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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
英雄の目覚め
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弱者の決意

「ギデオン? どうしてここに?」


 ミレニアは、目を瞬かせてギデオンを見つめた。


「この病院を避難所の一つにしようと思ってな。ここにはそれなりの薬もあるし、怪我人への対処もそれなりにできるだろう」

「避難所?」

「ああ。これからゴブリンたちは、保護した人々をここに集めてくれる手はずになってる。だから君も、ここにいれば安全だ」


 ギデオンはミレニアに近づいてニコリと微笑むと、彼女のそばを素通りして二人の囚人に詰め寄った。


「……そして俺は、ここの安全を確保しにきたというわけだ。人々を脅かす囚人どもがいないかどうかをな……どうやら、三人ほど隠れていたらしい」


 ギデオンはラスティの首に手を伸ばすと、彼を片手で軽々と宙に持ち上げた。


「うっ……ぐ、ま、待ってくれ……」

「俺の敵は貴様らだ、ペッカトリア」


 ギデオンの腕から植物が生え、そのままラスティを縛り上げる。


 それを見て、ミレニアは先ほどラスティとシェリーを拘束しようとしていた蔓植物を思い出した。

 そうか、あれはギデオンの操る植物だったのだ。ゆえに、彼が敵意を抱いていないミレニアには攻撃してこなかったのだろう……。


「だ、ダメです、ギデオン!」


 ミレニアは、危機を察してギデオンを止めようとした。


「なぜ? こいつは罪人だ。加えて、己の罪を償う意思もなく、他者の世界で堕落の限りを尽くしてきた、見下げ果てたクズだ。俺が報いを受けさせてやる……」

「待って、ギデオン! その人を殺さないで!」


 今度は、シェリーが訴えるようにギデオンの足元にすがりつく。

 しかしギデオンは、そんなシェリーを冷たい目で睥睨するだけだった。


「心配しなくても、こいつの次は貴様だ、シェリー。順番を待っていろ」

「シェリーだけは……殺さないでくれ……頼むよ……」


 宙づりにされたまま、ラスティが呻くように言った。


「悪いが、お前たちの言葉に耳を貸す気はない」

「腹に子どもがいるんだ……」

「……何だと……?」

「生まれてくる子どもに罪はねえ……頼むよ……」


 すると、ギデオンは眉をひそめた。


「……お前の子か?」

「違うよ……でも、シェリーの子だ……俺は殺してもいいから……彼女と、彼女の子どもだけは……」

「自分の子でもないのに、どうしてお前がそんなことを言う?」

「……惚れてんだ、彼女に……お、俺は……」


 ラスティは無理やり笑顔を浮かべたが、目からは大粒の涙がこぼれていた。


「……俺は、これで罪を償う……罰を受ける……シェリーの分まで、俺を罰してくれ……」

「――ら、ラスティ!」

「ああ、怖え……めちゃくちゃ怖え……最後くらい、惚れた女の前で格好をつけてえってのに……」

「俺はメロドラマを見たいわけじゃない……!」


 頑ななギデオンの肩に、ミレニアはそっと触れた。


「ギデオン、彼を下ろしてあげてください……たとえどんな人でも、心から罪を償いたいと思っている限り、その機会は与えられるべきです……」

「こいつらが、自分の罪を悔いていると?」

「そうです」


 ギデオンはミレニアをじっと見つめた。

 ミレニアも、彼から目を逸らさなかった。


 しばらくして、ギデオンは渋面を作ってラスティを解放した。


「ああ、ラスティ!」


 床に尻餅をつきながら咳き込むラスティを、シェリーが抱き締めた。


「……勘違いするなよ。俺はそいつが生きていた方が、今後の人生でより大きな苦しみを得られると思っただけだ。楽には死なさん」

「……ギデオン、ありがとうございます」

「君が礼を言うことじゃない」


 ギデオンは踵を返し、ベッドに横たわるテクトルの方に歩いて行く。

 そして、そばに置いてある小瓶から液体を出して手になじませ、意識不明の囚人の身体に塗り込み始めた。


「それ、何をやっているんです?」

「治療だ。こいつはテプロースという植物から抽出した回復薬で、特に火傷に効果がある。下手な治癒魔法よりも、この魔性植物の力を借りた方が、よほど早くよくなるはずだ」


 その言葉どおり、塗布された箇所から淡い光が放たれ、すでに一部の皮膚は修復されつつある。


「ミレニア、メニオールはどうした?」


 ギデオンが訊ねた。


「わかりません。彼女の隠れ家が襲撃されたんです……それで、逃げる途中で離れ離れになってしまって」

「そうか。でも、まあ大丈夫だろう」

「え?」

「彼女は強い女性だ。一度彼女が死んだと思っていたときも、生きていたわけだしな。しぶといやつだよ」


 その物言いに、思わずミレニアはむっとしてしまう。


「強いことと、心配なことは関係ないでしょう」

「関係あるさ。メニオールも、きっと君に守ってもらいたいなんて思っていない」

「彼女がそう思っていたからといって、私の心がそれに従えるわけではありません。私は彼女を守りたいと思ってしまっています。強い弱いとかじゃありません。そこには、お互いの立場や位とかも必要ありません。誰かを大事に思うことは、理屈じゃないと思います」

「何だって……?」


 するとギデオンは、訝しげにミレニアを見つめた。


「え、私、何か変なこと言いましたか……?」

「いや、いいんだ……驚かせてしまったかもしれないな……すまない……」


 どこか上の空で謝りながら、ギデオンはうつむく。

 ミレニアが、ギデオンのそんな態度を不思議に思っていると、彼はおずおずとした様子で口を開いた。


「……少し君に聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「はい、なんでしょう」

「……とても強い女性がいる。彼女は、誰かに守ってもらう必要などないくらい強大な力を持っている。そんな彼女を、明確な意思を持って排除しようとする者が現れたとき、彼女自身は助けを必要とするだろうか?」

「助けを求めたりはしないでしょうね」


 ミレニアはそれを、メニオールの話だと思った。


「そうか……いや、そうだろう……結局、彼女は全てを自分で解決できるんだから……」

「でも、私はその人を助けたいと思いますよ。そして、できるだけのことをしたいと思うでしょう」


 ギデオンはハッとした顔で、ミレニアに強い眼差しを向けた。それはほとんど、睨んでいると言ってもいいかもしれない。それほど鋭い眼光……。


「……も、もちろん、自分にできる範囲での話ですけど……」

「君はさっき、誰かを守りたいと思うのは、強い弱いの問題ではないと言ったな? 互いの立場や、位も関係ないと」

「ええ」

「……それが君の正義か」

「正義とか、そういう難しい話じゃありません。当たり前の話です」


 ミレニアが言ってから、しばらくの間、ギデオンは頭を殴られたかのような顔で固まっていた。

 それからほんの少しだけ微笑み、ぽつりと呟く。


「……君は強いな、ミレニア……俺などよりも、よほど」


次回より、新章「戦地へ」編が始まります!


たくさんのブックマークや感想、評価ポイントをいただき、日々の更新の励みになっております! 本当にありがとうございます!

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