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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
英雄の目覚め
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目覚め

 辺りの大気には、瘴気と呼んでいいほど濃いマナが溢れている。


 ここまでずっと一緒に冒険を続けてきた他の五人、ペリドラ、フェノム、ソラ、ドグマ、トバルは、この瘴気の外へと置いてきた。


 気を抜くと一瞬で身体を蝕んでくるであろう空気を必死に中和しながら、先へ、先へと歩を進めてきた。それも全て、新たな世界に対する興味が背中を押してくれたからに他ならない。


 彼女の名はフルール。


 とある大神から加護を授けられた、いわば世界の寵愛者である。

 周りからは、その畏怖すべき力を理由に「魔女」と呼ばれることもある。


 仲間の五人と別れて数日ほど歩いただろうか、フルールはついにこの世界から別の世界へと渡るための門を発見した。


 ――しかしそこにいたのは、見知らぬ先客。


 四層世界の最奥――五層世界へと続くと思われる扉の前に、人型をした何かが座っている。その様相は、男のようにも女のようにも見えた。


 体躯を覆うのは赤い紋様……。創造者たる証、マナの座だ。

 辺りに漂う瘴気は、明らかにその者の体に開くマナの流出点を発生源として溢れてきている……。


「……あんた、何をしている?」


 フルールが訊ねると、その者は座したまま答えを寄越した。


「門を閉じている」

「門を?」

「そうだ」


 それっきりその者が黙ってしまい、フルールは困惑した。


「門というのはつまり、あんたの後ろにある五層世界への扉ということか?」

「この先にある世界が、何層世界かは問題ではない。基準となる世界など、この世界には存在しないのだから。そして各々の世界が独立しているからこそ、お互いの行き来は不要だ」

「だから門を閉じるって?」

「そうだ。永久にな」


 その者がまた黙り、フルールはまた困惑した。

 どうにも、会話が続かない。


「それは少し困るんだけどな。私はこのダンジョンを構成する全ての世界に行ってみたいと思ってる。あんたが門を閉じると、それができなくなるだろ」

「一つ一つ独立して存在することこそが、世界のあるべき姿だ。門はこれまで、争いの火種になってきた。一つの世界が、全く別の世界に脅かされることさえあった」

「それも含めて、生態系と言うんじゃないか? むしろ、他のやつらが世界の在り方に口を出す方が勝手だと思うが」

「お前には、力がないからそう思えるんだろう。わたしにはその力がある。世界を作り、世界を閉じる力が」


 世界を作り、世界を閉じる力。

 その言葉を聞き、フルールは肩をすくめた。


「……なるほど、あんたは世界種か」

「そう呼ばれることもあるな」

「私にも世界種は力を貸してくれているぞ。リュートというやつだが」

「リュートの加護者か」


 その者は、そのとき初めてフルールに興味を持ったようだった。


「なるほど、道理で。並みの生物なら、わたしの発するマナの中を進んでくることなど到底できまい。あいつが手を貸していたということか」

「そうとも、大地の神リュート。フォレースでは別の言い方で呼ばれてるけど、初めて啓示を受けた日から、私はずっとそいつのことをリュートって呼んでる」

「迷わせる者……『混迷者』リュート……ここでその加護者と会うのは、運命じみたものを感じる。なにせ、あいつがこの世界をこんなに滅茶苦茶にした張本人なのだから。何層にも連なる世界は迷宮のように入り組み、ただいたずらに混乱だけをもたらした」

「それをリュートは混乱とは考えなかった。進化と捉えただけさ」

「世界は進む必要などない。ただその場に、堅くあり続けていればいい」

「だから門を閉じるのか? 世界の行き来をできなくするために」

「そうとも。そのために私はいま、こうしてリュートの尻拭いをしている」

「お前は誰だ?」


 フルールは門の前で座す存在に、そう訊ねた。

 その者は静かに口を開き、しっかりした口調で答える。


「……わたしは『閉門者』。名を――」


 そのとき、フルールの視界に光が満ちた。

 長い眠りと、延々と繰り返される過去の記憶を振り払い、いまゆっくりと目を開く――。



 ※



「――ペリドラ。メイド全員の集合が整いなんした」


 背後からフレドゥの声が聞こえ、ペリドラはさっと振り向いた。

 そこには、総勢三十ほどになるメイドたちが控えている。全員ペリドラが才能を見出し、直接鍛え上げた精鋭たちだった。


 みないつもの軽口を飛ばさず、直立不動の姿勢を取っている。

 直接の主人であるペリドラの纏う雰囲気が張り詰めていることを悟れない愚か者ならば、ここにいることすらできないだろう。


「……さて」


 ゆっくりと彼女たちの顔を見渡してから、ペリドラは威厳ある態度で口を開いた。


「ペッカトリアで、馬鹿なことが起きているようでありんす。一部の小鬼が、暴動を起こしたと。お前たち、街に出向いて鎮圧してきなんし」

「暴動の原因は何でありんしょう?」

「旦那さまが関わっているとのこと。どうやら、囚人さまたちが決定されたことに対して、旦那さまが異を唱えたそうでありんす。そして、一部の小鬼たちが旦那さまに賛同して囚人さまに反発したと」

