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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
最終章 遥かなる旅路
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託された夢

 ギデオンが土煙の中へと歩を進めようとしたとき、フルールは彼の背中で、囁くようにして言った。


「……ここまででいいよ。ありがとう、婿殿」

「え?」

「お前の役目は、ここで終わりだ。ここから先は、私一人で行く」


 フルールは身をよじり、ギデオンの背中から降りた。

 しかし足が大地についた途端、身体がふらりとよろけてしまう。


 それを見て、咄嗟にギデオンが手を差し伸べ、フルールの身体を支えた。


「……その様子じゃ無理だ」

「なに、ちょっとふらついただけだ。それにここからは、土精霊(ノーム)が私を支えてくれる」


 そう言って辺りを見渡すと、この地に土嵐を巻き起こしている土精霊(ノーム)たちが姿を現した。

 ギデオンの目には見えていないだろうが、人間の赤ん坊のような姿をしているマナ生物。


「ここからは、私たちの世界だ。お前は先にペッカトリアへと帰っていろ」

「しかし……」

「大丈夫だ。必ずリルパは連れ戻す。むしろお前の身に何かある方が困るんだ。お前はこれから、リルパの導き手となってダンジョンを進む役目がある」


 それを聞き、ギデオンは目つきを鋭くした。


「……死ぬ気か、フルール? だったら、ここを進ませるわけにはいかない」

「そんな怖い顔をするな。別に死ぬ気なんてないさ。リルパの母親である私にしかできないことがある。お前がその場にいても、足手まといにしかならない。わかるだろ?」

「ペリドラもフェノムも、あんたのために死んだ。あんたは、二人のためにも生きる義務がある。そのことをよく考えた上での言葉か?」


「ああ」


 フルールは嘘を吐いた。

 ここを進めば、おそらく自分の命はない……だが、いまはそうするしか方法はない。


「行け、ギデオン。果報は寝て待てという言葉もある。私は、すぐにお前の可愛いリルパを取り戻して帰ってくるさ。それに、お前にはやるべきことがあるんだろう?」


 そう言って、ギデオンの胸に垂れるペンダントを指差す。

 するとギデオンは、見るからに狼狽した様子で胸を押さえた。


「どうしてそれを……?」

「ペリドラとリルパから聞いたんだ。お前がこの世界に入ってきた目的をな。象牙を欲しがって、リルパを随分と怒らせたそうじゃないか」

「……それだけ、リルパがあんたのことを大事に思っていたということだ」

「なら、わかるだろ? この役目は、私にしかできない。愛娘を取り戻す大役を、他の人間に譲る気はないよ」


 しばらくの間、その場には土煙の吹き荒れる音だけが響いていた。

 ようやく決心できたのか、ギデオンは不承不承という様子でコクリと頷く。


「……あんたを信じる。大地の魔女の力をな。だから、必ず無事で戻ると約束してくれ」

「わかった、約束するよ」

「約束を破ったら、そのときはあんたを許さない」

「ああ」


 微笑みながら相槌をうって、フルールは手を差し出した。

 ギデオンは、それをしっかりと握る。


 彼の手は力強かった。この男なら、きっとリルパを導いて行けると思った。


 フルールはギデオンの手を離し、舞い上がる土煙の中を進んでいった。

 地形が完全に変わってしまっており、そこらに大きな亀裂が入っている。


「……この様子じゃ、岩人形(ゴーレム)が出てきてしまうかもしれないな。せっかく、大地に塗り込んだっていうのに」


 懐かしい戦いを思いだし、フルールは自然と笑顔になっていた。


 大地の魔女フルール、魔女の右腕ペリドラ、千剣のフェノム、魂兵のソラ、宝物庫ドグマ、魔法技師トバル……。


 六人が、このダンジョンの攻略活動をより安定的に行うためには、岩人形(ゴーレム)の動きを止めてしまう必要があった。


 というのも、二層(・・)()()()岩人形(・・・)()背中(・・)()開いて(・・・)いる(・・)からだ。


 それまでは、さあ二層世界に行こうというときを迎えると、まず岩人形(ゴーレム)を探す必要があった。そして暴れ回るそれをいなして背後に回り込み、隙をついて一人ずつ扉をくぐる。


 これでは、二層世界に行くだけで一苦労。


 それがあまりに非効率だと感じたフルールは、岩人形(ゴーレム)の動きを止め、二層への扉をひとところに固定してしまおうと思ったのだった。

 

