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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
英雄の目覚め
192/219

追い詰められた巨人

 宮殿が、膨大な数の小鬼たちに取り囲まれている。


 ドグマは信じられない思いで、窓から血気にはやる小鬼どもを睥睨していた。

 先ほどから、矢じりに何やら爆発物を付け加えられているらしい矢の雨が降り注ぎ、宮殿を燃え上がらせている。


 そして眼下で、いよいよそのときが訪れた。宮殿を必死に守ろうとしている警備の小鬼たちが突破され、続々と暴徒が庭になだれ込んできたのだ。


 ドグマは青ざめ、部屋のベッドに横たわるトバルに声をかけた。


「やべえぞ、トバル……やつら、我を忘れてやがる……」

「いったい、何が彼らを駆り立てたのでしょうな……?」

「昨日、ペリドラが俺を軽視するようなことを言ったんだ。そのときから、悪い予感はしてた。小鬼どもは、ギデオンの肩を持ってやがるらしい」


 ずっと恐れていた事態が起こったのだ。

 小鬼たちが、新しい王を見出すという事態が。


「おい、トバル! 動けるか?」

「ええ、何とか……」

「ギデオンのところに行ってくるんだ。そして、小鬼たちの軍勢を撤退させるように頼め。お前の言葉なら、ギデオンはきっと耳を傾けるだろう……」


 トバルは難儀そうに身体を起こした。


「……わかりました。しかしワシが帰ってくるまで、持ちこたえられますか?」

「俺だって、曲がりなりにもフルールと旅をした男だ。ちょっとやそっとじゃ死なねえ」

「信じますぞ。ではワシを小鬼たちの向こうへと、投げ飛ばしてもらえますかな? この囲いを突破せねばなりません」


 ドグマはトバルを肩に乗せ、宮殿の屋根へとよじ登った。

 巨人の姿を見つけた小鬼たちが、ワッと怒号を響かせる。


「――偽りの王だ! やつを王座から引きずり下ろせ!」

「……うるせえ野郎どもだ」


 言いながら、亜空間から投石紐(スリング)を取り出し、トバルの小さな身体をセットする。

 昔から、魔物の群れを挟撃するため、こうしてトバルを遠くへと投げ飛ばすのはドグマの役割だった。


「ボス! あっちに向かって投げてください! あそこには、ワシのガーゴイルが置いてありますでな!」

「わかった! それじゃあ頼んだぜ、トバル!」


 投擲されたトバルの身体は、一瞬にして目を凝らさなければ見えないほど小さくなり、遥か遠くの空で、器械の背中に装着されたパラシュートが開くのがわかった。


 ドグマは投石紐(スリング)をしまうと、今度は愛用の斧を右手に握って小鬼の群れを睨みつけた。


「さあ、やりてえならやってやるぜ! てめえらごとき、俺さまの敵じゃねえってことを教えてやる!」


 叫んでから、開きっぱなしにした亜空間への入り口を、左手で操作する。


 ドグマはこれを、『亜空間の盾』と呼んでいた。

 あらゆる攻撃を呑み込み、無効化してしまう最強の盾。これこそが、本気になったときのドグマの戦い方だ。


 眼下に存在する膨大な数の小鬼たちは、様々な動きを見せた。宮殿に突入する者、庭から矢を放つ者、宮殿の壁に取りついて登ってくる者……。


 ドグマは盾を頭上に構えて矢を亜空間送りにすると、屋根まで上ってきた小鬼を思い切り踏みつけた。

 巨体に踏まれた小鬼は、腹部を破裂させてぴくぴくと痙攣する。


「ひるむな! 俺たちの死は未来への礎となる!」

「しゃらくせえ!」


 小鬼たちはそこら中から屋根に上がってきては、ドグマに飛び掛かってくる。


 斧を振り回して彼らを薙ぎ払うと、ドグマは身を翻して宮殿の中に逃げ込むことにした。

 小鬼たちが近づけば止まるかと思っていた矢の雨が、一向にやむ気配を見せないからだ。


 矢は小鬼の死体にも刺さり、そこら中で爆発を起こしている。


(こいつら、見境なしだ! 死ぬのを恐れねえ狂気の兵隊! ソラの魂兵に通じるものがありやがるな……)


