ギデオンとメニオール
「安心したか?」
輝くばかりのブロンドと青い目の美女、メニオールは、ミレニアを連れて書斎に戻ると、おもむろにそう訊ねた。
「は……え?」
ミレニアは、いまだにめまぐるしい展開についていけず、その問いになんとも情けない声を返してしまう。
「お前には今日、二つの危機があった。一つは生命の危機。もう一つは貞操の危機。アタシはお前を殺す気はないし、性癖もノーマルさ。どっちみち、お前を襲う心配はない」
貞操の危機と聞いて、ミレニアは思わず顔を赤らめてしまった。
「お前はいかにも女らしい女だから、馬鹿な男も寄ってくるはずだ。だからこそ、スカーを演じるアタシが、そばに置いておこうと言い出しても不自然じゃなかったわけだがな……そう言えば、ギデオンのやつもお前にはご執心の様子だったぞ」
「ぎ、ギデオンが……?」
するとメニオールは、ニヤリと意味深な笑みを浮かべる。
ミレニアは目の前の女性が、どんな顔をしていても絵になる気がした。この美貌を、普段は傷ついた顔に隠していたのだ。女であるミレニアでさえ、ドキリとしてしまうほど整った目鼻立ちを……。
「相互扶助の契約を結んだそうだな? お前は、あいつがこの監獄に入ってきた理由について何か聞いたか?」
「理由? どういうことです? 罪状ということですか?」
「違う。あいつは適当な罪をでっち上げてここに入ってきやがったんだ。あまりにタイミングが良すぎるからな。その少し前まで、アタシがあいつにこの監獄のことを色々と教えてやってたのさ。きっとあのときから、入る気でいたんだ」
「あなたが……ギデオンに?」
「そうさ。あの野郎、監獄内の本を書くとか適当なことを言ってやがった。金払いもいいし、どこかのボンボンかと思ってたんだがな。あいつがピアーズ門の前にいたときは、まったく自分の目を疑ったぜ」
メニオールは本棚にもたれ、考え込むようにして腕を組む。
「……襲撃で死んだら、そのときはそのときだったが……難なく三頭犬を退けて見せた。あいつは只者じゃねえ。首根っこを押さえておかねえと駄目だ」
「監獄に入ってきた理由……カルボファントの象牙というアイテムではないのですか? あの巨人の部屋で騒動を起こしたとき、彼が言っていましたよね……?」
「呪いを解きたい人間がいる。そこまではわかる。問題は、その人間が誰かって話だ。あれほど化け物じみたやつだ。どこかの王や貴族に雇われている可能性もある。そのつながりは可能性を生む。わかるな、ミレニア? 可能性だ」
彼女がその言葉にこだわっているのは、ミレニアにもすでにわかっていた。
「私はあなたを信用しているわけではありません。ここを逃げ出して、いま聞いたことを全て話して、彼に助けを求めるかもしれませんよ」
「どっちが頼りにできるやつか、お前もそこまで馬鹿じゃないはずだ。アタシはお前の事情を知った上で、お前を生かしておこうと思った。ギデオンはどうだ? たった半日一緒にいただけで、信用できると判断できたか? 人の優しさほどあてになるもんはねえ。打算は思いやりに勝る。少なくとも、こんないかれちまった場所じゃな」
メニオールの言葉は、いちいちもっともだった。
いま、ミレニアの生命はこのハーフエルフによって守られていると言っても過言ではない。
現に、彼女は身の危険を冒してまでミレニアの安全を確保しようとしていたのだ。それが打算的であればあるほど、いまは信頼できる気がした。
「……あなたはどんな罪でここに落ちてきたんです?」
ミレニアがふと気になって訊ねると、メニオールは眉をひそめた。
「……人を殺した。この世には、生きていちゃいけねえやつもいる」
「私のように?」
「そういう話じゃない。ミレニア、あまりアタシを困らせるな」
メニオールは頭を振って書斎を出ると、散らかった部屋を横切り、今度は寝室へとミレニアを連れて行った。備え付けのクローゼットの中には、女性物の衣類が入っている。
「適当に選んで着替えろ。お前はさっきのガキの血で、汚れたままだ」
「これは全部、あなたの服ですか?」
「スカーの犠牲者たちの服さ。いまのアタシに女物の服はいらない。サラシを巻いて胸をつぶしたら、あとは体形のはっきりしない服を着ていればいい。その上から、スカーを着込んでる」
言われてみると、彼女の服には先ほどまでにはなかった欠損が見られた。
ちょうどハウルが切り裂いた場所だ。彼女の上半身を覆う無貌種が服すらも模倣し、下にできていたはずの欠損すら覆い隠してしまっていたようだ。
メニオールは服を脱ぎ、新しいサラシをクローゼットから取り出して巻き直した。それから肩に引っかけていた無貌種の薄膜を操作し、スカーの姿で自分を覆う。
途端に彼女の美貌はなりをひそめ、またそこに恐ろしい顔つきの男が現れる。
低い声が響いた。
「……着替えたら出てこい。人に会いに行く……と、その前に腹が減ったな。晩飯を用意するが、お前は料理ができるか?」
「もちろん」
「――何?」
自分で訊ねたにもかかわらず、メニオールはミレニアの返答を聞いて意外そうな声を出す。
「私は姫扱いされていませんでしたから」
「なるほどな。たくましいのはいいことだ」
言ってから、メニオールは青い目を虚空に向ける。
「……お前は今日死んだあと、ある人物の奴隷として生きることになる。便宜は図ってくれるはずだが、王族や貴族のような特別待遇はできねえ」
「それはそうでしょうね」
「わかってればいい。それじゃ、着替えたらまた出てこい」
そう言って、メニオールは寝室から出て行った。
この物語のもう一人の主役と言っていいメニオール。本格始動です。
 




