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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
最終章 遥かなる旅路
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師との再会

 フルールと別れたあと、ギデオンはペッカトリアに戻らなかった。


 都市壁をぐるりと迂回して、ピアーズ門――つまり、ギデオンたちがこの監獄世界にきたときにくぐった異世界への門に向かう。


 手には、カルボファントの象牙が収まったペンダントが固く握られている。


 ――それに、お前にはやるべきことがあるんだろう?


 フルールのそんな言葉を思いだす。ついに、この世界にきた目的を果たすときが来たのだと思った。


 太陽の位置を考えると、もう正午すぎだろう。すでに師のマテリットは面会室に来ているはずだった。


 思えば、まだ自分がこの世界に来てから七日しか経っていない。

 あまりにも多くのことがあり過ぎて、まだ心の整理がついていない部分もある。


 ただ、この世界で得た経験の中には、元の世界(ノスタルジア)で生活を続けていれば決して得られなかったに違いないと、確信できるようなものもあった。


 身体に浮かんでいた赤い紋様は、いつの間にか消えてしまっている。そのせいかどうかはわからないが、ギデオンはいま大きな疲労を感じていた。


 端的に言えば、マナ切れだろう。植物たちを身体に取り込んでからというもの、マナ切れを起こすなどということは、ほとんど初めてと言ってもよかった。


 ギデオンはピアーズ門に辿り着くと、その古風な城然とした建物に唯一備えつけられた巨大な門を、ドンドンと叩いた。


 すると門の小窓が開かれ、奥からフォレースの衛士と思われる人間の顔が現れる。


 世界と世界をつなぐ空間にはいくつかの部屋があり、全てを管理するためにフェレースの衛士がそこで生活しているということ自体は、ギデオンがまだ何の罪に問われない状態でメニオールに会うために足しげく面会室に通っていたときから、わかっていたことだ。


 その衛士は小窓からギデオンをじろじろ見つめると、不快そうに顔を歪めた。囚人に対する態度など、みなこんなものだ。


「何の用だ?」

「面会だ。ギデオン・アゲルウォークという。マテリット・ミクロノミカ師が俺の面会に来て下さっているはずだ」


 小窓がピシャリと閉じられる。

 しかししばらくしてから、ゆっくりと扉自体が開かれた。


「……入れ。罪状を見たが、あんたの刑期はあと二十年ほど残っている。馬鹿なことを考えるなよ」

「馬鹿なこと?」

「たとえば、脱獄とかな」


 それを聞いてギデオンが眉をひそめると、衛士はニヤリと笑った。


「冗談だよ。ここでは大抵のやつが、魔法を使えなくなる。脱獄なんて考えるだけ無駄だ」

「俺は模範的な囚人だ」

「一級身分の囚人さまだろ? リストにはそう書いてある」


 どうやら、ペッカトリアの情勢は彼らにも伝わっているらしい。だが、まだ今日あの都市で起こったこと自体は知らないようだった。


「必要なものがあったら言いな、囚人さま・・・・。俺たちは、持ちつ持たれつってやつさ」

「だったら、黙って案内しろ。偉大な師を待たせて、俺はいま焦っている」


 衛士は肩をすくめると、ギデオンを先導して歩き出した。


 フロアの中に入ってすぐ感じたのは、この場所全体が妙に寒いと言うこと。これは、以前に目隠しをされてここを通ったときにも感じたことだ。


 衛士の後ろをついていきながら、密かに視線を動かして辺りを見渡す。

 フロア全体が、金属的な輝きを帯びている。


 見覚えのある金属――ミスリルだった。


「……大概のやつが、魔法を使えなくなる、か。なるほど、そういう仕組みか」


 その現象は、つい先ほど体験したばかりだ。フェノムが操るミスリルの前では、体外にマナを放出して使う類の魔法は、ほとんど無効化されてしまった。ミスリルが、大気のマナごとそれを吸ってしまうからだ。


「不思議だろ? まさに神の神秘だ」


 ギデオンの独り言に、衛士は律儀に相槌を打ってくる。


 ギデオンは彼に付き合わず、じっとフロアの壁を見るに努めた。


 神の神秘か。


 フェノムは、その神秘をずっと研究していたのだ。

 ギデオンが知るだけでも、ミスリルには三つの姿がある。


 マナを溜め込む動ミスリル。

 マナを吸って吐くだけになる静ミスリル。

 そして、吸ったマナを糧にして世界に大穴を空ける究極物質――賢者の石。


 この部屋に張り巡らされているのは、ほぼ間違いなく動ミスリルだ。


 フェノムは、そのことを知っていたのだろうか?

