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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
最終章 遥かなる旅路
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リルパの秘密

 エントランスに横たわるペリドラとフェノムの亡骸を見ると、フルールはつらそうに目を伏せた。


「この二人はいずれも、あんたのために戦った。あんたを愛していたから」

「……ああ。私はこいつらのためにも、最後まで胸を張らなければならない。そうでなければ、あの世で恥ずかしい思いをさせてしまうからな」


 ギデオンは、ひざまずいてペリドラの手を握るフルールの肩に、そっと手を置いた。


「……彼らを弔うのはあとだ、フルール。リルパを連れ戻しに行かなければ」

「わかってるさ」


 ギデオンは、フルールの身体をひょいと背負った。

 そして、城に開けられた穴から外に出る。向かうは、西の大地だ。


「……さっきも言ったが、伝えておかなければならないことがある、婿殿」


 しばらく歩いたところで、フルールはぽつりと呟いた。


「私以外、誰も知らないことだ。ペリドラも、フェノムも。リルパですらも。私が四層世界の最深部で見たもののことだ」

「そう言えば、ペリドラが言っていたな。あんたは、リルパの選んだ人間にだけそのことを話すと。なぜ、他の誰にも言わなかった?」

「リルパをダンジョンの奥へと導く人間にだけ、知っておいて欲しかったんだ。リルパ一人では、きっと困難に突き当たるときがくる。そのとき、リルパのそばに立つ人間が必要だと考えた。リルパを導き、支える者が」

「それが俺だと?」

「そうさ。お前にはいまのリルパにすら劣らない力がある。それで彼女を導いてやってくれ」


 その言葉に、ギデオンは返事をしなかった。いや、できなかったと言った方がよかったかもしれない。


 ギデオンの前には常に誰かが歩いていた。それは幼いころは妹であり、彼女が病に倒れてからは師だった。そんな自分が、誰かを導くことなどできるわけがない、と。


 ギデオンのそんな葛藤に構わず、フルールは言葉を続ける。


「世界の門を閉じようとする者がいる」


「門?」

「ピアーズ門や、いま向かっている土煙の門のような、世界と世界を結ぶ場所のことさ。私たちが四層世界から五層世界に向かおうとするとき、その者がまさに門を閉じようとしていたところだった。そいつの身体から溢れたマナは瘴気のように濁っていて、そこを進むことができたのは私だけだった。私は神の加護を受けていたからな。大地の神、リュートの加護を」

「神の加護か。そういう人間がいるという話は聞いたことがあるが……」


「恩恵は、永遠の若さ。そして、大地を操る術だ。逆に言うと、それだけしかない。私は世界種の力をほんの少し使うことのできる紛い物で、本物の世界種を前にして為す術がなかった。すでに察していると思うが、門を閉じようと考えるそいつは世界種でな。名をヒュプノ=マキナと言う。この名前を、決して忘れるな。『閉門者』、ヒュプノ=マキナだ」


「そいつも、マナの座を開くことができるということだな?」

「そうだ。それも、とてつもない大きさの穴をな。あれだけの力があれば、新しい世界の創造すら可能かもしれない。しかし、やつはその力を真逆に使おうとしていた。つまり、世界を閉じようと」


 フルールは悔しそうに声を荒げる。


「世界の危機を察したリュートが、私に語りかけてきた。加護を受けた日とまったく同じ声でな。『この脅威を退けなければならない』――と。それからリュートは、私の身に降りてきた。あのときはとても悔しかったよ。自分の身体が戦っている光景を、他人事のように眺めることしかできなかった。リュートはヒュプノ=マキナを何とか撤退させることに成功した。でも、私の身体はもう使い物にならなくなっていたのさ。強引にマナの座を身につけた代償でな。私は、その流出点を受け入れられるだけの器じゃなかったんだ」


「あんたはさっき、世界種に会い、世界種の力を身につけるためにダンジョンに潜っていたと言ったな?」

「ああ。だからある意味ではリュートと一体になったことで、私の願いは叶ったんだろう。それからリュートは、私ではとても扱い切れないマナの座に別の命のかたちを与え、私から切り離すことを選択した。そうしなければ、私がとても生きていけないと思ったらしい」


 それを聞き、ギデオンはハッと息を呑んだ。


「……まさか、それが……?」

「そう、リルパだ。あの子はリュートのマナの座そのもの。この世に存在する力の全てを、統率する可能性を秘めた存在だ。リュートが私たちの世界で何と呼ばれているか知っているか? ()ヴィ(・・)()()()と呼ばれている」


