表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/219

破膜の訪れ

 眠っていてギデオンのことを知らない最愛の人(フレイヤ)のために、ずっとリルパは、夢中で彼の話をしていた。


「――それでね? ギデオンがわたしのことを『殺す』って言ったの。そんなこと、できっこないのに!」

「それは、まだギデオンがお前のことをよく知らないときだろう?」

「うん。初めて会った日だよ」

「それはたんなる無知だ。だが、お前のことをよく知った上で『殺す』だなんて言い出すやつがいたら、気をつけるんだぞ、リルパ」

「どうして?」

「お前は、世界でもっとも強力な生き物と言ってもいい。お前たちは、周りから神と呼ばれたり、『世界種』と呼ばれたりする種族だ。お前たち(・・・・)というのはつまり、このダンジョンには、お前と同等の力を持ったやつらもいるってことさ。そいつらに会ったときは、気をつけなければならない」

「わたしはずっとここにいるの。そんな怖い人がいるところには行かない」


 リルパは唇を尖らせてフレイヤの腰に抱きつくと、彼女の膝の上に頭を乗せた。

 そのときベッドの下から地鳴りが聞こえ、ハッと顔を上げる。


「なんか、変な音がする……」

「……これは、戦いの音だ」

「戦い?」

「ペリドラが、大地穿ち(ペッカトラス)を使っている。あいつが本気で戦うとなれば、よほどの事態だ」

「ペリドラが戦う? 誰と?」


 フレイヤは答えない。

 彼女の顔に苦悶の表情が張りついているのを見て、リルパは胸を痛めた。


 ペリドラはギデオンを迎えに行ったはずだ。そこで、誰と戦うというのか? まさか、ギデオンと? 

 いや、さっきフレイヤとペリドラはフェノムの話をしていた。では、フェノムと?


 しかし、ペリドラがフェノムのことを悪く言うところを聞いたことがない。

 彼は昔、フレイヤと一緒にダンジョンの攻略に赴いた仲間という話だった。


「フレイヤ、ここで待ってて。わたし、ちょっと見てくるね」

「……気をつけろ、リルパ」


 フレイヤはリルパの腕をきつく掴み、真剣なまなざしでそう言った。


「大丈夫、わたしは誰にも負けない。強いから」


 リルパがフレイヤを置いて部屋を出たとき、階下から響く地鳴りがさらに大きくなった気がした。

 廊下に亀裂が走り、フレイヤのいう「戦い」が激しくなっているのを感じる。


 リルパは床に拳を思い切り叩きつけ、そこに大穴を開けた。

 一階のエントランスまで吹き抜けになったのに気をよくし、そこに飛び込む。


 寸刻をおいて着地したエントランスは――見たことがないほど荒れ果てていた。

 リルパは首だけを動かして、右を見た。


 擦り傷と切り傷にまみれたペリドラが、肩で息をしている。


「ペリドラ、どうしたの? 怪我してる……」

「――危ない!」


 ペリドラが叫んだのと、リルパを覆う意膜がその「攻撃」を弾き返したのは同時だった。


「……ようやく現れたか、リルパ」


 声のした方向に、ゆっくりと首を回す。


 そこに立っていたのは、フェノム。

 両手に剣を持ち、無数のさらなる剣が彼の周囲の空間に浮かんでいる。


 それを見て、リルパはすぐに納得した。


「やっぱり、あなただったんだ? あなたが、ペリドラと戦っていたんだね?」

「本意じゃないとも。ただ、彼女が退かないというものだから」

「どうしてペリドラを傷つけるの? こんなに血が出てる」


 リルパはペリドラに近づき、彼女を庇うようにして両腕を広げた。

 背後から、ペリドラの囁き声が聞こえた。


「……リルパ、お部屋でフルールさまと待っているように言いなんしたのに」

「だって、うるさいんだもん」


「君を打倒しにきた、リルパ」


 フェノムが手に持つ剣の切っ先を、リルパに向けて言い放った。


「わたしを?」

「そうだ。フルールを返してもらう。彼女は君のせいで苦しみ続けている。この城に閉じ込められ、肉体と精神の自由な精神を奪われている。許すことはできない」


 そのとき、リルパの背後からペリドラが飛び出し、フェノムに大槌を叩きつけた。

 鈍い轟音が響く――


「黙りんす! リルパ本人を前にして、まだそのような世迷言を口にするとは!」

「君の力の原動力は、いつもフルールへの忠誠心だったね、ペリドラ。もう終わりかと思ったけど、どうしてどうして、まだ動けるじゃないか」


 フェノムは二本の剣で大槌の一撃を受け流すと、勢いをそのままに回転して、ペリドラを切りつけようとする。


 リルパは一気に距離を詰め、ペリドラに代わってフェノムの剣を受け止めた。


「……わたし、あなたはペリドラのお友だちだと思ってたけど」

「そういう時期もあったかもしれない。彼女はフルールに尽くした。ぼくもそうだ。だが、君という存在が現れて、ぼくたちは決定的に異なる道を進むことになった」


 フェノムは手に持つ剣を離し、代わりに空中に固定される剣を二本握った。そして恐ろしい速さで、それをリルパに向けて振り下ろす――が、やはりその攻撃も意膜が弾き飛ばす。


