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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
囚人都市ペッカトリア
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ミレニアの秘密

 白亜の建物に残っていた全ての小鬼に付与魔法(エンチャント)の仮面を塗り付け、総力戦で挑みかかってきたシェリーを、ハウルは圧倒的な力で粉砕した。


 打ち負かした小鬼たちの山の上に気絶したシェリーを放り投げてから、少し冷静になったハウルは、事態の深刻さを考えて顔をしかめた。


(せっかく助けた五人を、この女は殺しやがった。何が狙いだ?)


 まず頭に浮かんだのは、宮殿で会ったドグマの存在だった。あの巨人は、どうも最初からきな臭かった。言葉では否定していたが、ラーゾンの三頭犬の一件にやはり絡んでいたならば、この襲撃もやつの仕業だと考えていい。


 ラーゾンのやつは明らかにこちらを全員殺そうとしていたし、どうもこの街のボスは今週の新入りに対して、異様な敵対心を持っているらしい。


 新入りの皆殺し――そんなことをする必要性を考えたが、どうせこの場所は狂っている。理屈なんてない可能性だってある……。


(俺たちはもう三人になっちまった。俺とギデオン、ミレニア。もし全員を殺そうってんなら、二人にも刺客が送られてるはずだ……)


 ハウルはまずギデオンのことを考え、あいつが誰かの助けを必要とするようなタマではないとすぐに思い至った。


 むしろ、心配するならあいつの相手に任命されたやつの方だ。いまも、よくわからない植物で縛り上げられ、その植物についてどうでもいい薀蓄を聞かされているかもしれない。


 じゃあ、ミレニアは……と考えて、暗澹たる気持ちになる。


 あいつはいま、もっとも危険な状態にある。


 彼女を連れて行ったスカーは底知れない不気味さを纏っていた。ギデオンはミレニアの安全に関してスカーに強く釘を刺したらしいが、きっとそれを守るような律義さを持ち合わせていないだろう。


 ドグマの指示があれば、やつはミレニアを殺す。ミレニアには瞳術という魔法があるらしいが、それはあまり戦闘的な力ではないようだ。スカーがその気になれば、おそらく抵抗もむなしく……。


 そのときハウルは、自分がミレニアの安否を気にしていることを意識して、バツの悪い気分になった。


(……心配? 違うね。俺は暴れ足りねえんだ。今日は色んなやつにいいようにされちまったから鬱憤が溜まってる。そいつを手っ取り早く解消するのに、暴れる理由を探してる……!)


 高く跳躍し、近くにあった塔の屋根に陣取ると、強化された嗅覚を発揮してミレニアとスカーの匂いを探す。


 そうして夜の湿った空気にまじって目当ての匂いをかぎ取ったハウルは、迷いなくペッカトリアの街を駆け出した。



 ※



 ミレニアが連れて行かれたのは、小さな屋敷が立ち並ぶ居住区の一角だった。そこにある質素な造りの家に入ると、スカーは道の途中で買った食材をテーブルの上に放り出した。


「まあ、くつろげよ。ここがオレの家だ」


 ミレニアが不安になって部屋の中を見渡していると、スカーは何を思ったのか「意外か?」と声をかけてくる。


「い、いえ……」

「ボスの宮殿ほどじゃなくても、一級身分の囚人はもっといい暮らしができる。自分の住まいの近くに小鬼が住むのを禁止してるやつだっている」


 夜になってようやく静かになったものの、先ほどまで外には活気で溢れた小鬼たちがぞろぞろと連れ立って歩いていた。


「ここは職人街の裏通りにあってな。小鬼たちも近くに多く住んでる。庶民的だろ?」


 言いながら、スカーは部屋の壁沿いに並べられたカゴに近づいた。


 カゴは十ほど置かれていて、中にはそれぞれネズミのような動物が一匹ずつ入っていた。小さな動物たちは、それぞれカゴの中を奔放な様子で動き回っている。しかしよく見ると、生き生きとしたそれらに混じって、一匹だけピクリとも動かない個体がいた。


