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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
囚人都市ペッカトリア
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青い血の悪魔

「……一目見たときからだと? 会ったことがあるってか?」


 スカーは訝しげな声を出した。


 部屋の中で、立て続けに爆発が起こる。天井や壁、床に穴が開き、カゴの中にいるネズミたちがキィキィと泣き声を上げた。


 銀狼は、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。


「……この魔法を見れば思い出すんじゃねえか? てめえ、茂みの奥でこそこそと俺たちの戦いを見てたんだろ?」

「……驚いた。てめえ、あの犬耳のガキか」

「犬じゃねえ、狼だ! 見りゃわかんだろうが!」


 ミレニアは思わず息を呑んだ。その口調をよく知っていたからだ。


 まさか……。


 目をこらしてよく見ると、うっそうとした銀毛の向こうに輝く瞳には、確かにギデオンと言い合いをしていたあの少年の勝気そうな面影がある。


「ハウル……? あなたは、ハウルなんですか……?」

「待ってな、ミレニア! すぐにこいつをぶっ飛ばしてやる!」


 銀狼は凄まじいスピードで動き、スカーの両肩をがっちりと捕まえると、顔面に頭突きを叩きこんだ。


 それから流れるような動きで膝を二度腹に入れ、最後に握り込まれた大きなこぶしで、スカーの胸を強く殴りつけた。


 吹き飛んだスカーは壁に激突して大きな音を立て、ずるりと床に落下する。


「てめえに勝ち目はねえよ。いまの俺に勝てるやつなんて存在しねえ」

「……勝ってから吠えろ」


 スカーはゆっくり立ち上がると、何もなかったと言わんばかりの平静さで、身体についた埃をパタパタとはたいた。


 二人の戦いを震えながら見ていたミレニアは、そのときハッと思い出すことがあって部屋の隅にあるカゴに目をやった。


 一匹のネズミが、血を吐いて動かなくなっている。


 ――便利だぜ。自分へのダメージをそいつらに移し替えたり……。


「……そういえば、てめえは傷が再生するんだったな」


 銀狼が、警戒するような唸り声を上げる。


「そう。つまりオレは不死身だ。負けようがない」

「それなら死ぬまで殺し続けてやるよ!」


 相手との間合いを作ろうとしてスカーは横に飛んだが、突然膝が破裂して体勢を崩した。そこに銀狼が襲い掛かり、強烈な回し蹴りを繰り出す。


 スカーは壁に叩きつけられ、くぐもった呻き声を出したものの、また少し間を置くと何事もなかったかのように起き上がる。そして――


「……お前は強いな。殺してしまうのは惜しい」

「はあ?」

「オレの飼い犬になる気があれば、生かしておいてやる。どうだ?」

「てめえ、舐めてんじゃねえぞ!」


 銀狼が気炎を上げる一方、スカーは飄々とした様子で顔を歪めた。


「死ぬのは簡単だ。殺すのも簡単だ。だが、生命というやつは可能性を持っている。オレはその可能性を大事にしたいのさ。それが強いやつのものならなおさら――」


 銀狼はその言葉が終わるのを待たずに距離を詰めると、スカーの首を両手で捕まえ、勢いよく壁に叩きつけた。


「おしゃべりな野郎だ。黙らせてやる……!」

「……オレが怖いんだろう、坊や。誇っていいぜ。それはお前が、オレの強さを理解できるほど強いからだ……」

「黙れ!」


 銀狼は手に込める力を強めていく。首にミシミシと爪が食い込んでいく中、スカーは苦しそうなしわがれ声を出す。


「……こんな話を聞いたことはないか? 強さを極めたものにとって、最後の敵は自分自身だってな。オレもそう思うよ。しかも、そいつは強ければ強いほどいい……」


 そのときミレニアは、スカーが弱々しく手を上げて銀狼の両腕を掴むのを見た。スカーの手からは、ネズミに張りつけられている付与魔法(エンチャント)を構成するマナと同じものが溢れている。


 途端に銀狼はスカーを離すと、自分の首を押さえて後ずさった。苦しげに息を吐き出し、何度か咳き込んでからかすれ声を出す。


「て、てめえ……俺に何をしやがった……」

「何も? 何かしたのはお前じゃないか? そう軽々しく人の首を絞める・・・・・・・もんじゃねえよ」


 ミレニアの目にはすでに、銀狼の腕に貼りつけられた付与魔法(エンチャント)が見えていた。


 その魔法の本質は、自分と対象者の神経回路を繋げるところにあるらしい。

 そしてそこから、人を操ったり、ダメージを移し替えたりといったかたちに力に派生させていく……。


「――駄目! ハウル!」


 スカーに向かって爪を振り上げた銀狼を見て、ミレニアは悲痛の叫び声を上げた。


 爪がスカーの胸に食い込み、赤い血が噴き上がる。


 しかしミレニアにはすでに、この後に起こる絶望的な展開がわかっていた。


 噴き上がった赤い血は時間の巻き戻しを受けたかのようにスカーの胸へと戻っていき、反対に、彼の前で仁王立ちする銀狼の胸がパックリと裂ける。


 一瞬の静寂ののち、青い血が噴き上がった。銀狼の血は青かった。


「……後悔しな、坊や。お前を殺したのはお前自身だ」


 スカーは崩れ落ちた銀狼に向かって、静かに呟いた。



 ※



 何が起こったのかわからない。


 ハウルはスカーの胸を引き裂いた。一方、スカーは何も攻撃をしなかった。にもかかわらずいま倒れているのはハウルであり、そんなハウルを悠然と見下ろしているはスカーだった。


(まさかこいつも俺と似たような魔法を……?)


