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決戦の地

 倒れたペリドラの身体から染み出した血が、地面を赤く濡らす。


「ともにフルールを愛した身だ。その方法こそ違いこそしたが、ぼくは最後まで君に敬意を払おう……」


 フェノムはペリドラの身体に突き刺さる剣を全て引き抜き、彼女を仰向けにした。

 これほどの傷を受けても、まだ彼女は生きていた。とはいえ、もうその命は尽きようとしている……。


 ペリドラは、ヒューヒューと息をしながら、消え入りそうな声を出した。


「……リルパは……きっとあなた方の悪意に……負けはしなさんす……」

「彼女をすぐに君のもとへと送ろう。きっとさびしくはないはずだ、ペリドラ」

「リルパの力を……侮ってもらっては困りんすよ……」


 彼女は大きく咳き込み、苦しげに顔を背けた。

 そして、一点を見つめたまま、ピタリと固まる。


「ああ、旦那さま……」


 ペリドラはそう言って、涙をこぼした。


 フェノムが彼女の視線を追うと、城の入り口に男が立っているのがわかった。

 彼は決意に満ちた目で、城内へとゆっくりと歩を進めてくる。


 ――やはり来たか、ギデオン!


 フェノムは体中から殺気を放つギデオンの姿を見て、体内の血が沸き立つのを感じた。

 次の瞬間、地面から樹木がすさまじい勢いで生え出て、咄嗟にフェノムは後方へと飛び退った。


 ギデオンは地面に横たわるペリドラに近づくと、その場に跪いて彼女の手を取る。


「ああ、旦那さま……リルパを……どうか、リルパを頼みなんす……」

「しゃべるな、ペリドラ。すぐに治療をするから……」

「いいえ、それは無駄というものでありんす……しかし、よかった……最後の最後で、リルは……神は……リルパの味方を……こうして遣わしてくださいなんした……」

「ペリドラ……」

「あの子は寂しがり屋でありんすよ、旦那さま……決して一人に……しないで……」


 そう言って、ペリドラは目を閉じた。

 ギデオンはしばらくの間、彼女の手を握ったまま、ピクリとも動かなかった。


「……彼女は立派だったよ、ギデオン。すばらしい戦いぶりだった」

「……あんたが、ペリドラを?」

「そうだ」


 ギデオンが立ち上がり、ゆっくりと振り向く。

 その目に宿る強い怒りに、フェノムは思わず大きなため息を漏らした。


 初めてギデオンを見たときから、いつかこの男が自分の前に立ちふさがるのではないかという予感があった。そして心のどこかでは、それを望んでもいた。


 果たすべき目的とは、また別に存在する闘争本能――かつて戦いに明け暮れたフェノムの性分が、強敵を求めてやまなかったのだ。


「君はここに何をしにきた、ギデオン?」


 フェノムは、ひとときもギデオンから目を逸らさずに、訊ねた。

 するとギデオンは、首にかけたネックレスを手繰り、昨日フェノムの渡したペンダントを取り出す。


「こいつをあんたに返しにきた」

「それは、君にとって必要なものだったんじゃないのか?」

「必要だ。だが、これを使って目的を果たしてしまえば、あんたに手出しができなくなる。俺は、あんたを止めにきたんだ、フェノム」


 ギデオンはペンダントを投げて寄越した。

 それを受け取ってまじまじと見つめているうちに、フェノムは苦笑してしまった。


「……律儀なやつだ、君は。ぼくと戦うだけなら、これを返す必要なんてないだろう?」

「借りがあっては、本気で戦うことができない。あんたは俺に言ったな? 本来の目的にのみ集中しろと。そして、その象牙を俺に渡した」


 ギデオンは、フェノムの手に収まる象牙を指差して言った。


「あれから俺は考え、答えを見つけ出した。俺はやはり、この世界と――彼女を放っておくことはできない。だから、それを返す。あんたの要求を、受け入れることはできない」

「……念のために、聞いてもいいかい?」

「何を?」