「こいつらはギスモラットというネズミでな。オレのペットなんだが」


 スカーは動かない個体の入ったカゴの上蓋を開け、中からぐったりしたそれをつまみ上げた。


「今日の犠牲者だ。前足に傷があるだろ(・・・・・・・・・)?」

「ま、魔法が……? 付与魔法(エンチャント)が……かけられて……」

「気づいたか。どうもお前の目は誤魔化せないらしいな、ミレニア」


 ネズミには、魔法を構成するマナがべっとりと張りついている。

 

 死んでしまっているらしいそのネズミだけでなく、カゴの中でいまも元気に走り回るネズミたちにも、同様に付与魔法(エンチャント)が施されていた。ミレニアの左眼に収まる輝きの瞳(グリムズアイ)には、それらがはっきりと見えた。


「これがオレの魔法だ。付与魔法(エンチャント)を張りつけた生物と神経回路を繋ぐことができるのさ。便利だぜ。自分へのダメージをそいつらに移し替えたり……」


 スカーは死んだネズミの尻尾を摘み、宙でぶらりぶらりと揺らした。


 ネズミは前足の片方に深い傷があった。それを見てミレニアは、スカーが巨人の宮殿の前で自分の手首を切り裂いたのを思い出した……。


「……あとは、魔物に襲われてるどんくさい女を操って、安全な場所に連れて行って待機させたり、口を割りそうな馬鹿を操って、まったく別のことをしゃべらせたりな」


 ミレニアはハッとなった。


「……あれは・・・、あなたが(・・・・・)?」


「そうさ。三頭犬が新入りたちを襲撃したどさくさに紛れて、オレもあの場に躍り出た。あれだけ混乱した場だ。元々いなかったやつが一人増えたところで誰も気づかない。そしてオレはお前に付与魔法(エンチャント)を張りつけて、お前の安全を確保した」


 スカーは青い瞳で、じっとミレニアを見つめている。


「ラーゾンには、最初から付与魔法(エンチャント)を張っていた。万が一、襲撃が失敗したときのためだ。結果的にギデオンみたいなバケモンがいたわけだから、念には念を入れてよかったってことになる。オレはずっと茂みで待機していたが、それは誰かを操るにはそれだけの集中力がいるってことだ。何せ、オレはずっと一つのことで気が張っちまってるからな」


「なぜ……?」

「ん?」

「なぜ、私を助けてくれたんです……?」


 おずおずと、そう切り出す。すると、スカーは肩をすくめて答えた。


「最初から助けるつもりで、あの襲撃の場に志願していたからさ。お前があそこにいることはわかっていた。あそこでドグマの命令どおりに全員殺したことにして、お前だけを匿おうとしてたってわけだ。ドグマは二百年以上も前からこの監獄に入っていて、外に興味をなくしちまってるようだが、オレは違う。オレはもっとフォレースのことに興味がある。オレが何を言ってるかわかるだろ、ミトラルダ(・・・・・)()フォレース(・・・・・)?」


 その名前を聞き、ミレニアはびくりと身体を震わせた。


「な、何を言って……」

「とぼけるなよ。いや、まあお前がそういう態度だっていい。ミトラルダ・フォレースっていうのはな、ずっと王国の悩みの種だったやつさ。王の囲いの娘……継承権の序列は随分と低いにもかかわらず、輝きの瞳(グリムズアイ)という恵まれた才能を得て、上にいる王族連中をやきもきさせていた」


 スカーは肩をすくめ、摘み上げていたネズミの死体をテーブルの上に置いた。


「瞳術師は他者の魔法の力を爆発的に高める。富国強兵にもってこいの才能であると同時に、当世のフォレース王は病弱で評判のいい王ではなかったから、世論を握るため優れた王族というプロパガンダに彼女はうってつけだった。その結果、国民に愛され、王族からは妬まれるというねじれ切った姫君が出来上がった」

