに教会を譲るのデス。そうすればあの天井画に我が主をお招きし、敬虔なる信徒を増やせるのデスから」
「てめえの神が、まだそのときじゃねえって言ってんのさ。諦めろ」
「あなたは早起きしただけデスよね? そしてボスにおねだり。その結果が神の声デスか?」
「天命を待つには、人事を尽くすことだ。たったそれだけっていうが、されどそれだけってな。教会は諦めろ。てめえの邪神を、他の神々と同列に扱うわけにはいかねえ」
「……ではあなたがいなくなれば、ワタシが次の管理者デスかね?」
「ほう、オレを消そうってか?」
スカーが腕を組んで言うと、ヤヌシスは口の端を上げて妖艶に笑った。
「……あなたは『醜い』。ワタシは手にかける相手にこそ美を求めるのデス。せめて、あなたがもう少し美しければね……」
「そうかい、安心したぜ。じゃ、話が終わったら、とっとと失せろ」
「ちょっと待った」
ギデオンは、スカーにあしらわれて悔しそうに下唇を噛むヤヌシスに声をかけた。
「あんたの信仰する神というのは、まさかメフィストでは?」
「――おお! おお、我が主の名を知っているのデスか? ……えー……レギオンさん!」
「ギデオンだ。あんたはゴルゴンだろ、ヤヌシス?」
すると、ヤヌシスは呆気にとられたような顔をする。目は口ほどにものを言うと言うが、逆に彼女は目を隠していても、表情からはっきりと感情を読み取ることができた。
「な、なぜ? なぜ、ワタシがゴルゴンだと……? え、どこかで、お会いしたデスか?」
「いや、蛇になつかれているし、目を隠しているから。ゴルゴンの瞳は石化の病をふりまくから、みなそうやって目を隠すと聞いた」
「な、なんと驚嘆すべき推理力デスか!」
「いや、てめえがゴルゴン種だってことは、ここの人間は大体気づいてる。口に出して言わねえだけでな」
スカーが言い、ヤヌシスはバツの悪そうな顔になる。
「俺はアダメフィストという木に、よく世話になっている。確か遥か昔、それでゴルゴンは神メフィストに捧げる神殿を作ったという話じゃなかったか? あんたの信じる神がメフィストだと思ったのは、そこからなんだが」
「そのとおりデス! ……ああ、しかしアダメフィスト……ギデオンさん、あなたはその木を知っているのデスか?」
「知っているも何も、俺は植物使いだ。いますぐここに生やすことだってできる」
「な、なんとお!」
アダメフィストという言葉を口にして失意に沈んだ様子だったヤヌシスの顔から、さっと陰りが消えた。
「これこそ神のお導きというもの! やはり我が主メフィストは、敬虔なるワタシに道を示してくださるのデスね!」
そう言って勢いよく顔を寄せてくるヤヌシスに、ギデオンは戸惑いを覚えた。
「え……何の話だ?」
「我が神殿にはご神木が欠けているのデス! それを手に入れるためにワタシは手を尽くしていますが、なかなか成果が出ず困っていたところなのデス!」
「ご神木?」
「ああ、祈りの間の中央に立てるべきアダメフィスト……それがなければ、我が主メフィストのための神殿とは言えないのデスよ……」
「そうか? それなら、俺があんたにその木をプレゼントしようか」
これ幸いと咄嗟に機転を利かし、ギデオンはそう言った。隣ではスカーが、片眉を上げてこちらを見ているのがわかった。
「……あんたの住まいに案内してくれよ、ヤヌシス」
「え? でも、急にそんなことを言われても困るのデス……」
ヤヌシスは、頬を赤らめてもじもじと身体を揺らす。
「強引なんデスね……初対面の女性の家に、いきなりやってこようとするなんて……」
「男にこういうことを言われるのは慣れてるだろ? あんたは綺麗だから」
「まあ、こんな『醜い』ワタシに対して、なんて上手な……で、でも、今日は駄目デスよ? 殿方をお迎えするには、あまりに散らかっていますからね……」
「じゃあ、いつならいい?」
「……明日でいかがデス?」
ヤヌシスは頬をぽっと赤らめ、口元に手を当ててそう言った。
ギデオンは、スカーの方をちらりと見やった。すると彼は、意味深な様子で肩をすくめる。
多分、スカーもギデオンと同じ考えなのだろう。
――この女は、おそらく黒だ。
「わかった。じゃあ明日あんたの家に行くよ」
「楽しみにしているのデス」
ヤヌシスはニコリと微笑んでから、スカーにビシリと指を突きつけた。
「教会をワタシに譲りたくなったら、すぐに言うことデス! それこそが、神のお導きなのデスからね!」
「わかったわかった」
手をヒラヒラ振って返すスカーの適当な態度が気に入らないのか、ヤヌシスはまた下唇を噛み、憤然とした様子で踵を返した。
「……どうする気だ、ギデオン?」
「いまからあいつの住処に行く」
「待てよ。オレの情報は役に立ったろ?」
女の後をつけようとするギデオンの肩を、スカーが掴んで引き留めた。
「礼を言って欲しいのか?」
「違う。返事を聞かせろ」
ギデオンは少し考えたが、すぐその答えに辿り着いた。
この場所は汚れきっている。だが、ここではそれが正常なあり方なのだ。
毒をもって毒を制すという言葉があるように、目的を果たすためには、まっとうなやり方にこだわっている場合ではない。
「……わかった。お前と組もう、スカー。お前は俺に何をやらせたい?」
「いまはその返事だけで十分だ。さっさとあの女のケツを追いかけてこい」
そう言って、スカーは顔を歪めた。




