死体の創造
ゴスペルの書斎に通されたミレニアは、そこで聞いた話に耳を疑った。
「アソーラム公……? お、叔父さまが……?」
ゴスペルは、ミトラルダ暗殺計画の背後にいるのが、フォレース王国でも有数の権力者であるアソーラム公だというのだ。
「ああ、信じたくないのもわかります。ですがこれまでにも、あなたはずっと身内に生命を脅かされていたはずですね……?」
「それは……そうですけど……」
しかしまさか、よりによってアソーラム公が……?
ミレニアは、幼いころに優しく接してくれた叔父のことを思い出し、暗澹たる気持ちになった。ミレニアの才能を、世に広く知らしめるべきだと言ったのも彼だった。
「アソーラム公がこちらに送り込んできたあの仮面の男の素性は、まだはっきりとわかっておりません。ただ、王国騎士の叙勲を受けた者ではないかという考えで、まずは同志たちに探りを入れてもらっています。こんな場所にくるのですから、相応の実力がなければ使者としての役目を果たせない可能性があります。加えて、アソーラム公は国の軍事に大きな影響力を持っていますからね……」
「絶望するな、ミレニア」
うつむいていたミレニアは、叱責するようなメニオールの声を聞いてハッと顔を上げた。
「絶望していても事態は好転しない。少なくとも、オレたちがお前の生命を救う手助けをしてやると言ってるんだ。オレたちは王国騎士なんかよりも、よほど強い。安心しろ」
「あなたとわたくしを同列に扱って欲しくありませんがね、メニオール……わたくしはか弱い非戦闘員であることをお忘れなく……」
「お前は竜を食べたことだってあるんだろ? 非戦闘員が聞いて呆れるぜ」
「私は絶望なんてしていません」
ミレニアは挑むようにそう言ったが、自分の身体が震えていることに気づいて、情けなくなった。
「――いい目だ、ミレニア。だが、お前のその金色の目はここで目立ちすぎる。今日からこれをつけて生活しろ」
そう言ってメニオールは、左目と口元が隠れる黒いマスクを渡してきた。
「奴隷の中には皮膚がただれていたり、顔に傷を持ったやつもいて、そういう見目の悪さを隠すために主人からマスクを与えられるやつもいる。お前がこれをつけていても、別に不自然じゃねえ。……ああ、あと安心しろ。これはオレのマスクのような生き物じゃねえ。急に動き出したりもしねえさ」
冗談にすらなっていないそのメニオールの言葉を聞いて、ゴスペルがブッと吹き出す。それから彼は、息も絶え絶えと言った様子で腹を抱え、苦しそうに言葉を紡いだ。
「い、生き物のマスクを……つけている者など……世界広しといえども……あなただけでしょうね……! メニオール……!」
「てめえが被れと言ったんだろうが! ちっ……まあいい。あとはミレニア、お前の足輪も変える。それは囚人奴隷用の足輪だ。普通の奴隷用の足輪は、こっちの黒いやつになるからな」
言われるがままミレニアはマスクを被り、足輪を交換した。
「さて、では彼女の新しい名前はどうしましょうか、メニオール……?」
「……そうだな、とりあえず……リーシアでいいか」
するとゴスペルが、またブッと噴き出した。
「リーシア! 傑作です! ……ちなみに、どういう意図があっての名前ですか、それ?」
「それこそ、どういう意図の質問だ? 適当に思いついた名前だぜ」
「適当に、ね。へえ……」
「……鬱陶しいやつだ。またオレの付与魔法を張られたいか?」
メニオールが脅すようにすごむと、ゴスペルは身を翻し、さっとミレニアの後ろに隠れる。
「なんと野蛮な女性でしょうか……ミレニア、聞いてください……彼女はわたくしに買われたその日に、わたくしを支配しようとしてきたのです! それでこちらの正体がばれてしまいましてね……それ以降、こうしてか弱いわたくしを脅してくるのですよ……おお、怖い……」
「だから、ミレニアじゃねえ。そいつはもう死んだのさ。オレがつけた名前が気に入らねえなら、勝手に名前をつけて呼びな。その女はもう、お前の奴隷だ」
「いえ、いえ、リーシアでいいですとも……もちろん、あなたもそれでいいですよね、リーシア……?」
「え……は、はい」
探るような目つきで肩口からのぞき込んでくるゴスペルに、ミレニアは戸惑いながら言葉を返した。
「さて、それじゃこの女は任せるぜ、ゴスペル。オレはこれから、最後の一仕事だ」
「ど、どこに行くんです?」
ミレニアが慌てて訊ねると、メニオールは振り返って自分の顔をゆっくりと撫でた。
「決まってるだろ? 死体置き場だ。こいつでお前の死体をでっちあげるんだよ」
「あ、そう言えばそうでしたね。でも、その……」
ミレニアはもじもじして、顔に血が上ってくるのを感じた。
「どうした?」
「あ、ありがとうございました。その……生命を救ってもらったお礼を、まだ言っていませんでしたから……」
