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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
英雄の目覚め
193/219

旧時代の象徴

 時間を稼ぐことすらできない……。

 もはやこれまでかと思ったそのとき、ドグマは妙案を思いついた。


「俺は死んでもいい。だが、その前にフルールに使いを出すべきだ」

「フルールさまに? なぜ?」

「あの城にてめえは入ったことがねえはずだ。あそこの空間は捻じ曲げられ、外からじゃ見えねえほど中は広々としてるんだぜ……誰の魔法で、そうなっていると思う?」


 そう言って、ドグマは自分の胸を親指で差し示す。


「俺だ。もし俺の身に何かがあれば、あの城にかけられた魔法は消え去る。その瞬間、引き延ばされていた空間が元に戻り、強烈に圧縮されることになるのさ。中にいるやつらは、きっと無事じゃ済まねえだろう……」


 実際のところ、ドグマの魔法は城に刻印されているため、自分の生死は魔法の持続に関係がない。しかし、この小鬼たちを欺いて時間を稼ぐだけならば問題はないだろう。


 案の定、ユナグナは渋面を作った――が、すぐに彼の表情が元に戻る。


「その心配は無用だ。あの場所には、ペリドラがいらっしゃる」

「ペリドラ? ペリドラは小鬼だ。多少力が強いだけの、小鬼さ。何もできやしねえ……」

「いや。あの方は特別な存在だ。フルールさまがあの方にお与えになった大地穿ち(ペッカトラス)のことを、貴様も知っているはずだ」


 それを聞いて、今度はドグマが渋面を作る番だった。


(こいつ、あの大槌のことを知ってやがったか……)


 大地穿ち(ペッカトラス)は、あらゆる魔法を叩き潰す。

 あまりの重量のために扱える者はほとんどおらず、製作者であるはずのフルールの手にさえ余った代物だ。彼女の強さは、単純な筋力によるものではなかったからだ。


 それを軽々と振るえるようになったのが、ペリドラだった。


「貴様の悪意を、ペリドラは叩き潰すだろう。無駄なことを考えないことだ」

「どうして、てめえらがそのことを知ってやがる? ペリドラはもう十年以上も城に篭りっぱなしだってのに……」

「俺たちを導いてくださった方がいる。ギデオンさまが現れるよりも、もっと以前から。貴様と違い、高貴で慈悲深い方だ」

「そいつはいったい、誰だ?」

「貴様が知る必要はない」


 短く言ってから、ユナグナはさっと片手を上げた。

 それに呼応するように、背後の小鬼たちが弓を構える。


 いよいよをもって、万事休す……。

 ドグマが時間稼ぎを諦めようとしたそのとき――


「――不敬でありんすよ。ドグマさまに向ける弓を下ろしなんし」


 場に高い女の声が響き、一同の意識を引きつけた。

 そこには、いつの間に現れたのか、メイド服姿の小鬼が立っている。


「己が役割を忘れ、囚人さまに牙を剥くとは、見下げ果てた性根でありんす。わっちが特別に、教育を施してやりんす」

「あなたは……?」


 ユナグナが訊ねる。


「わっちはレーテ。ペリドラの義娘にして、フルールさまのお城で働くメイドでありんす」

「あなたは少し誤解しているようだ、レーテ。我々は正義とともに戦っている。ギデオンさまが、囚人たちと戦う決定を下されたのだ」

「誤解などありんせん。わっちらの役割は、ペッカトリアの秩序を守ることでありんす」


 レーテは恐ろしい速さで動くと、小鬼の群れに突撃した。

 ドグマの目にさえ、そのとき何が起こったのかわからない。次の瞬間には、小鬼たちがきりもみしながら吹き飛ばされていた。


「ドグマさま、退避を! ここはわっちが引き受けなんす!」

「あ、ありがてえ……」


 どういうわけか、ペリドラはこちらの味方をしてくれるらしい。思わぬ援軍に驚きつつも、ドグマはこの機を逃してはならないと思って部屋から逃げ出した。


 ズシリズシリと重い足音を響かせながら、安全な場所を探して回る。

 しかし、どこへ行けばいい? ここ以外に安全な場所が、この世界に存在するのだろうか?


