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メニオールの覚悟

「もう大丈夫だ、安心するといい」


 周りを取り囲んだ小鬼たちが、笑顔で近づいてくる。

 メニオールは、虎の魔物と化したゴスペルの上で、彼らをじっと見つめていた。


「俺たちは邪悪なる囚人たちの命令で動いているわけではない。お前を殺そうというのではなく、むしろその逆で、保護するためにここにいる」

「保護だって?」

「そうだとも。偉大なるギデオンさまのご命令だ。囚人奴隷と奴隷を、囚人たちの手から守れと。お前も、囚人から逃げ回っていたのだろう? お前の持ち主は誰だったのだ?」


 言いながら、その小鬼は懐から紙片を取り出した。


「ゴスペルだ」


 メニオールが嘘をでっち上げると、当の本人が自分の下で身じろぎする。


「……しゃべるなよ、ゴスぺル……」


 小声で言って、それとなく靴で腹をコンコンと叩くと、ゴスペルはメニオールの方を見上げて複雑そうな顔をする。


(馬鹿め、虎がそんな顔をするなってんだ……)


「ゴスペル、ゴスペル……まだ報告は受けてないな」


 小鬼は紙片に書かれた文字を指でなぞりながら、そんなことを言う。


「とはいえ、その囚人が捕まるのもすぐだろう! 安心することだ!」

「囚人が捕まる? どういうことだ? お前たちはさっきから何を言っている?」

「む、『お前』だと、無礼なやつめ……しかしギデオンさまが守れと言った以上、懲罰を加えるわけにもいかん……」

「……なあ、この奴隷はちょっとおかしいんじゃないか? 虎なんかに乗ってるし。恐怖で頭がおかしくなったのかも……」

「変態の恐れがある……」


 小鬼たちの目が警戒の色を強くする。

 メニオールは肩をすくめてゴスペルから降りると、言葉遣いを丁寧にして彼らに話しかけた。


「夢中で逃げていたので、事情がわからないのです。説明してもらえませんか?」

「おお、そうだったか! 安心するがいい! 俺たちは、お前の味方だ!」


 そこでメニオールは大方の事情を聞いた。


 囚人たちが決定した虐殺行為。それに激怒したギデオンが、彼らに宣戦布告したこと。そして、小鬼たちはギデオンを支持し、彼とともに囚人たちを討とうとしている、と。


「ついてくるがいい。竜車で避難所に運んでやる。だが、その虎は……」

「賢く、大人しい虎です。あなた方に危害を加えることはありません」

「そ、そうか……すごく睨んでくるけど、大丈夫だというのならそうなのかな……ま、いまは、信用し合うことが大切だからな……」


 彼が連れて行ってくれた広場には、いくつか竜車が止まっていた。そのすぐそばに、小鬼たちに保護されたと見られる奴隷たちが集まっている。


 ざっと確かめてみたが、ミレニアの姿はない――と思ったとき、見知った顔を見つけて、メニオールはおやっと思った。


「ハウル?」

「――あ?」


 そう言って、灰色のばそぼさ髪の少年が顔を上げる。やはり間違いない。

 その少年は、ゴスペルの隠れ家で少しの間「同居」していたハウルだった。石化していたため、彼の方にそのときの記憶はないだろうが……。


「誰だ、あんた?」

「動けねえお前を、しばらく匿ってやってた者さ。名前はメニオール」

「メニオール……? てことは、てめえが――」

「――無礼者! 無礼者!」


 そのとき、小鬼が慌てふためいた様子で二人の間に入り、メニオールをぐいと引っ張ってハウルから遠ざけた。


「貴様、ハウルさまに何という無礼な態度を取るのだ! この方は、ギデオンさまのお知り合いであらせられるのだぞ!」

「知り合いだあ?」


 メニオールが眉をひそめる間に、小鬼はハウルの方に向き直り、手をこすり合わせた。


「ハウルさま、申し訳ございやせん! 椅子をもう少し高くしやんす! そうすれば、高貴な立場にいることを他に示せるというものでございやんしょう……」

「い、いや、だからいいって、そういうの……」


 よくよく見ると、ハウルは大きな石に座らされていて、他の奴隷たちよりも目線が高かった。


「よくありやせん! ハウルさまをぞんざいに扱ったとなれば、ギデオンさまのお怒りを買うことになってしまうかも……」

