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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
ゴルゴンの瞳
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囚人会議2

 ドグマは、新しく囚人たちに混じって身を小さくするテクトルを、ひとしきり睥睨するように見つめてから、また鬚を震わせた。


「――予定してた議題は以上だが、てめえらの方から何かあるか?」

「それじゃ、私とギデオンから」


 わざわざギデオンの名前を強調するように言いながら、シェリーが手を上げた。


「何だ?」

「私が昨晩、仕留めそこなっちゃった坊やの話。その子を誰か、見なかったかしら?」

「ああ、確かハウルとかいうガキだったか?」

「そうよお。そして、ギデオンのお友だち。ね、ギデオン?」


 シェリーは青痣だらけの顔で、痛々しいウインクを飛ばしてくる。


「おいおい、せっかくの綺麗な顔が台無しじゃねえか、シェリー……あんなガキにやられちまうとはな。油断し過ぎだったんじゃねえか?」

「とんだ間違いよ、ボス! あれは化け物! 放っておくとこのペッカトリアの危機だわ!」

「化け物じゃない」


 ギデオンは語調を強めて言ったが、言葉ほど自信があるわけでもなかった。


「化け物じゃない? まあ、それはそうでしょうねえ……月夜に狼へと変貌する生物を、化け物と呼ばないならね」

「……狼?」


 胡乱気にそう呟いたのは、ラスティだった。


「何か知ってるの? 私を痛めつけたあと、どこかに行っちゃったんだけど」

「知ってることがあれば、きちんと話した方がいいぜ、ラスティ」


 そのとき、スカーが恫喝するような声を出した。


「え、いや……だって兄貴、昨晩……」

「ペッカトリアのためだ。何か知ってるなら話せよ。他ならぬシェリーとギデオンがこうして上げてくれた議題さ。オレだって何か知ってれば、進んで助けになるんだがな」

「いや……やっぱり気のせいみたいだ。ラーゾンの三頭犬のことを夢に見ちまってさ……」

「そうか? まあ、オレもあいつのキメラは気に入ってたがよ」


 スカーは顔を歪めた。笑っているらしい。


 一方のラスティは、どこかバツの悪い顔をしてシェリーの方をちらりと見ただけで、それきり何も言わなかった。


「誰もそのガキを見てねえってのか?」


 ドグマがまた声を張り上げる。その声には、いかにもわざとらしい義憤が込められていた。


「囚人奴隷の分際で、囚人に手を上げやがった! 競売前だったとはいえ、足輪をつけたあとだぜ。絶対に許せねえ……」

「ハウルは俺が推薦する予定だった」


 ギデオンは、強い口調でドグマに反論した。


「そんなもんは却下したさ。もちろん、いま推薦されても却下する」

「じゃあ俺が囚人奴隷として買う。きちんと話せばわかってくれるはずだ」

「いや、駆除すべきだな。それともてめえは我儘を言おうってのか、ギデオン? どうだ?」


 ドグマの狙いが透けて見えて、ギデオンは顔をしかめた。


 この巨人は、こういう立ち回り方だけは心得ているらしい。いまドグマは、反抗的なギデオンを飼いならす格好の餌を見つけたとでも言いたげな様子だった。


「ペッカトリアの脅威を、てめえは生かしたいと言う。まあ、他ならぬ一級身分の囚人の頼みだ。俺だって便宜を図ってやれねえことはねえ。俺はここのボスだからな」


 この街で、ハウルがたった一人で脅威から身を守り続けられる保証はない。


「……ハウルを見つけて保護してくれ、ボス」


 ギデオンが観念したように言うと、ドグマは大きく鬚を揺らして笑った。


「いいだろう、ギデオン! シェリー、てめえもそれでいいよな?」

「ボスとギデオンが、その子をしっかりと鎖につないでいるってことね?」

「そうさ! そいつの爪や牙が、てめえを含めた囚人に届かねえようにする」

「じゃあ、構わないわあ。ギデオン、よろしくね。その子が見つかったら、仲直りの席を設けましょう。あの夜はお互い、立場があったってねえ」

「話は決まりだ。まあ、昨日の今日だ。てめえらが何も見てなくても、小鬼どもが何か知ってるかもしれねえ。そのガキが出てきたら俺に報告しろ」

「……なんなら俺が探そうか? ガキの血があれば何とかなるが」


 そのとき、また別の囚人がおずおずと手を挙げた。

 しかし、スカーが脅しつけるような口調で言い放つ。


「てめえは黙ってろ、メガロ。ボスは小鬼の話を聞いてから決定を下すって言ってんだ。しゃしゃり出るんじゃねえ」

「す、すまねえ、兄貴……悪気があったわけじゃ……」