 ならば、ここの守りは万全とは言えなかったはずだ。仮にフェノムの興味が脱獄に向いていれば、いつでも彼はここを突破することができたのだから……。


「ほら、ここだよ、アゲルウォーク。この扉の向こうにあんたの面会人がいる。でも、面会は衛士が監視する決まりだ」


 そう言って、衛士は指先をこすり合わせた。ここに一人で入るためには、どうも鼻薬が必要らしい。


「……監獄の文化は、ある程度わかってるつもりだよ。でも、俺にはいま金はない。後払いじゃダメか?」

「別に構わねえ。何なら、金じゃなくてもいい。珍しいアイテムとかでもな。あんたは一級身分だ。ここは貸しにしとくよ」

「ありがとう」


 ギデオンは仏頂面のまま、心にもない礼を口にした。

 衛士はニヤリと笑って、馴れ馴れしくギデオンの肩をポンと叩く。


「それじゃ、ごゆっくり」


 ギデオンは衛士が行ってしまうのを見届けてから、大きく深呼吸した。

 それから身体と服についた汚れをはたいて落とすと、すっと背筋を伸ばす。


 この先に、師がいる。


「……失礼いたします」


 ギデオンは金属製の戸を押し、部屋に入った。


 そこは小さな四角い空間だった。


 小部屋の壁にも、ミスリルが張り巡らされている。狭い空間で大気のマナがより吸われているせいか、この部屋は先ほどのフロア全体よりも、さらに寒い気がした。


 小部屋の中央には、金属製の格子がある――そしてその向こうに、ギデオンが敬愛してやまないマテリット・ミクロノミカの姿があった。


 彼の横には、ギデオンがこの監獄に入るきっかけを作った瞳術師のキャロルもいる。


「――来たか、ギデオン」


 師の声を聞いたとき、ギデオンは思わず涙が出そうになった。


「ああ、先生……」

「少しやつれたようにも見えるな。監獄の中は、やはり過酷か?」

「過酷という言葉では表現できません。ここは、本当に未知の世界です……入って一日目で蜂の魔物に襲われ……その夜には死にかけるほどの目に遭いました……リルパという存在によって……」


 ギデオンは格子にすがりつき、訴えるように言った。


「まさか、もうリルパと遭遇したのか……監獄世界最大の脅威という話だったが」

「この世界だけではありません……おそらく、そちらの世界においても、彼女を上回る生物は存在しないでしょう……」

「お前でも、そのリルパという存在には敵わないというのかね?」

「そのときは、まるで歯が立ちませんでした……」

「……お前にそこまで言わせるとは、よほどの怪物ということだな。はっきり言って、ギデオン。私にはそのリルパの力というものが、まったく想像もつかない」


 マテリットは大きく溜息を吐いて、キャロルの方をちらりと見つめた。


「……一筋縄ではいかない世界のようだ。やはり、象牙の入手は難しそうだな」

「……いえ、象牙は手に入れたのです」

「何だと?」


 ギデオンが象牙の嵌まったペンダントを示すと、マテリットとキャロルの目の色が変わった。


「……これがカルボファントの象牙です、先生。尊敬できる相手に、譲っていただきました」

「何と! 何ということだ! たった一週間で目的を果たしたのか!」


 師の興奮する顔を見て、ギデオンはいままでの苦労が吹き飛ぶ気がした。

 むしろそれで、ようやく目的を果たすことができたのだという実感が沸いてくる。


 マテリットは格子ごしにペンダントを受け取ると、それを矯めつ眇めつ眺めた。


「すばらしいぞ、ギデオン! お前をその世界に送ったのは正解だった!」

「ええ、これで妹の呪いを――」

「これで、カエイルラ(・・・・・)()()()()救う(・・)こと(・・)()できる(・・・)!」


 師が何を言ったのか、しばらくギデオンには理解ができなかった。


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