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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
英雄の目覚め
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従者の戦い

「――あなた方を敵と見なし、排除いたしんす」


 ペリドラは短く言って、身体に力を込めた。

 途端に筋肉が盛り上がり、皺だらけの皮膚が張り詰める。

 

 発達した上半身が、大地穿ち(ペッカトラス)の凄まじい重量をものともしなくなる。

 ペリドラの変化を見て、フェノムが感嘆するような声を出した。


「君のその姿を見るのは久しぶりだ、ペリドラ。きっとぼくたちがこの世界に訪れなければ、君がこの世界を率いていたことだろう……統率者(ロード)として」

「愚かで、力の使い方すら知らなかったわっちを導いてくれなんした方こそが、フルールさまでありんす……あの方と出会わなかったならば、きっとわっちはただの『暴鬼』として生涯を終えておりんした」


 手のつけられない暴れ者として、十に満たないころには集落を追い出されていたペリドラは、以来ずっと世の中を恨み、盗賊の真似事をして暮らしていた。


 自分に知り得ぬところだったが、そのあまりの凶暴性は方々で噂されるほどになり、いつの間にか災害の一つとして数えられるほどになっていたらしい。


 その噂を聞きつけ、興味本位でやってきたのが、この世界にきたばかりのフルールだった。


 いかにも軟弱そうなその魔女は、しかしペリドラに初めての敗北を味わわせた。

 それからというもの、ペリドラはフルールの忠実な配下として、偉大なる魔女の夢を叶える手伝いをしてきたのだ。


「――フルールさまの邪魔は、させなさんす」


 ペリドラは床を蹴った。それだけで床にひび割れが起きる。

 気を抜くと、あり余る力が暴走してしまいそうだった。


 振り下ろされた大地穿ち(ペッカトラス)の一撃を、二人の囚人は空高く舞い上がって躱した。

 空振りした大槌が床を打ち――亀裂とともに盛り上がった土に乗って、ペリドラは上昇する。


 フルールやリルパがよく使う戦い方だ。大地穿ち(ペッカトラス)を操ったとき、ペリドラは偉大なる二人の戦い方を真似することができた。


「あなたさまが空を飛べるとは思いなさんしたよ、フェノムさま!」

「実のところ、ぼくも驚いている。空を飛ぶというのは、こういう感覚なんだね」

「いらぬお節介でしたか?」


 ヤヌシスが空中で両手を広げた。

 竜巻が起こり、そこから鋭い風の刃が飛び出す。


 ペリドラの瞳には、いまこの空間に満ちる大気の動きが『見えていた』。

 風とともに巻き上がった微細な土の動きが、全てを教えてくれたからだ。


 刃に向かって大槌を振り下ろすと、その魔法は衝撃とともに砕け散った。


「何とっ……!!」

「わっちを舐めてもらっては困りんす。いったいあなたの何倍生きていると思いなんす?」

「年の功というやつデスか! しかし、これなら!」


 ヤヌシスが連続して放つ風の刃を、ペリドラは大槌で弾き続ける。


「あなたさまの魔法は、もっと別のものだと思っておりなんしたが? その瞳同様、隠し事の多い方のようでありんす」


 次いで圧縮されて打ち出された空気を、ペリドラは容易く叩き潰した。


「消耗は避けたまえ、フェレシス。君にはこのあと、もっと力を使うべきときが訪れる。彼女とはぼくが戦おう」

「どちらも、この先へは進ませなさんす。フルールさまとリルパがお会いできるのは、ひと月に一度だけ。親子水入らずの時間を、邪魔させるわけにはいかなさんすよ」

「その心配も、今日までだ」


 フェノムの背後の空間に、無数の剣が形成される。


「今日、リルパは滅び去る。これはもはや、動かしがたい決定事項だ」


 殺意に満ちた剣が、一斉に降り注いでくる。

 ペリドラは大槌で地面を叩き、盛り上がる大地の盾でその攻撃を防いだ。


 しかし目の前にそそり立つ大地が突如としてごっそり削れたかと思うと、パチパチと音を立てながら、今度は盾のこちら側に剣が形成される。


「ちいっ!」


 ペリドラは大槌で無数の剣を薙ぎ払い、背後に大きく飛び退った。


「さあ、我慢比べと行こうか、ペリドラ!」


 フェノムは大地に降り立ち、両手に剣を構えて突っ込んでくる。