「ペリドラはフルールという枠組みの中に、君という存在を置いた。だがぼくは違う。ぼくは君をどうしてもフルールの一部だとは思えなかった。君がやっているのは侵略としか思えなかった、リルパ。君は、フルールの自由を侵す侵略者に他ならない」

「耳を貸してはいけなさんす、リルパ!」


 ペリドラが叫び、また大槌を振り回す。フェノムはそれを躱したが、ペリドラはそこで攻撃方法を変えた。

 空振りの勢いに身体を任せ、大槌を軸にして回転して見せたのだ。


 遅れて繰り出されたペリドラの蹴りをまともに受け、よろよろと後ずさるフェノム。


 リルパはすかさず、隙だらけになったフェノムの懐に飛び込んだ。

 そして腰を落とし、グッと拳を握りしめる。


「……君は滅ぼされるべき怪物だ」

「よくわからないけど、あなたはこれでおしまい」


 一気に右腕を前に突き出す。

 その拳は、フェノムの身体をやすやすと貫通した。


 遅れて生じた衝撃の波が、その錬金術師を吹き飛ばす。フェノムの身体はエントランスの壁に激突し、そこからもうもうと土煙が上がった。


 リルパは、フェノムの青い血で濡れる自分の拳をペロリと舐めた。


「……変な血。あんまり、おいしくないね……」

「そんなことをしている場合ではありんせん!」


 叫びながら、ペリドラはキッと上空に目を向けた。

 その方向から、パチパチパチ、と拍手の音が降ってくる。


「お見事、お見事、流石は神の子というわけデスか……」


 視線を上げると、空中に人が固定されていて、リルパはおやっと思った。


 そこにいたのも、見知った顔。

 ヤヌシスだ。


「ああ、『醜い』……少し見ないうちに、あなたは随分と醜くなりましたね、リルパ……とはいえ、あなたは美醜に捉われない存在。あなたの存在自体が、我が主にとって最高の捧げものになるのデスからね……」


 彼女が小さく掲げる腕の周りには、竜巻のような大気の渦ができている。

 圧縮された空気――直感的にその現象の本質を見抜いたときには、ヤヌシスはすでに腕を振り下ろしていた。


 凄まじい勢いで飛んでくる空気の塊に、リルパは拳を叩きつけた。

 一瞬、手に痺れが走り、何事かと眉をひそめる。


 圧縮された空気が一気にはじけ、辺りに暴風をまき散らす。


 気づいたとき、リルパはその(・・)攻撃(・・)()吹き飛ばされていた(・・・・・・・・・)


 身体に受けたダメージはほとんどない。しかし体勢を立て直したとき、リルパの頭を占めていたのは大きな混乱。


「……どうして意膜が発動しないんだろう? あなたの考えているのは、そんなところデスか?」


 言いながら、ヤヌシスがゆっくりと地面に降下してくる。


「あらゆる悪意をはねのける絶対膜……その神の力を、なぜたかが人間が打ち破ることができるのだろう、と。答えは簡単。いまのワタシも、あなたと同等の存在だからデス――」


 ヤヌシスは風に乗って爆発的に加速し、言葉を置き去りにする。次の瞬間、彼女はリルパの頬に拳を叩き込んでいた。


 リルパは凄まじい衝撃に耐えきれずに吹き飛ばされ、ごろごろと地面を転がった。

 口の中に、以前一度だけ味わったことのある感覚が広がっている。


 足を滑らせて、崖から落ちた日……膝小僧を擦りむいたとき、リルパはその感覚が「痛み」と呼ぶものだと知った。


 唾を吐き出すと、そこに赤いものが混じっていた。


「ふっふっふ、破膜の味はいかがデス? 初めては、信じられないほど痛いもの……」


 ヤヌシスが、悠然とした態度でこちらに向かって歩いてくる。


「……あなたの相手はワタシがしましょう、リルパ。とはいえ、ワタシたちがここで戦えば、こんな城など吹き飛びます。それはあなたにとっても、都合が悪いでしょう。この城には、あなたの大好きなフルールがいますからね」

「……あなたも、わたしと戦いたいの?」


 リルパはゆっくりと立ち上がった。目の前の女を、きつく睨みつけながら……。



「ええ、あなたを殺してさしあげますよ」



 ――だが、お前のことをよく知った上で『殺す』だなんて言い出すやつがいたら、気をつけるんだぞ、リルパ。


 リルパは、フレイヤの言葉を思い出していた。


 ――敵は、こんなにも早くやってきた。


「場所を変えましょう。ついて来てください」


 ヤヌシスの身体が、ふわりと浮き上がる。

 リルパは、ペリドラの方をちらりと一瞥した。


「……フレイヤと一緒に待ってて、ペリドラ。すぐに戻ってくるから」

「リルパ、挑発に乗ってはいけなさんす……」

「『わたしを殺せる生き物なんて、この世に存在しない』……ペリドラがずっと言ってたことでしょ?」


 リルパは、にこりと微笑んでそう言った。


「そ、それはそうでありんすが……」

「大丈夫、わたしは誰にも負けない。わたしはフレイヤと、ペリドラの子だから」


 ヤヌシスが大気の渦を放ち、城の壁に大穴を開ける。

 その穴をふわりとくぐって先導する彼女を、リルパは追いかけた。


 ヤヌシスは、西へと――土煙の舞う荒野に向かって飛んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