表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
甦った名前
184/219

人間と無貌種

「――メニオール……メニオール……」


 誰かが、自分を呼ぶ声がする。


 メニオールはゆっくりと目を開けた。

 髪の長い男が、こちらを覗き込んでいる。


「ゴスペルか……? あれ、ここは……?」

「すみません、メニオール……怒りに駆られて、思わずあの暴竜の持つ最大の攻撃を繰り出してしまいまして……」


 申し訳なさそうに言うゴスペルの言葉を聞いて、ようやくメニオールは意識を失う前の記憶を取り戻した。


 暴竜がスカーに向けて放った凶悪な一撃――その余波を受けた自分は吹き飛ばされ、近くの家に強かに身体を打ちつけて気絶してしまっていたらしい。


 もちろん咄嗟にダメージを受け流そうとしたが、隠れ家にいたスケープゴートたちは竜の攻撃に巻き込まれて絶命していたらしく、そういうわけにもいかなかったのだ。


 メニオールはちっと舌打ちした。


「……痛みで気を失うなんて、随分と久しぶりだな。失態だ」

「すみません……」

「お前に言ってるわけじゃねえよ。スカーはどうなった?」

「手ごたえはありましたが、正確なところはよくわかりません。蒸発してしまったら、死体も糞もありませんからね……」

「死んだら死んだで、一向に構わねえがな。……そう言えばあの野郎は、妙なことを言ってやがったな。『自分を殺さなければ二層世界に行けない』とか何とか……」

「わたくしが会議で昇格の推薦をしたあの囚人がいたでしょう? テクトルという新しい契約術師です。おそらく、彼を脅してそういう契約術を結ばせたのでしょうね……」

「なるほど。それなら、尚更スカーは死んでくれてた方がありがたいってもんだ。アタシが直接手を下す手間が省けたわけだから」


 ゴスペルが責任を感じているようだったので、メニオールは自分なりに彼を気遣って言った。


 この無貌種(シェイプシフター)の気持ちもよくわかる。大事にしていた召使いを殺されて怒り狂うのは、むしろ人間的に・・・・まっとうな感情と言えるだろう。


「アタシは別に、お前のやったことを責めたりしねえさ。そんなに責任を感じるな」

「いえ……実は……」


 ゴスペルの表情が晴れず、メニオールは嫌な予感がした。


「……どうした?」

「ミレニアの居場所がわかりません……」

「何だと……?」


 メニオールは、さっと辺りを見回した。南区のどこかではあるようだが、いまいる場所が正確にどこなのかはわからない。


「騎士とハウルの戦いがいよいよ激しくなり、あの場にいては危険だったのです……地面が空から降ってくるほどの戦闘でして……しかも、そのあと――」

「――てめえ、ミレニアを放ったらかしにして逃げ出したってのか!?」


 ゴスペルの言葉を途中で遮ると、メニオールは男の胸ぐらを強く掴んでゆさぶった。


「ど、どうしようもなかったのです……あのままあの場所にとどまっていたら、あなたの命さえ危なかったのですよ……ほら、あそこ……」


 ゴスペルは青ざめたまま、顔を背ける。

 彼の視線を追うと、遠くに黒い巨大な影が蠢いているのが見えた。


「……お、おい……ありゃ、何だ?」

「わかりません……騎士たちの戦いの音に引き寄せられるかのように、あの巨木がやってきたのです……」

「巨木だと? あれが、木……?」


 目を凝らしても、夜の闇の中では蠢く巨大なシルエットくらいしか把握できない。


「あの木がいまいる場所が、先ほどわたくしたちがいたところですよ。わたくしが、あの場所が危険だと言った意味がわかりましたか……?」


 メニオールはぐっと詰まった。

 認めるのは癪だが、確かにいま自分の命があるのはゴスペルが臆病風を吹かせたおかげなのかもしれない。しかし、そもそもゴスペルがあんな馬鹿げた攻撃をぶっ放さなければ、メニオールは窮地に陥るようなこともなかったわけで……。


 複雑な心境でゴスペルを睨んだままでいると、彼は恐る恐るといった様子で口を開く。


「……ペッカトリアでは、いま何かとてつもなく恐ろしいことが起ころうとしています……ドグマを中心にして築かれていた平和が、崩れ去ろうとしているような気が……」

「ここにあったのは平和じゃねえ。専制と圧政だ」

「そうかもしれませんが、秩序があったことは確かです……それがいま、破壊されようとしているのでは……」

「ちくしょうめ……」


 こういうときこそ、冷静にならなければならない。

 メニオールはゴスペルの胸ぐらから手を放し、頭をかきむしった。


「……あれから、どれだけの時間が経った?」

「二十分ほどですかね……」

「じゃあ、ミレニアはまだあの辺りにいるかもしれねえ」

「まさかあなたは、あの場所に戻るなどと言い出したりはしないでしょうね……?」

「おい、ゴスペル。まさかはこっちの台詞だぜ。まさかとは思うが、フルールの魔導書まで放り出して逃げてきたわけじゃねえよな?」


 メニオールが凄んで言うと、ゴスペルはローブの奥をごそごそとまさぐって、古色蒼然とした書物を取り出した。


「これを失うわけにはいきませんよ……わたくしたちの共通の目的……このダンジョンの攻略のためには……」

「十分だ」


 メニオールは短く言って、ゴスペルの手から魔導書を引ったくった。


「待ってください……あなたは、それをどうしようというのです……?」

「魔女サマのご助力があれば、この危機も乗り切れるかもしれねえってもんさ。ここにはフルールの魔法がいくつも刻印されてる。大きな戦力だ」

「戦力?」

「ミレニアを探しに行く。あの外道騎士だろうが、わけのわからねえ木だろうが、アタシの邪魔はさせねえ」

「き、危険ですよ、メニオール。やめてください……」


 ゴスペルは懇願するように言った。


「……ミレニアをこのままにしておけねえだろ」

「あなたはあの少女に取り憑かれていますよ……フォレースの姫君だから……? 妹君の立場と似ているから……? あなたにはもっと大きな目的があるはずだ。そのためには、切り捨てなければならないこともある……」

「それを切り捨てられねえのが人間だ。お前にも、わかるだろ」


 メニオールが言うと、ゴスペルは目を丸くした。


「馬鹿なことを……わたくしにはわかりませんね……人間ではありませんから……」

「いや、わかってるはずだ。お前がスカーを憎いと思った気持ち……殺してやりたいと思った気持ち……それが、人間的な考え方でなくてなんだってんだ? お前があの召使いを大事にしていた気持ちは、理屈じゃねえはずだ。そうだろ?」


 言いながら、メニオールはゆっくりと立ち上がる。

 ゴスペルは顔を両手で覆い、呻くようにして言葉を返した。


「あなたには敵いませんよ、メニオール……」

「お前は別に、ついてこなくてもいいさ」


 しかしゴスペルはすでに虎の魔物に姿を変えていた。


「さあ、乗ってください……ここまで来た以上、わたくしも最後まで付き合いますよ……」

「……ありがとよ」


 メニオールは言い慣れない礼を口にしてから、ゴスペルの背に飛び乗った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