囚人会議1
宮殿の広間で、一級身分と思しき囚人たちに、ドグマが昨夜起こったことを説明していた。
囚人たちは巨大な円卓のテーブルに座っており、わけのわからぬままギデオンもその席についていた。
円卓の囚人は、全部で二十人ほどいるだろうか。そこには、あのスカーの姿もある。
そして昨日この都市の門で会った門番の囚人奴隷が、部屋の片隅に立たされている。
ドグマの演説は、いよいよ最終段階を迎えようとしていたが、そのほとんどは言い訳のようにしか聞こえなかった。一番の論点は、多くの新入りたちを殺したことではなく、ギデオンを一級身分に繰り上げたにもかかわらず、彼を殺そうとしたことにあるようだ。
一級身分である囚人の生命は重い。
ギデオンを殺すつもりなら最初から昇格させるべきではなかったし、これは明らかにボスであるドグマの判断ミスだ。
しかもその結果として、囚人のアルビスが生命を落とした――が、今回のことには、避けようのない陰謀があったとドグマは説明した。
「……みんなには色々と事情を隠していてすまねえ。だが、その仮面野郎は卑怯な手を使いやがったのさ。見ろ、俺も痛みを伴った。子どもを傷ものにされちまった!」
ドグマは、横でべそをかくヴァロの肩に腕を回すと、わざとらしく沈痛そうな態度で視線を落とす。
「ぼ、ぼくの敵を取ってよ、パパ!」
「甘えるな、ヴァロ! ……いいか、巨人にとって傷は誇りだ」
「でも……」
「心配しなくても、新しい腕を用意してやるさ。――トバル!」
「へい、ボス」
トバルと呼ばれた囚人が返事をした。身体中に金属の部品が埋め込まれた不気味な小人で、右腕などはほとんど魔法器械と置き換わってしまっている。
「ヴァロにとびきりの腕を作ってやってくれ。できるよな?」
「もちろんでさ」
「ち、ちゃんといろんなものをつかまえられて、ひねりつぶせる手だぞ! まじめに作らないと、その手でお前をたたきつぶしてやるから!」
「はりきって作りますわい、おぼっちゃん。それはもう、スペシャルなやつをね……」
トバルが笑うと、口の中なら時計の針が動くような、チッチッチという音が鳴った。
ドグマはそれを見て満足げに頷くと、ヴァロから離れて大きく手を開いた。
「危機は去った! 俺たちはもう一度団結して、ペッカトリアのために生きるんだ。文句があるやつはいるか?」
「いねえよ、ボス。ここの王はあんただ。あんたの命令に従えねえやつなんていねえ」
巨体を反って全員に睨みを利かすドグマに、そう答えたのはスカーだった。
するとスカーに追従するように、囚人たちは口々におべっかを使い出す。
「あんたも苦しんだんだよな、ボス……俺たちに相談してくれりゃよかったってのによ……」
「あんたの大きさを再確認したぜ。流石はペッカトリアの主だ」
「そうかい、そうだよな……ギデオン、てめえはどうだ?」
ドグマが鬚を撫でつけながら言うと、新入りであるギデオンにみなの目が集まった。
「てめえはまだここのルールがわかっちゃいねえ。てめえには昨日随分と圧力をかけたが、やむにやまれぬ事情があったんだ。みんな傷ついた。ラーゾンが死に、アルビスが死んだ。善良な囚人が、二人もだ。それを責めようってわけじゃねえ。……が、てめえも誰かの罪を追及するな。黙って水に流せ」
それは、何とも強引な言い分だった。
「それがここのやり方か?」
「そうとも。俺は昨晩の件で、むしろてめえに一目置いたんだぜ」
「ラーゾンのときにも同じようなことを言ってたな。でもそのあと、結局また他のやつを俺たちに差し向けた」
「言ったろ? 仮面の男が汚い手を使ったんだ。だが、もうやつは去った。ラーゾンの件で、てめえに嘘を吐いたことは悪かったと思ってるよ」
「その仮面の男ってやつは、なぜ俺たちを殺したかったんだ?」
「それはギデオン、てめえが一番よくわかってるんじゃねえか? 国家に反逆したやつを排除してやろうってわけだ。でも、結局それが困難だとわかった。考えていたよりも、てめえが強かったからさ! 脱獄みたいな馬鹿な真似を考えなきゃ、やつらももう表だって関わってこようとしねえさ」
ギデオンがじっと考え込んでいると、ドグマは目に見えた懐柔策を取ってくる。
「ラーゾンとアルビスが死んで、いくつか管轄が空いた。二人が持ってた商会のいくつかを担当させてやる。好きに使え」
「俺が欲しいのはたった一つだ。あんたはそれを知ってるだろ、ボス?」
「わからねえやつだ、象牙だけは駄目だ」
ドグマは、聞き分けのない子どもをあやすような口調だった。囚人たちの手前、どちらが上かをはっきりさせておきたいのだろう。
「象牙って、まさかカルボファントの象牙か……?」