 そのための戦いは三日がかりで行われた。


 みなで岩人形(ゴーレム)を誘いだし、ペリドラが地面に空けた大穴に突き落とした。そして上から土を被せ、完全に埋めきってもそいつは地の底から這い出そうとしてきた。


 流石に苛立ったフルールは、使役する土精霊(ノーム)と自分の身に宿る全てのマナを解き放ち、地面の奥底からマグマを呼びだすと、それで岩人形(ゴーレム)を塗り固めてしまったのである。


「フェノムのやつめ……あんなに苦労したのを忘れたって言うのか、まったく」


 そう言いながらも、フルールは笑顔だった。


 もし岩人形(ゴーレム)が活動を再開したとしても、いまと昔では状況が違い過ぎる。

 自分たちがあれほど苦労した敵でも、いまのリルパとギデオンの前では、取るに足らない障害に違いない。


 過去を生きた自分が、未来の問題についてあれこれ悩む必要はない。これからは、彼らの時代なのだから。


 フルールは自分に連れ添うようにして飛び回る土精霊(ノーム)たちとともに、どんどんと荒野を進んでいく。


 どれほどの距離を歩いたろうか……フルールは来るべき場所に来たと感じて、立ち止まった。そして遥か上空を見上げた。


 周りには土煙が舞い、視界が悪いにもかかわらず、そこに光る『前夜繭』の紋様だけははっきりと認識できる。

 光の奥には、丸まった黒い人影があった。


「……リルパ、母さんがやってきたよ。お前の母さん(フレイヤ)だ」


 フルールは、自分の娘に向かって語りかけた。

 リルパはあの繭の中でいま戦っている。


 消化すべき力を消化する前に『前夜繭』を迎えたのだ。そんな不安定な状態ゆえに、下手をすれば、呑むべき力に呑み込まれてしまう恐れだってある。


「お前は私の娘だ、リルパ。お前はこの世界を……ダンジョンを攻略するんだ。ギデオンと一緒にな」


 フルールは近くの土から鋭い刃を作りだし、それで自分の身体にいくつか傷をつけた。

 そこから赤い血が染み出し、土煙に巻き込まれて上空に上って行く。


 フルールを源流とする血の渦は『前夜繭』の奥に吸い込まれいき、リルパとフルールはいまその血の奔流で繋がっていた。

 それはさながら、母親と胎児を繋ぐ臍の緒のように……。


「吸え、私の全てを。そして思い出せ。お前はずっと私とともにいた。ペッカトリアとともにあった。お前はリルパだ。私の血から生まれ、私を遥かに超えていく者だ」


 血の奔流はやまず、フルールはすぐに目の前が暗くなるのを感じた。

 しかし、気力を振り絞って立ち続ける。


 ――そうしているうちに、いつの間にか土煙と荒野は消え去り、目の前には草原と川が広がっていた。


 川の対岸にギデオンとリルパがいる。

 そしてこちら側には、ペリドラとフェノムがいる。


「見たまえ、フルール。彼らは先に進む決意を固めたようだ」


 フェノムが言った。


「ああ、リルパは、とても立派になりんした。もうわっちらがいなくても、大丈夫でありんすね」


 ペリドラが、対岸を見つめて目を細めた。


「フレイヤ!」


 そのとき、リルパが対岸から叫んだ。その声は、どこか天啓のように、頭上から鳴り響いたような気もした。


「リルパ、さよならだ」


 フルールは微笑んで言った。


「私は誰かの母としては、とても未熟だったかもしれない。でも、誰よりもお前を愛していたよ。その気持ちに、間違いはない」

「……ありがとう、フレイヤ」


 そう言って、リルパはおずおずしながら、隣に立つギデオンの手をぎゅっと握った。


「行こう、フルール。ぼくたちの時代は終わった。君はこれまでずっと頑張ってきた。そろそろ休んでもいいころだ」

「パーティーを開きなんしょう。わっちが、腕によりをかけて料理を作りなんす」

「……ああ。ありがとう、二人とも」


 フルールは踵を返し、二人とともに歩き出した。

 一度だけ振り返ると、まだリルパはこちらをじっと見つめていた。


「進め、リルパ! 私の叶えられなかった夢を、お前が叶えてくれ!」


 叱咤するように言ってから、フルールは最後にまた笑みを浮かべた。


「……私の娘として生まれて来てくれて、本当にありがとう」


 ※


――フルールは崩れ落ちた。



 全ての血を解き放って倒れた彼女の周りを、心配そうに土精霊(ノーム)たちが飛び回る。



 大地の魔女の顔色は真っ白だったが、その表情は喜びに満ちていた。


 明日二話投稿して、完結にチェックを入れたいと思います。


 終わらせ方で色々と悩みましたが、初志貫徹して初期プロット通りの着地点にすることにいたしました。あと二話、お付き合いいただけますと幸いです<(_ _)>

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