「君の言う『彼女』というのは、リルパのことかな?」


 その問いに、ギデオンは迷いなく頷く。


「そうとも。あんたが打倒しようとしている少女だ」

「なるほど、やはり君はそういう決断を下したということだね。きっとそうなるだろうと思っていたよ」

「彼女はいまどこに?」


 フェノムは先ほどフェレシスが空けた城の大穴を示した。そこからは、西の空に舞い上がる土煙が見て取れる。


「リルパは、かつてない敵と戦いに行った。フェレシス――いや、君にはヤヌシスと言った方がいいかな? 彼女こそが、いまこの世界で唯一、リルパの敵対者になり得る存在だ」

「ヤヌシス? あいつは俺にすら屈するような女だぞ。リルパの足元にも及ばないはずだ」

「本来の力を取り戻した彼女は、ぼくや君などよりもよほど強力だよ。彼女は敬虔だった。彼女は忠実だった。その態度の報いを受け取るときがきたんだよ」

「……意外だったな」

「何がだい?」

「あんたは、自分の手でリルパを葬り去ろうとしているとばかり思っていたから」


 それを聞き、フェノムは悠然と微笑みを浮かべる。


「ぼくは言わなかったかい、ギデオン? いまさら、仲間なんていらないと。必要なのは、駒だと」


 昨夜、フェレシスをドグマの宮殿から連れ出してから、フェノムは彼女に計画の全てを包み隠さずに話した。


 フェレシスの役回りは、リルパをおびき寄せるための餌。

 だが、その餌の役目を遂行する間、好きに動いてもいいとも伝えた。


 フェレシスは、二つ返事でその提案を了承した。了承せざるを得なかったとも言えるが。


「彼女とぼくの目的は、似ているようで異なっていてね。お互いをお互いにとって便利な存在として、利用し合っているだけなんだよ。彼女はぼくの駒として。ぼくは彼女の駒として、ね」

「あんたの目的はリルパの排除だろ?」

「そうだね」

「……では、ヤヌシスの目的は?」

「マナの流出点――『マナの座』を、リルパから奪うことだ。彼女の仕える神のためにね」


 それを聞いた途端、ギデオンの表情が険しくなる。


「そうか、やつはメフィストの神官だったな……」

「じきに戦いが始まるだろう。神々の戦いがね。ぼくの念願が果たされるのは、その(・・)あと(・・)だ」

「俺はリルパを救いにきた。リルパが向かったのは、あの土煙の吹き荒れる地なんだな?」

「行かせると思うかい? 計画の邪魔をされると、ぼくとしてはとても困るからね」


 その言葉とともに、二人の間に漂う空気が張り詰める。

 フェノムは手に握ったままだった象牙のペンダントを、自分の首にかけた。


「……これはありがたく返してもらうことにしよう。リルパ亡きあと、フルールの呪いを解くのはぼくの役目だ。その最初の一つ目を、これで賄うことにするよ。だが――」


 そこで言葉を止め、ちらりとギデオンを見つめる。


「――ぼくが負ければ、話は別だ。必要な人間の元に、この象牙は渡ることだろう」

「なるほど、それはわかりやすくていい」

「君は馬鹿正直なやつだ、ギデオン。だがこれまでのことを思い起こすと、ぼくが命を賭けてまで戦おうと思えたのは、そういうまっすぐで誇り高い者たちばかりだった」


 フェノムは空間に無数の剣を生じさせ、その二本を左右の手で掴み取った。


「……ぼくは昨日、君の決断を尊重すると言ったね。その上で君がぼくの前に立ち塞がることを選択するなら、戦おうと」


「ああ」


 ギデオンは、短く答えた。


「――ならば来たまえ、ギデオン。このフェノム、全力をもって君の相手をする」


 次回より、いよいよ最終章に突入します!

 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます<(_ _)>


 できましたら、最後までお付き合いいただけますと幸いです!

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