「わっちらはどちらに加勢するのでありんす?」


 そう言ったのは、北方都市ノズフェッカで、ギデオンに同行したロゼオネだった。


「どちらでもありんせん。戦いを止めることが、お前たちの役目でありんす」

「では戦いを止めるためなら、囚人さまたちに手出しをしてもよろしいので?」


 それを聞き、ペリドラは顔をしかめた。


 ロゼオネは、ノズフェッカから帰ってきてから、かなりギデオンの思想や人柄に傾倒するようになっていた。それ自体は悪いことではないが、中立であることを求められるいまの状況では、相応しい態度とは言い難い。


 ギデオンが重要なのは言うまでもないが、『囚人』とひとくくりにされる存在たちも、ペッカトリアにとって必要な人材なのだ。


 彼らは魔女の手足として、ペッカトリアの発展に貢献した過去がある。いわば、いま豊かになったこの世界の象徴が、彼らなのだった。


「抵抗する勢力がいなければ、囚人さまたちも争う必要はなくなりんしょう。ゆえにお前たちは、あくまでも小鬼たちの争いを諌めることに尽力いたしんせ。しかし万が一の事態――たとえば、囚人さまがお前たちに敵意を向けたときなど、身に危険が生じた場合は手出しを許可しなんす」

「先ほどちらりと耳にしなんしたが、囚人さまたちはいま奴隷たちを殺して回っているとか。それは無視しても?」

「ロゼオネ。お前の考えはよくわかりんす。しかし、いまは……」

「わっちは旦那さまに加勢すべきと思いなんす。囚人さまたちのやっていることに、旦那さまが怒りを感じられるのも、もっともでありんしょう」

「囚人さまたちの立場に傷をつけることは、ペッカトリアのためになりんせん」

「しかし、ペリドラご自身が、先日の象牙の儀式の最中、ドグマさまよりも旦那さまを優先しなんした」

「個人の問題ではありんせん。あれは、囚人さまたちの枠組みの中の話でありんしょう。わっちがいま言っているのは、囚人さまという枠組みそのものでありんす」


 ロゼオネは唇を尖らせた。


「……よくわかりんせん」

「いや、いまのお前ならわかるはずでありんす。自分の頭で、そこまで考えられるようになったのならば。ロゼオネ、わっちはお前の成長をとても嬉しく思いなんすよ」

「ペリドラがメイドを褒めなんした! ロゼオネを褒めなんした!」


 最年少のウェルナが、ぎゃーぎゃーと騒ぎ出した。


「静かにしなんし! ――お前たちが考えるべきは、ペッカトリアとこの世界の秩序のことでありんす。そのために、わっちはお前たちを育ててきなんした。わかりんすね? ペッカトリアというシステムが崩壊すれば、誰が困りんす? 他ならぬ、リルパでありんす」

「ペリドラ……」


 ロゼオネは気まずそうな顔をしていた。


「そんな顔をしなさんす。お前の言い分も、もっともでありんす。しかし、囚人さまたちに役割があるように、わっちらにも役割がありんす。それは普通の小鬼たちと同じように、義憤に駆られて動けばいいというものではなさんす。何よりも優先すべきは、ペッカトリアとその上に立つリルパでありんす」

「申し訳ありんせん……わっちは勝手な見方をしていたのかも……」

「気にすることはなさんす」


 ペリドラは、顔面を蒼白にするロゼオネを力強く抱き締めた。


「……お前たちにつらい役目を押しつけているのは、わっちでありんす。本当ならば、わっちが全て直々に片をつけてしまえばいいだけの話。お前たちの優しさを奪い、意に沿わぬことをさせるわっちをどうか許しなんせ……」