 ラヴィリント。元いた世界(ノスタルジア)で最も信仰される神の一つだ。ピアーズ門を所有する、フォレースの主神でもある。


 まさかリルパが、そんな神話にしか登場しないような存在の力を受け継いでいたとは。

 とても信じられないと思う一方で、不思議とそのことに納得してしまっている自分もいた。


 ああ、なるほど、と。

 リルパの途方もないほどの力の源は、そこにあったのか。


「色々な名前を持つ神だよ。まさに『混迷者』と呼ばれるにふさわしい。この世界にももちろん来たことがあって、その伝説はいま『リル』として語り継がれている」

「だからその子どもが『リルパ』か……」


「そうとも。私はリルパを産んだ日から、ずっとあの子を育て上げることだけを考えて生きてきた。閉門者は、いずれまた力を取り戻して同じことを行おうとするだろう。それまでに、リルパに力をつけさせなければならない。知っての通り、あの子は人の血を糧に生きる。その血には、豊富なマナが含まれている必要がある。それを身体に蓄積させることで、リルパはより強く成長するんだ」


「リルパはずっとあんたの血を飲んでいたな」

「そうだ。お前が現れるまではな、ギデオン」


 フルールは、そう言って笑った。


「私は土精霊(ノーム)を引き寄せることができたから、彼らからマナを分けてもらって、それを血になじませた。だが、それだけでは駄目だ。さっきも言ったように、私の身体はもう使い物にならないほど傷んでいたからな。マナを溜め込んでも、すぐにそれが抜け落ちてしまう。だから、身体機能を停止する必要があったんだ。私は全ての活動を停止し、リルパのためにマナを保有しておく方法を考え出した」


「まさか、それが呪いか……?」

「そうとも。眠りの呪いというのは、私が自分の身体にかけ続けていたんだよ。三層世界にいた眠りの一族が、太古より受け継いできた呪いだ。一人でダンジョンに潜っていた時分、彼らに教えてもらった。()()よう(・・)()眠るって言葉があるだろう? 言葉遊びというわけじゃないが、そいつは私にも使いやすい呪いだった」


 フルールは続ける。


「月に一度目覚め、土精霊(ノーム)を呼んで彼らからマナをわけてもらう。それをたっぷりと保有した状態で、呪いによって身体の機能を停止させる。そうすることでマナは抜け落ちず、リルパは私の血から豊富なマナを得ることができる」

「自分でかけた呪いを解かせるために、象牙を用意させていたということか? あんたはやっぱり、随分とおかしな人間のようだ」


「ふふふ、そうだろう。酔狂こそが魔女の本分さ。私はずっとダンジョンに魅せられていた。そしてそのダンジョンを作った創造主……つまり、世界種というやつらにもな。いつか自分もその力を身につけたいと願い、それが叶わないことを知った。だがその代わりに、私はすばらしい宝に恵まれた。私の欲しかった全てを身につけた子ども。私の血を引き、私の血によって育った子ども。リルパは私の全てだよ、婿殿」


「……フェノムは彼女のことを、あんたを閉じ込める檻だと言っていた。十年以上もの間、魔女フルールの自由をずっと奪っている怪物だと」

「見ようによっては、そうかもしれない。確かに、それが私であればと思ったこともある。リルパは私の身体から生れ落ち、私の血を飲んで成長しているのに、なぜ私じゃ駄目だったんだと。私は完璧な人間じゃない。嫉妬だって覚えるさ。だから、ある意味ではフェノムは私という人間を一番わかってくれていたのかもしれない。でも――でもな、ギデオン」


 フルールはそこで少し時間を置いた。


「……やっぱり、腹を痛めて産んだ子どもは、どうしようもなく可愛くなってしまうものだ。結局、その感情が全てに優先してしまったということだな」

「そんな大切な子どもを、どこの誰ともわからないやつに預けてもいいのか?」

「大丈夫だ。何しろお前は、リルパが選んだ男だからな。それに、ペリドラもお前のことは気に入っていたよ。だから、信用できる。お前はもう、私のリルパから逃げられないぞ」

「勘弁してくれ。俺は彼女に一度、殺されそうになったことがある」


「それはまだお互いがお互いのことを知らなかったときだろう。いまは違う。リルパは心底お前に惚れているし、お前もリルパのことを気にかけている。素直になれ、婿殿」


 それを聞いて、ギデオンは仏頂面になった。



 目の前に巻き上がる土煙が、次第に大きくなっている。


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