そのとき、円卓の一人が恐る恐るといった声を出した。
「そうだ。俺はそいつが欲しい」
「てめえ! 新入りが舐め腐ったことを言うんじゃねえ!」
「やめろ、ラスティ!」
机を叩いて立ち上がるその囚人を、ドグマが諌めた。
「……とはいえラスティの怒りも仕方ねえってもんだ。てめえはどうしようもねえ聞かん坊だぜ、ギデオン。でもとにかくいまは黙って、もう少しこの街を肌で感じてみな。ここのルールがわかった上でまだ同じことが言えるんなら、その言い分をもう一度考えてやる」
「本当か?」
ギデオンは、パッと顔を輝かせた。
「……きっと言えなくなるさ、そんなことはな。あれはこの世界に必要なものだ。ひとつ残らず、俺の手の中にあるべきなんだ。じゃねえと、ペッカトリアは終わりだ」
重々しいドグマの言葉が響くや、円卓がシンと静まり返る。
「そうだ、ギデオン! てめえには俺のとっておきの管轄地を譲ってやろうじゃねえか。造幣所だ。この世界の金が生まれるところだぜ。流石のてめえも、金には興味あるだろ?」
その言葉で、また囚人たちがざわつき始めた。
「ボ、ボスが直接、管轄地を譲るってのか? しかも、造幣所を?」
「早とちりすんなよ? 俺は別にギデオンを贔屓してるわけじゃねえ。近々そこの調査を誰かに任せようと思ってたところで、なら、いまはこのギデオンがちょうどいいってだけの話さ。造幣所に関しては、今後持ち回りで管轄することにしてえ。いま、ペッカトリア貨幣には問題があってな。ギデオンにその問題がわからなけりゃ、次はまた別のやつに調査を任せるさ」
「問題?」
ギデオンは訊ねた。
「物価が上がってる。小鬼たちの生活レベルは変わらねえのにだ」
「どういう意味だ?」
「だから、それをてめえが考えろって話さ。わかってりゃ、俺がなんとかしてる。あとで、担当の小鬼と引き合わせる。そのあとのやり方は好きにしな」
ドグマはそれから、極めてそれが幸運なことと言わんばかりの口調で、ギデオンの管轄として決定した他の商会の名前をつらつらと読み上げた。
「大出世じゃねえか。よかったな、ギデオン」
スカーが、少し離れた席から声をかけてくる。
「黙れ。お前にはあとで話がある」
彼の目を見ずに、ギデオンは淡々と返した。この会議中に、ギデオンはミレニアの死を聞かされていた。昨日あれだけ言い聞かせたと言うのに、スカーはそれを歯牙にもかけなかったのだ。ミレニアの無念を思うと、ギデオンは腸が煮えくり返る思いだった……。
「そんな怖い顔をすんなよ。お前のいまの地位は、もとはと言えばオレの推薦のおかげなんだぜ。もっと感謝して欲しいくらいだ」
「何だと?」
「あの、喧嘩はやめてくれませんかね……ボス、もう会議は終わりでしょうか? 報告は聞きましたし、新入りさんの顔見せも終わったわけですし……」
ピリピリと二人の間に流れる空気を敏感に察したのか、一人の囚人がそう言って立ち上がろうとする。髪の長い優男で、ひらひらした夕闇色のローブを着こんでいた。
するとドグマは首を傾け、ずっと立たされっぱなしだった囚人奴隷に目をやった。
「いや、まだだ。囚人への昇格の件が残ってる。というか、こいつの推薦人はてめえだろうが、ゴスペル」
「ああ、そうでした。わたくしは、あの囚人奴隷テクトルを、奴隷の身分より解放すべきと考えております……」
その優男がゴスペルなのだろう。彼は隅に立っている囚人奴隷を指差し、か細い声を出す。
「彼は契約術を使います。それを使える者が、この街には必要ではないかと思いましてね……要するに、強制力を持った公証人ですよ。わたくしがそれを独占していては、取引にも差支えが出るでしょうし、この際みなと同じ囚人の立場に引き上げた方がいいかと……」
「契約術……確か、約束を守らせる魔法だったっけか?」
「そうです。あとは、物事に許可を与える力もあります。魔女フルールの土煙の魔法にも同等の術が施されていますから、みなにもどのようなものか想像がつくのではありませんかね……」
「なるほど、そいつは便利だ」
ドグマは鬚をなでつけ、ジロリとその囚人奴隷を睨んだ。
それから円卓に一つ椅子を追加し、男を大きな身振りで呼び寄せる。
「ここに座れ。よかったな、テクトル。てめえもこれからは一級身分の囚人だぜ。精々、俺に尽くすことだ」
「は、はい、ありがとうございます、ボス!」
男はひきつった笑みを浮かべて、巨大な男を見上げた。
物の名前表記は、物語の視点になっているキャラクターによって多少揺れ動いております。たとえば、ギデオン視点で物語を書いているときは、「小鬼」ではなく「ゴブリン」、スカーを演じているだけの「メニオール」も「スカー」と表記しております。