「オレが好きでやっていることだ。お前に死なれるよりも生きてもらっていた方が、都合がいいってだけの話さ」
そう言うとメニオールはまた背を向け、手をヒラヒラと振った。
「おやすみ、お姫サマ。どんなに長くて鬱陶しい一日のあとにも、まったく新しい朝がくる。生きてさえいればな」
※
日の出を待ち、仮面の男を連れて死体置き場へとやってきたドグマは、そこに並んでいる六人の死体を見て、顔をしかめた。
「……おい、スカーはどこにいる? 死体が六人分しかねえじゃねえか……」
「スカーさまからは、他の用事で席を外すという書き置きをいただいておりやんすが。ドグマさまには、『自分の仕事は果たした』と伝えるようにと……」
小間使いの小鬼の言葉を聞き、ドグマは死体の一つに目をやった。
確かに、スカーに昨日やった女の死体は上がっている。
だが、仮面野郎の依頼は生き残っていた八人を全て殺すことだ。
(シェリーとアルビスの二人がしくじりやがったのか……? あのギデオンのやつに返り討ちにあったのかもしれねえ……)
墓地において、屍術師のアルビスを倒すことなど不可能に近いと思うが、実際にギデオンの戦いぶりを見たスカーの言うところによると、やつは化け物じみた強さらしい。
「とても残念ですよ、ボス。この街を支配していると言っても結局、あなたの権力などこの程度のものだったのですね」
仮面の男は、その言葉に反してどこか上機嫌な様子だった。
「たった六人。ふふふ、たった六人しか殺すことができなかったと……」
言いながら一人一人の死体を見て回り、黒髪の女の死体の前でピタリと立ち止まる。
「……しかし、こんな若い女性まで巻き込まれてしまうとはね。残念ですよ。非常に……」
「てめえ、どの口が言いやがる……」
「あなた方には失望しました。では、依頼を取り下げさせていただきましょうか」
「な、何だと……?」
「できないんでしょう? 昨晩中に、しっかりと八人殺していただけなかったのですからね」
それを聞いて、途端にドグマは慌てふためいた。
「おい、待てよ! それじゃヴァロはどうなる!?」
「報酬よりも子どもの生命を優先的に考えるとは、何とも感動的ではありませんか……」
言いながら、仮面の男はすっと目を細めた。
「……いいでしょう。もうこの依頼を取り下げる以上、あんな子どもを拘束している必要もありません。お返しいたしますよ」
「ほ、本当か!? あいつはいまどこにいる!?」
「私が滞在していた商館近くの地下水道を探してみてください。きっとそこで、哀れな巨人の子どもを見つけることができます」
ドグマが慌てて近くのゴブリンたちに捜索命令を出す間に、仮面の男は死体の一つに近づき、腰の剣を抜いた。
「お、おい? そんな物騒なもん抜いて何する気だ?」
「……私は死体を集めて人形を作るのが趣味でしてね。せっかく綺麗な死体があるのですから、少し譲ってください。その分の代金はお渡ししますから」
ドグマの返事を待たず、仮面の男は死体の右の腕を切り落とした。金色に光る剣は恐ろしい切れ味で、簡単に屍肉を断ち切ってしまう。
次の死体は右の足を、その次は左の腕を……。
そして黒髪の女の死体の順番がきたとき、仮面の奥で、男が嘆息するのがわかった。
「……この死体は美しい。とても傷つける気になりませんね……この美しい姿のまま葬ることができるよう……瞳だけをいただきましょうか」
死体の左の瞼をこじ開け、そこにある金色の瞳をくりぬくと、手に持って光にかざす。しばらく男は、その瞳をうっとりと眺めた。
「サイコ野郎が……」
「囚人に言われてはおしまいです。もっとも、もう会うことはないでしょうがね、ボス。こんな不快な場所には、もう二度ときませんよ」
言いながら、仮面の男は手を差し出してきた。
ドグマは強烈な嫌悪感を抱いたが、ここのボスとして形式だけはしっかりしておいた方がいいと判断し、その手を握り返した。
結局この男が何をやりたかったのか、ドグマにはわからず仕舞いだった。
ギデオンが狙いだったのではなかったのか? それとも、あのギデオンを相手にするのはやはり危険なことで、それを改めて実感した結果、手を引くということだろうか?
となると、それはそれで問題だった。厄介な問題が去ったと思ったら、また厄介事が舞い込んできたことになる。
ギデオンが昨晩アルビスを撃退していたとしたら、彼はまたここのボスである自分に不信感を持っている可能性がある。
――どうするべきか?
簡単な二択だった。飴を与えるか、鞭を与えるかだ。
仮面の騎士はのちほど再登場します。
次回より、新章「ゴルゴンの瞳」編が始まります!
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