 宮殿が燃えている。

 ドグマの栄華の象徴だった、巨人の宮殿が……。


「いや、生きていさえいれば、必ずやり直せる……どれだけ苦汁を舐めても、どれだけみっともねえ姿になっても、必ず生き続けてやる……」


 ブツブツと呟きながら、ドグマは大広間へと入った。

 そこにもちょうど、窓から二匹の小鬼が侵入してくるところだった。


「――俺さまの宮殿に許可なく入りやがって!」


 ドグマは、怒りとともに小鬼どもを八つ裂きにした。

 断末魔の叫びののち、一瞬の静寂が訪れる。


 右肩がズキリと痛み、ドグマは片膝をついた。

 患部に触れると、そこが血でべっとりと濡れていた。


 先ほど受けた矢の一撃だろう。小鬼たちは、妙な武器を使うようになっている。火矢ではない――おそらくは、何かしらの魔法が矢じりに刻印されているのだ。 


 小鬼は魔法を使えないはずだが、先ほどユナグナは協力者の存在をほのめかしていた。その者が小鬼に余計な知恵を与えたに違いない。


「どいつもこいつも、俺さまに逆らいやがって……ペッカトリアがここまで発展したのは俺のおかげじゃねえか! フルールにできたか? 他のやつにできたか? 俺だったからこそ、この世界は豊かになった! くそっ、俺は尊敬されて然るべきだろうが!」


 ドグマは歯ぎしりしながら、気炎を吐いた。


「……貴様はペッカトリアを見ていたが、ペッカトリアで生きる者たちを見なかった」


 背後で、声が響いた。

 振り向くと、そこには傷だらけの小鬼が立っているのがわかった。


 ――ユナグナだ。

 ゼェゼェと息を切らしながらも、彼の目から輝きは失われていない。


「……てめえもしつこい野郎だな、ユナグナ……」

「ペッカトリアの巨人、古きペッカトリアの象徴よ。貴様を打ち倒し、俺たちは新しいペッカトリアを始める……」

「てめえ一匹で何ができる!」


 ドグマは、因縁の小鬼に向けて斧を振り下ろした。

 ユナグナはそれをさっと躱し、距離を取る。


 見たところこの小鬼は、何の武器も持っていない様子だった。


「勢いよく来たはいいが、追い詰められてちゃ世話はねえな、ユナグナ。まがりなりにも、俺は巨人だ。巨人の身体は、そうそうと傷つかない。丸腰のてめえじゃ、何もできやしねえさ」


 先ほどの弓矢があれば話は変わってくるだろうが、ユナグナはいまそれを持っていない。


「……武器は、俺の命だ」

「軽いな! そんな安っぽい武器で俺を打ち倒そうだなんて、笑わせるぜ!」

「軽いからこそ、いつでも投げ捨てられるのだ。貴様のように、みっともなく生にしがみつく者とはわけが違う……」


 斧の攻撃を避けながら、ユナグナはそんなことを言う。


「……俺は妻を殺した。子を殺した。弱みを消すためだ。計画を成功させるために、俺は自分の魂を汚した。もとより、こんな命など惜しくはないのだ。貴様さえ――貴様さえ打ち倒すことができれば!」


 斬撃の隙を縫い、ユナグナが突っ込んでくる。

 しかし、それはドグマがわざと作った隙だった。


 ニヤリと笑って、亜空間を開く。

 亜空間の盾にユナグナが突っ込んだところで、その空間の入り口を閉じた。


 ユナグナの身体は二つの空間に分断され、引きちぎられた。

 下半身だけ取り残されたユナグナの身体が、その鋭利な断面から内臓と血をほとばしらせる……。


「……よくやったよ、ユナグナ。たかが小鬼のくせに、よくここまで俺を追い詰めた」


 ドグマは鬚を揺らし、痙攣するユナグナの下半身を蹴とばそうとした。



 ――ユナグナの足の指に、銀色の指輪が嵌まっていることに気づいたのはそのときだった。



(なんだこりゃあ……?)


 ドグマがそう思ったのと、ビクビクと痙攣するユナグナの足がその指輪を砕いたのは同時だった。


 中空に、妙な模様が浮かび上がる。

 魔法陣だ。


 次の瞬間、床がごっそりと削れ、パチパチと小気味いい音を立てながら、辺りに無数の剣が出来上がっていく。


「――え?」


 ドグマは目を瞬かせた。

 これは、フェノムの魔法ではないか。物質変換と得意とするフェノムは、物質を剣に書き換えて攻撃するのを好む。


「小鬼に入れ知恵してやがったのは、あいつか……?」


 一度疑いを向けたこともあったフェノム。しかし、その疑惑は晴れたと思っていた。


 剣の切っ先が、指輪の上に立つドグマに向く。

 ドグマはゾッと寒気を覚え、咄嗟に亜空間の盾を構えた。


 しかし、全方位からの攻撃を防ぐことはできない。


 キラキラときらめく無数の刃が、宙を舞う。

 鋭い剣の攻撃は、次から次へと巨人の身体を刺し貫いた。



「……生きるんだ……まだ……もっと……生きていさえすれば……」



 それが、二百年以上もこの世界で生きた圧政の巨人――ドグマの最後の言葉となった。


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