「わ、私は……」

「確か、そいつは何度か暗殺されそうになったこともあった。人死にを見るのも、一度や二度じゃないはずだ。ミトラルダは身内にずっと怯えていたが、身内の方もずっとそいつに怯えていた。王の気まぐれが起こる前に、そいつを始末する必要があったってことさ」


 耳をふさぎたくなるようなことを、スカーは淡々と語り続ける。


「病弱な王は、いまじゃ寝床から起き上がってくることの方が少ない。弱気になった王が、王位を継承権の序列ではなく、より優れた人間に譲りたいと言い出さないとも限らない。伝統を重んじる健全なフォレースのために、そいつは表舞台から消えなければならなかった」


 スカーは傷のある顔を歪めた。どうやら、笑っているらしい。


「ミトラルダはいま行方不明らしい。みんな姫君の現状を知りたがっている。それは別に、姫を心配するやつらだけじゃないぜ。自分たちの陰謀によって、誰の目にもつかない場所に連れて行った姫が、きっちりと死んでいるかを知りたがっているやつらだっている。死んでいるなら、さも悲しそうな顔をして、それを大々的に公表しなければならないからだ」


「も、もっと早く……死んでいれば……よかったんでしょうね……私は……」


 ミレニアは手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。ずっとせき止めていた感情が一気に溢れ、涙を抑えることができなくなっていた。


 ここまで事情を知っている相手に、もう空とぼける意味を感じなかった。


 ――確かにミレニアの本名は、ミトラルダ・フォレースと言う。


「今日……私たちが襲われたのは……全部、私に責任があったということですね……」

「そうだ」

「私がいなければ……みんな死ぬことはなかった……」

「そのとおりだが、そう自分を卑下するな。こんなところに落ちてくるやつらは、どうせロクでもねえやつばっかりだ。それに大半は人間的な生活を送ることもできず、奴隷として死ぬ。気持ちを切り替えろ」

「で、でも……」


「憐憫は誰のための感情かわかるか? 思われる他人ではなく、自分のためさ。自分の傷ついている心を癒すために、涙を流して優しい人間のふりをする。良心は麻酔だ。自分の心を酔っぱらわせ、罪を美徳と勘違いさせる。でもそれは卑怯者のすることだぜ、ミトラルダ」


 スカーはミレニアの胸ぐらをつかみ、強く引き寄せた。


「……ピィピィ泣くんじゃねえ。泣くぐらいなら死ね。今日死んだやつらに本当に申し訳がないと思うなら、死んで詫びてみせろ。できもしねえくせに……」


 そのとき、玄関の方で轟音が鳴り響いた。


 驚いて固まるミレニアの前に現れたのは、巨大な二足歩行の銀狼だった。立って歩く後ろ足に金属製の足輪がついていたが、二つの輪を結ぶ鎖は引きちぎられている。


 銀狼はミレニアの胸ぐらを掴んですごむスカーを見つけると、途端に瞳を燃え上がらせた。


「――てめえ! その薄汚ねえ手をいますぐどけろ!」

「なんだこの化け物は? こんなやつは初めて見るが、ラーゾンの置き土産か……?」


 静かに言いながら、スカーはミレニアを突き飛ばした。


「……そこでじっとしてろ、ミレニア。安心しな。オレがお前を死なせなかったのにはわけがある。こんな毛むくじゃらの化け物に、いまさらお前を殺させるわけにはいかねえ」

「この身の程知らずめ、俺とやろうってのか? ミレニアを渡せよ。そうすれば、殺さずにいてやってもいいぜ」

「しゃべるキメラとはな」

「――ッ!! 俺はキメラじゃねえ!」


 一気に距離を詰めた銀狼の攻撃を、スカーは大きく横に飛んで避けた。

 空振りした爪が壁を破壊し、大きな音を立てる。


「……おい化け物、何が目的だ?」

「うるせえ! ――ま、言っちまえば暴れにきたのさ! てめえは一目見たときから気に入らなかった!」


 そう言うと銀狼は大きな雄たけびを上げ、空気をビリビリと振動させた。


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