 鋭い剣撃を防ぐと、今度は中空の剣が一斉に襲いかかってくる。


 気を抜けば一瞬にしてやられてしまうであろう連続攻撃を、ペリドラは何とか防ぎ続けた。

 圧倒的な攻撃力――なるほど、主であるフルールが倒れたあと、ペッカトリアで最強の囚人と言われるようになっただけのことはある。


 しかし、その力も無限ではない。

 フェノムがマナ切れを起こしたところを見たことはないが、生物である以上必ずその瞬間は訪れるはずだ。


 一方のペリドラは、マナの代わりに体力を消耗し続けている。

 先ほどフェノムが「我慢比べ」と言った意味はそこにあった。


 つまるところ、フェノムはこの攻撃でペリドラを倒せるとは思っていないのだろう。ただ、自らのマナとこちらの体力を交換しようとしているだけだ。


「君の戦う姿を見ていると、昔を思い出すね!」


 そのとき、フェノムが鋭い剣撃とともに叫んだ。


「とてもいい時代だった! ぼくの人生の中で、あれほど輝いていた時間はなかったろう! ぼくたちのそばにはフルールがいて、太陽のような活力を振りまいてくれていた! ダンジョンという神秘に魅せられ、毎日が新しい発見の連続だった!」

「過ぎた時間は、帰ってこなさんす!」

「しかし、やり直せるとも! 彼女を覆う怪物の暗雲を取り除けば、ぼくたちはまたあの輝かしい日々を取り戻せる!」


 ペリドラはフェノムの圧力に逆らおうとせず、剣を一旦弾いてその場をしのぐと、すぐに回避に徹した。ペリドラが高速で移動するその後を、降り注ぐ剣の雨が追いかけてくる。


「フルールを返してもらうぞ、ペリドラ! 彼女はぼくたちの太陽だ!」

「フルールさまを愛するなら、なぜあの方のお気持ちにまで目を向けられなさんす! フルールさまはリルパの母親でありんす!」

「愛するからこそ、彼女を自由にしたいと思うんだろう! 君のやっていることは、押し付けだ! 君たちは結局、リルとリルパへの信仰を、親子という聞こえのいい言葉で誤魔化しているだけだ!」


 フェノムの突きが、ペリドラの肩をかすめる。


「フルールさまは、リルパを愛しておりんす! ご自分の果たせなかった夢を、リルパならば叶えてくれると信じておりんす!」

「夢は誰かに叶えてもらうものではない! 自分で叶えるものだ!」


 フェノムの圧力は、時間とともに増していくようだった。

 すでに躱しきれなくなってきた攻撃が、ペリドラの身体に小さな傷をつけ始めている。


 この十年以上もの間、老化を進行させるペリドラの体力は落ちる一方だった。しかし、フェノムの動きはかつてと変わらない――いや、むしろさらに向上しているようにさえ感じる……。


「ダンジョンの踏破がフルールの夢だというのなら、娘ではなく自分が叶えればいい! ぼくたちはかつて、そんなフルールに魅せられていたはずだ!」


 フェノムの繰り出した閃光のような攻撃が、ペリドラの頬に一筋の傷をつけた。

 熱くなった頬から、血がじわりと滲み出てくるのを感じる。


 この悪い流れを変えなければならない……!


 ペリドラは一瞬の寸刻を狙って、大地に思い切り大地穿ち(ペッカトラス)を叩きつけた。

 盛り上がった大地は吹き抜けとなった二階のバルコニーを越え、エントランスの天井近くまでペリドラの身体を運ぶ。


「さあ、母なる大地よ、牙を剥きなんし!」


 大地が崩れ、その下にいる敵を呑み込み、押しつぶそうとする。

 剣ではこの攻撃を受け止めることもできないし、撃ち砕くこともできない。


 フェノムが大地の波に呑み込まれてから、しばらくシンとした沈黙があった。


「……なんとも乱暴なやり方デスね」


 頭上から、ヤヌシスの声が響いた。


 彼女は動かず、ただ空中から睥睨するようにこちらに顔を向けている。

 覆われている視界は機能していないはずだが、それでもまとわりつくような視線を感じた。


「次はあなたの番でありんすよ、ヤヌシスさま」

「さて、それはどうでしょうね?」


 ヤヌシスが口の端を上げた。

 そのときバリバリと雷鳴のような音が響いたかと思うと、崩れた大地の上に一瞬で細長い円柱の塔が出来上がっていく。


 塔の下方には扉がついている。

 扉が開かれ、その奥からゆっくりと姿を現したのは、フェノムだった。


 その身には、傷一つついていない……。


「無理だ、ペリドラ。君では、どうやってもぼくを打ち倒すことはできない」


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