 ハウルの爆破魔法は、相手に触ることなく攻撃ができる。スカーの攻撃方法も、似たような魔法なのかもしれない。


 ハウルは立ち上がろうとして、胸の痛みに顔をしかめた。傷は深い。


 狼と化したこの身体に、ここまで深手を負わせたやつはいなかった。


「……まだ息があるか。驚いたな。凄まじい生命力だ」

「――ハウル!」


 ミレニアがハウルに駆けより、スカーから彼を庇うように覆いかぶさった。


「どけ。こいつは死にたいらしい」

「も、もうやめてください! あなたの勝ちでいいでしょう!」


 薄れた意識が、ミレニアの泣き顔を捉える。


 そのときハウルは、その顔が青い何かでべっとりと濡れていることに気づき、心臓を鷲掴みにされた気になった。


(――え……?)


 それは、ハウルの血だった。胸に手をやると、そこが青い血でべっとりと濡れていた。



 ――もう一度言ってみろ、ハウル。私が『人間』なんていう底なしにくだらない生き物を作ると思ったか? お前は人間なんかじゃない。成功したんだよ――



 そう言って、父親を名乗る男が幼い自分を何度も殴ったことを、ハウルは思い出した。


 普段のハウルの血は赤かったが、月夜に変貌したときだけ青くなり、その『成功例』を見たいという理由だけで、父親は何度もハウルに手を上げた。


 ハウルは親のもとを逃げ出し、貧民街の浮浪児たちに混じって生活を始めたが、あるときを境に彼らが急によそよそしくなった。


 理由を問いただすと、仲間の一人が震えながら、しわくちゃになった手配書を取り出した。


「……青い血の悪魔。人の皮を被った化け物。この人相書きはお前じゃねえか。俺たちのそばにいて、いつか取って食う気だったんだろ、ハウル……」

「ち、違う。これは間違いだ……俺は人間だから……」


 ハウルが手配書を見てうろたえていると、仲間は懐からナイフを取り出し、ハウルの腹に突き刺した。


「く、食われる前に殺してやるよ! そうさ、てめえは最初から何かおかしかったんだ!」


 赤い血が流れ落ち、ハウルは苦悶の息を吐き出した。


「み、見ろよ……どこが青い……? 俺の血は赤いだろ……?」

「うるせえ! おい、みんなこいつをやっちまえ! 俺たちをずっと騙してきた悪魔だ!」


 袋叩きにされ、もはや自分の生命もここまでと思ったときだった。


「お、おい、ハウル。空に月があるぜ。死にたかねえだろ? ちょっと見てみろよ……」

「い、いやだ……お前らは人間を殺したんだ……一生消えない罪だ……」

「う、うるせえ! いいから見ろ!」


 ぐいと仰向けにされ、瞼を無理やりこじ開けられた。

 彼らの中にもきっと、とんでもない間違いをしてしまったのかもしれないという思いがあったのだろう。


 人を殺したかもしれない。こいつは本当に魔物だったのだろうか? ――と。


 とはいえ、幸か不幸か、彼らがその罪を背負うことはなかった。


 ハウルの視界へと、夕闇に浮かぶ半月が滑り込んできたとき――変貌が始まったからだ。


「――み、み、見ろよ! やっぱりこいつは化け物だ!」


 銀狼と化したハウルの身体から流れ落ちる青い血は、それまでに流れ出していた赤い血に混じって、石畳に濁った黒い染みを作っている。


「……俺は人間だ……獣人(ラーナ)なんだよ……」


 溢れだす涙をぬぐいながら、ハウルは懇願した。


「お前たちの仲間でいさせてくれ……殺したりしない……食べたりもしないから……」


 仲間たちの攻撃はもうほとんど痛くなかったが、心がどうにかなってしまいそうなほど苦しかった。


 もともと、仲間たちは恐怖に負けて攻撃を加えていたはずだった。しかし、いまはどこかホッと安堵した顔になっている。みな自分が罪を犯すことがなくてよかったと喜んでいる……。


「汚ねえ血だ! てめえの血は汚れてる! 見ろ、服についちまった! こんな色の血を身体中に流すやつが、自分のことを人間なんて呼ぶ資格があるってのかよ!」

「てめえは化け物だ! 青い血の悪魔なんだよ! ――」



 ――そうだろ、ハウル!



 ……悪魔、悪魔と蔑む仲間たちの目が、いつまでも忘れられずにいる。


 ハウルは、自分の汚らしい青い血で濡れたミレニアに目をやり、その左右で色の違う瞳が、それぞれ怯えに輝いているのを見て取ると、彼女の腕を乱暴に振りほどいた。


「――お、俺に触るな!」

「ハウル……?」


 鋭い爪が引っかかってしまったのか、彼女の腕にすっと小さな傷が走った。そこから、うっすらと血が滲み出してくる。


 彼女の血は赤い。


 ハウルはミレニアを傷つけてしまったことに動揺し、それ以上に自分の血でべっとりと汚してしまった彼女に申し訳なさでいっぱいになった。


「ち、違う……傷つけようとしたわけじゃ……お、お前のためだ……俺の血が……き、汚い俺の血が、お前に……」


 ハウルは四つん這いになって後ずさりながら、頭の中でまとまらない言葉をぶつぶつと発した。

 そしてついにはその場にいられなくなり、窓を割ってスカーの家を飛び出した。


「ハウル!」


 ミレニアの声に背中を叩かれたが、決して振り返らなかった。

 胸が痛い。これはスカーにやられた傷のせいだろうか? それとも……。


 ハウルは、自分の視界が涙で歪んでいるのがわかった。



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