 跳ね上げ戸を開いて、下の部屋に飛び降りる。そこで宮殿の中に侵入した小鬼と鉢合わせしたものの、一対一ならまず負けることはない生き物だ。


「貴様にこの世界の王冠は相応しくない!」


 ナイフを片手に突撃してくる小鬼を、ドグマは斧の一振りで引き裂いた。


「――ここだ! 同胞よ、ここに巨人がいるぞ!」


 断末魔の叫びが、他の小鬼たちを呼ぶ。

 わらわらと小鬼が現れ、ドグマを取り囲んだ。


 放たれた弓矢が、亜空間の盾に吸い込まれていく。

 お返しとばかりに振るった斧の一撃が、小鬼たちを簡単に薙ぎ払った。


 それからドグマは、我も忘れ、ひたすらに暴れ回った。

 部屋に次から次へと死体が出来上がり、血の雨が降った。


 しかし、いかんせん小鬼の数が多すぎる。多勢に無勢とは、まさにこのこと……。


 ついに盾の隙を縫って着弾した矢が爆発し、ドグマの巨体に傷をつけた。


「く、くそっ!」


 くぐもった呻き声とともに、思わず片膝をついてしまう。


「……貴様の時代は終わりだ、巨人」


 小鬼たちが、ゆっくりと近づいてくる。

 ドグマは息を荒げながら顔を起こし、彼らを睨みつけた。


「……てめえら、自分たちが何をやってるのかわかってんのか?」

「正義だ。この街に溜まった膿を出し切らなければならない」

「俺がいねえと、フルールは呪いを解くことができねえ。彼女は、ずっと眠り続けることになるんだぜ」

「その役割を担うのは、貴様でなくても構うまい。同志ユナグナは象牙を手に入れた。お前だけが象牙を手に入れられるわけではないことを証明してみせた」

「わかってねえな。二層世界への扉は、いま完全に閉じられた。俺はフルールの魔導書を失っちまったのさ。いまあの本を持っている女は、俺たちやお前たちの勢力とも違う、第三勢力だ」

「貴様が魔導書を失ったという報告は受けている」

「だったら、理解できるはずだ。これから象牙の供給は安定しねえってな。だが、俺の亜空間にはまだ大量の象牙がある……」


 ドグマが鬚を揺らしてそう言うと、小鬼たちは眉間に皺を寄せた。


「……貴様はいつもそうやって上手く立ち回ってきた。だが今回ばかりは諦めろ。何があっても、貴様には死んでもらわなければならない。これは新たなペッカトリアを築くための革命なのだ。そして王を打倒しないことには、革命は終わらない」

「リルパが悲しむぞ!」


 リルパの名前は、小鬼たちを一瞬ひるませた。

 しかし彼らはまた目つきを鋭くして、威嚇するように手のナイフをちらつかせる。


「リルパを悲しませているのは貴様だ! リルパのことを思うのなら、いま全ての象牙を吐き出すがいい! それができぬ時点で、結局貴様は自己保身のために象牙を占有しているにすぎない!」

「お前たちの代表者と話がしたい。場合によっちゃ、俺は全ての象牙を亜空間から出して渡してもいい」


 ドグマはいま、時間稼ぎさえできればよかった。

 もはや、ここから脱出したトバルが上手くギデオンを説き伏せられるのに賭けるしかない。

 何としても、そのための時間を稼ぐのだ。


「――俺たちに代表者などいない」


 そのとき、小鬼たちの群れの奥から声が響いた。

 声の主は小鬼たちをかき分けてドグマの前に進み出ると、傷だらけの体躯を露わにする。


「……ユナグナ」

「俺たちは全て平等な同志だ。だが、貴様が話をしたいというのなら、俺が聞いていやる。貴様には、随分と世話になった」


 そう言って、ユナグナは懐から象牙を取り出して床に放り出した。

 それは、彼がドグマの目を盗んで着服した一つと見て間違いなかった。


「あとの二つはどこだ?」

「一つは砕け散った。あとの一つは、それを必要とする方の手に渡った。だが、このような話はどうでもいいだろう。貴様はまだ大量の象牙を隠し持っている。その全てに、いま俺たちはこうして手をかけているのだから」

「象牙は渡してもいい。抵抗もしない。だから、命だけは助けてくれ……」

「そうか? ならば、いまここで象牙を出せ」

「それじゃあ、象牙を受け取ったあとにてめえらは俺を殺すだろ」


 ドグマは必死になって頭を巡らせた。


「そうだ、契約を結ぼう、ユナグナ。いまペッカトリアには契約術師ってやつがいるのさ。そいつと一緒にルールを作るんだ。それなら――」

契約術(・・・)!」


 その言葉を聞いた途端、ユナグナの表情が険しくなる。


「それは、俺たちの誇りに傷をつける魔法だ!」

「な、何だって……?」

「それで貴様を殺せないというルールを作るのか? どのようなかたちであれ、俺たちの自由意志を捻じ曲げることは許さん!」


 ユナグナは、殺気に満ちた目でドグマを睨んだ。


「……交渉の材料として、契約術は不適当だ。象牙を出すか、いますぐこの場で死ぬかだ」


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