 メガロは手を申し訳なさそうに下げた。


「てめえの悪い癖だぜ。目立って点数稼ぎでもしてえってのか?」

「そこらへんにしとけ、スカー。俺たちはみんな仲間なんだからよ。とりあえず、今日のところは解散だ」


 ドグマの言葉で会議が終わり、囚人たちがぞろぞろと広間から退室して行く。

 彼らに混じって、何食わぬ顔で帰ろうとしているスカーを、ギデオンは呼び止めた。


「なんだ、ギデオン? いまさら礼を言いたくなったのか?」

「ふざけるなよ……俺が何を言いたいか、お前にもわかってるはずだ」

「ミレニアのことか?」

「殺したな?」


 ギデオンは声をひそめ、スカーに詰め寄った。するとスカーはなだめ方を知っている猛獣をあやすように、ギデオンの腕をポンポンと叩いた。


「さて、てめえ(・・・)()もう(・・)オレ(・・)()()()ねえ(・・)。でもまあ、話くらいは聞いてやるよ。オレがあいつを殺したって?」

「ドグマがさっき言っていただろ。ミレニアは死んだ。お前以外に誰が彼女を殺す?」

「死体を見たってのか? ミレニアの死体を、お前が直にその目で?」

「……何だと?」

「オレの管轄地には、死体置き場(モルグ)も含まれてる。死体をでっちあげるくらいわけはねえさ」


 その言葉を聞いて、ギデオンは屍術師のアルビスが戦いの中で言っていたことを思い出した。


 ――死体置き場(モルグ)には手を出せない、と。


 まさか、その場所を管理するのがスカーだったとは……。とはいえ、スカーは先ほどの会議を見ても他の囚人たちから一目を置かれているようだったし、アルビスの恐れる存在がこの男だったとしても、何の不思議もないように思えた。


「……ミレニアは生きてる。あんないい女を、オレがパパッと殺しちまうと思ったか?」

「――っ!? 嘘を吐くな!」

「何なら会わせてやってもいいぜ。あいつも、どうやらお前にはある程度心を開いてるみてえだしな」

「生きてるなら、ミレニアはいまどこにいる? お前の家か?」

「慌てるなって……そういや、昨日の返事を聞かせてもらってねえな、ギデオン?」


 スカーは両手を上げて、ギデオンから距離を取った。


「返事? 何の返事だ?」

「オレと組めって話さ。どうやらオレのもとには、お前の欲しい情報が集まってきちまうらしい。ボスの逃がした象牙……ミレニアの身柄……」


 スカーが指折り数えるのを見て、ギデオンはぐっと詰まった。まさかこいつは、そのためにミレニアを殺さずにいたのか。


「……あとは、あのハウルっていうガキの居場所もな……」

「な、何?」

「お前がボスに借りを作りたくないだろうなと思って、黙っておいたのさ。あいつの居場所に心当たりがないわけじゃねえ」


 スカーはまた顔を歪めた。笑っているのだ。


「……こいつはサービスで教えてやるよ。ほら、あいつを見ろ、ギデオン。あの妙な布で両目を隠して、首に蛇を巻きつけた女だ」


 ギデオンがスカーの指差す方向を見ると、彼の言葉どおりの格好をしている女がいた。

 肩まで伸びた髪。そして、身体のラインが露わになったドレスを身に纏っている。


 ひょっとしたら、その顔立ちは美しいと言ってもいいかもしれない――が、すっと通った鼻筋とかたちのいい口が、両目を覆う布で台無しになっている。

 

 さらに、彼女の目の代わりとばかりに、首筋に巻きついた蛇が、ゆらゆらと首を揺らしながら周りに睨みを利かせていた。


「あいつはヤヌシスっていう囚人でな。相当、イカレてる」

「あの女がどうした?」

「いま、ハウルはあいつのところにいるかもしれねえ」

「なぜそう思う?」


 するとスカーは声をひそめて答えた。ヤヌシスが、こちらに向かって歩いてきたからだ。


「……街に点々と、あのガキのものらしき血が滴っていてな。それがヤヌシスの住まいの近くで途切れてるって話だ。調べさせてる小鬼どもから、さっき報告があった」

「……血? それがどうしてハウルのものだとわかる?」

「……青いからだ。この街には、青い血を流す人間は一人もいねえ。小鬼の血も青くない。でも化け物の血は、昔から青いものと相場が決まってる。化け物を作り出したいってやつらの、一つの到達点が青い血だからな」

「……それがハウルの血だとすると、あいつは傷ついてるってことか?」

「……そういうことになるだろうな。シェリーのやつがわりと善戦したんじゃねえか?」

「――スカーさん、ちょっといいデスか?」


 ひそひそと話していたギデオンとスカーは、声をかけられて密談を中止した。


 どこか訛った感じのする言葉を発するのは、当のヤヌシスだった。


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