「いいから放っておいてくれよ。俺はいま、こっちの女と話がしたいんだって」

「そ、そうでございやんすか? しかし、この女は礼儀作法というものを知らないようでして、先ほども我々に無礼な態度を取りやんした……」

「以後、気をつけますよ」


 メニオールが仏頂面で言うと、ハウルはシッシッと手を振って小鬼を遠ざけた。


「ほら、この女もこう言ってるだろ。俺は大丈夫だから」


 小鬼はメニオールを恨みがましく睨みつけたが、ハウルの言うことには逆らえないのか、すごすごと場を離れた。


「どういうことだ? ずいぶんと小鬼を手なずけてるみたいじゃねえか」

「知らねえよ。俺も、さっきまで寝てたんだ。目が覚めたらここに連れてこられてて、ギデオンの名前を出した途端にこの扱いさ」

「お前は狼になってただろ? 狼坊やは朝になったら眠るのかい?」


 すると、ハウルはさっと目つきをきつくしてメニオールを睨みつけた。


「……やっぱり、てめえがあのときギデオンのふりをしていたやつだな? 匂いが妙だったから、おかしいと思ってたんだ」

「あれからストレアルはどうなった? お前に任せた騎士のことだが」


 それを聞いて、ハウルは口をへの字に曲げる。


「ギデオンが捕えた。それからどうなったかは知らねえ。そんなことより、てめえが連れて行ったミレニアはどうした?」

「あれからはぐれちまった。いま、探してるところだ」

「何だと……?」


 ハウルが勢いよく立ち上がり、メニオールの胸ぐらをぐいと掴んだ。


「てめえ、どういうつもりだ! はぐれただと!?」

「……落ち着けよ、坊や。こっちにも不測の事態があったのさ」


 小鬼が遠巻きに聞き耳を立てているのに気づき、メニオールはハウルに顔を近づけ、声をひそめた。


「……それに、イラついてるのはアタシも同じさ。鬱憤晴らしに、この場でお前をぶちのめしちまってもいいんだぜ?」

「てめえみたいなやつに、俺がやられるわけあるかよ!」

「これでもか?」


 メニオールはハウルにだけ見えるよう、自分の顔の上にスカーの顔をかたち作った。

 するとハウルはハッと顔を青ざめさせ、悔しそうに歯ぎしりした。


「そうか、てめえがあのときの……」

「わかったか? 同じ目に遭いたくなけりゃ、その手を離せ」


 そのとき、わき道から、切羽詰まった様子の小鬼が広場の中央に駆け込んでくるのが見えた。彼がひそひそと何かを報告すると、周りの小鬼たちがざわつき始める。


「何か動きがあったみてえだな。おい、坊や。ちょっと面を貸せ」

「ああ?」

「いいから来い。お前の方が、小鬼たちから信用されてるだろ」


 メニオールは自分の胸ぐらを掴んだままのハウルの手を振りほどき、彼を促して小鬼のそばまで行かせた。そして、ちゃっかりと彼の後ろをついて行く。


「何かありましたか?」


 ぶすっと不平面で黙り込むハウルの代わりにそう訊ねると、小鬼たちは渋面を返してくる。


「ああ、ハウルさま。どうも、近くで囚人が一人、暴れているようでございやんす。修羅の如き戦いぶりで、犠牲者が増える一方とのこと……」

「誰です?」

「囚人、スカーでございやんす、ハウルさま」


 あくまで小鬼たちは、メニオールではなくハウルに答えて言った。こういうところは、こいつらの中に身分制度が染みついているせいだろう。


「スカー、ね」


 メニオールは、スカーの名前を聞いて、すっと目を細めた。


 夜通し探し回ってもミレニアを見つけられないとなれば、彼女はどこかに捕えられている可能性がある。その容疑者として真っ先に浮かぶのが、あの場にいたスカーだ。


「ちょうどいい。案内してください。スカーがあなた方の手に余るというのなら、アタシが始末しますよ」

「な、何だと?」

「魔法には、相性と言うものがあります。そしてアタシは、スカーの天敵というやつでしてね」


 そう言って、肩をすくめる。


 ……それに、あいつとは小さからぬ因縁もある。そろそろこの因縁に、ケリをつけなければならない。


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