「あなたのために働けることこそ、わっちらの幸福でありんす。我らが統率者(ロード)……」


 ペリドラはロゼオネの身体を離し、彼女の目をじっと覗き込んだ。

 ロゼオネの瞳は涙で潤んでいる。


 まだ若い娘だ。もともとこのロゼオネは東の都市イステリセンで、両親の家業をついで竜師になるはずだった。しかし竜の方が彼女の力に耐えられず、一頭も竜を任せられない「落ちこぼれ」として荒れた生活を送っていたのだ。


 異質すぎて周りから排斥されるのは、ペリドラにも経験があること。


 ロゼオネに相応しい居場所が必要だと感じたペリドラは、彼女をこの城に招いた。

 もちろん、彼女だけではない。いまここにいるメイドたちは、程度の差はあれ、普通の小鬼社会でやっていけないほどの力を身につけてしまった者だ。


 ペリドラはメイドたちの顔を一望してから、微笑んだ。


「さあ、行きなんし、我が娘たち。行って、愚かな争いを収めてきなんし」

「かりこまりんす!」


 メイドたちは力強く頷き、大広間を出て行く。

 これで、すぐにペッカトリアの揉め事は解決するだろう。

 今回のことは、この城の役割をメイドたちに再確認させるいい機会になったかもしれない。


 ペリドラは、もう年老いた自分がいままでほど力強く君臨できないと悟っていた。


 これからは、彼女たちが自分の役割を引き継ぎ、ペッカトリアの調停者としてやっていかなければならない。そういう意味では、この不測の事態も彼女たちの貴重な糧として機能するはず。


 それからペリドラは、何事もなかったかのような態度を装って、フルールの部屋に向かった。

 扉をノックすると、すぐに部屋の中からリルパが満面の笑みで現れる。


「ペリドラ! はやく入って! フレイヤにちゃんと説明してあげて。フレイヤったら、わたしがリルパだって信じられないって!」

「おお、なんと! まさかもうフルールさまの呪いを解きなんしたか?」

「うん、だからはやく!」


 リルパはペリドラの手を引き、部屋の中に戻って行く。

 ベッドの上で身を起こした女性がこちらを見つめていて、ペリドラは思わずハッと息を呑んだ。


 いつ見ても、変わらぬ若々しさ。

 しかし、その顔は全盛期のときに比べると、幾分かやつれている。


 長い眠りから目覚めた魔女フルールは、ペリドラを見て肩をすくめた。


「やあ、おはよう、ペリドラ」

「おはようございなんす、フルールさま……」


 ペリドラは、自分の声が震えているのがわかった。


 十年間以上の間、月に一度は必ず経験しているにもかかわらず、いつもこの瞬間は緊張する。

 偉大なる魔女がきちんと自分のことを覚えていてくれて、自分の名前を呼んでくれるこの瞬間を……。


 ――お前は名前に竜を冠するようだな? 『大地にすら縛られない竜』とか、なんとか。

 ――そうとも。試してみるかい、大地の魔女サマよ!


 いまとなっては、郷愁の彼方にある記憶。力だけが溢れていた、愚かでどこまでも奔放だった時代……。


 ペリドラはかつてと同じように、その場にひざまずいた。


「ああ、フルールさま、お目覚めを心より祝福いたしなんす。そして、偉大なる子女リルパの御成長を」

「この美人は誰かと思ったよ。まるで私の若いころに生き写しだ。当時、私はよくモテてな。リルパにも、悪い虫が寄り付かないか心配だよ」


 そう言って、フルールは悪戯っぽく笑った。


「その心配は無用でありんす。リルパは、きちんとしたアンタイオを見つけなんした。リルパの成長を促したのも、その方のおかげでありんす」

「リルパに『前夜繭』が訪れたんだな?」

「ええ」

「詳しく聞かせてくれ」


 フルールは、リルパとペリドラを手招きした。

 すると、リルパは甘えるようにしてフルールの身体に抱きつく。


 娘の白い髪を優しく撫でてやる魔女の顔には、慈愛が満ちている。

 ペリドラは彼女の横に腰を下ろし、話を切り出した。


「全ては一週間ほど前、ギデオンさまという方がこの世界に現れたところから始まりなんすよ、フルールさま……」



 ※



 ギデオンは、ゆっくりと目を開いた。


 すぐに、身体が分厚い樹皮に包まれているのに気づいた。

 邪魔に感じて退くように念じると、幹が意思を持つかのようにメキメキと開く。

 巨木から抜け出したとき、降り注ぐ朝の陽ざしが新しい日の到来を教えてくれた。


「ギデオンさま……?」


 周りにいるゴブリンたちが、驚愕の表情でこちらを見つめている。

 ギデオンは彼らに微笑んで言った。


「やあ、おはよう」


 かつてないほど、身体に力が満ちていた。


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