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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
囚人都市ペッカトリア
18/219

暗殺者と半月

 柔らかいベッドが備えられた綺麗な部屋で、ハウルは一人、傷ついた身体を休めていた。


 先ほど小鬼たちに出された食事を一緒に取ったあと、ギデオンは病院の外へと行ってしまった。


 どうも、この監獄に入る前に世話になった人間がいたらしい。といっても、そいつはすでに死んでいるらしく、ギデオンは小鬼たちに墓という概念がこの街にあることを聞いたあと、その場所を熱心に確認していた。要するに、いまは墓参りに行っているようだ。


 律儀なやつだ、と思うのと同時に、ハウルはギデオンという人間がどういうやつなのか、上手くとらえられなくなっていた。


 人間のクズが落とされるといわれているこの監獄には、どうも相応しくない。

 ハウルのように、気に入らないやつを殺し回っていたような過去があるようでもない。


(あいつはいったい何なんだ? 調子はずれなやつってことは確かだけどよ……)


 少なくとも、一度ギデオンに生命を助けられてしまったことは確かだ。


 ラーゾンと混ざったあのバラの化け物に捕まったとき、ハウルは終わりを覚悟した。


 くだらない一生にようやく終焉が訪れると清々する反面、どうしても本能的な恐怖を感じてしまい、身の安全を確保された際、不覚にも胸の奥から溢れてきそうな感情を抑えるのに必死になってしまった。


 ギデオンのやつには気づかれていないだろうが……実はハウルはあのとき、泣きそうだったのだ。


 そうやって、一人で形容できない感情に囚われているときだった。


 高度に発達したハウルの聴覚が、場の空気を乱す異変を察知した。


 一枚壁を隔てた隣の部屋で、ごそごそと何かが動き回っている。そして、誰かのくぐもった声が聞こえた。


 ついには「うぅっ……!?」と悲鳴が上がったとき、ただならぬ事態が起こっていると悟ったハウルは、個室を飛び出して隣の部屋へと急いだ。そこは、ギデオンが治療して安静にさせている五人の囚人がいるはずだった。


「おい、大丈夫か!? 何が――」


 扉を開け放ったハウルは、部屋の中で行われている光景を見て目を見開いた。


 ナイフを持った三匹の小鬼が、部屋を血に染めていた。ベッドで寝ている四人の囚人の胸が赤く塗れており、いま最後の一人に刃物が振り下ろされたところだった。


「て、てめえら、いったい何をやってやがる!?」

「仕方がないことだ。囚人さまの望んだことは絶対だから」


 小鬼の一匹が、ぞっとするほど冷たい声を出した。ギデオンがいたときに見せていたあの調子ばかりいい小鬼たちの顔は、いま完全になりをひそめている。


「俺たちは命じられたことをやるだけだ。そのあとの揉め事は、囚人さま同士で解決していただくほかない」


 ハウルはまだ彼らが言っている言葉の意味をはかりかねていたものの、自分の置かれた状況だけは理解できた。


 小鬼の一匹が飛び掛かってきたのだ。

 低く体勢を押さえたまま一気に彼我の距離をつめた小鬼は、鋭いナイフの一撃を繰り出した。


 心臓を狙った正確な一撃――ハウルはすんでのところで身をよじって致命傷を免れたが、肩をかすめたナイフに自分の赤い血がつくのを見て、ぞっと肝を冷やした。


(こいつら、本気で俺を殺す気だ……!!)


 小鬼たちの動きは、並みの人間とは比べ物にならないほど素早く、力強かった。


 別の小鬼が繰り出した足払いを跳んで躱すと、そこにナイフの投擲が飛んでくる。

 よけられないと悟ったハウルは、魔法を使ってそのナイフを爆破した。


「む……? いまのは……」

「へっ、どうだ? てめえらには、こういう力が使えるのか?」

「お前たちは本当に不思議な生き物だ。我々はそんな妙な力を使うことはできない」


 目の前で異能の力を見せられたにもかかわらず、小鬼はどこまでも落ち着きはらっていた。


 彼らの一匹は、懐からこぶし大の丸薬を取り出すと、ためらいのない様子でそれを宙に放り投げた。

 危険を感じたハウルは、その丸薬を爆破した。


 途端に光がはじけ、世界が真っ白になる。


「なっ――!?」

「お前が見せてくれた手品の礼だ」


 耳元で小鬼の声が響く。目くらましで不意をつかれたにもかかわらず、ハウルは小鬼が繰り出した一撃を、さっと躱した。


「残念ながら、匂いも音も隠せてねえな、てめえら。俺は狼だぜ!」

「……なるほど、お前に小細工は通用しないようだな」


 攻撃を回避するうちに、視界が徐々に回復してくる。最初こそ尋常ならざる動きの俊敏さに戸惑ったものの、ハウルの強みは五感をフルに使った戦い方にある。


 視界を失ったことでかえって自分の本領を取り戻したハウルは、すでに小鬼の動きに慣れ始めていた。


 小鬼の一匹が繰り出した攻撃をひょいとよけると、彼の手をねじり上げてナイフを奪い取る。


「てめえらじゃ俺は殺せねえよ。お前らは仕事に忠実なだけで、俺に恨みはねえんだろ? 見逃してやるから、てめえらの上役を連れてきな」


「……甘いのねえ、坊や」


 そのとき、甘ったるい匂いとともに女が部屋に入ってきた。


 彼女は、胸元の大きく開いたドレスを着ていた。身体つきこそ華奢だが、手入れの行き届いたきめの細かい肌が、この女の健康的な暮らしぶりを示しているように思えた。


「シェリーさま! 我々は仕事を忠実にこなしておりやんす! すぐにこの囚人奴隷の死体を捧げいたしやんすので、是非とも特等席でご覧いただければと!」

「遅すぎるわあ。あなたたちには罰が必要ね」


 シェリーと呼ばれた女が言うと、小鬼はひきつった笑顔を浮かべる。


「も、もちろん、そのとおりでございやんしょう! 五人ほどはすでに殺しやんしたが、もちろん我々はそれで仕事ぶりを評価いただけると思ってなどおりやせんので!」


 それとない仕草を装いながら――とはいえ、いかにもわざとらしかったが、ベッドに横たわる五つの死体を指差す小鬼たち。


 するとシェリーは、嬉しそうに手を打ち鳴らす。


「あらあ? 五人はもう殺したのね。偉いわあ。流石は私の小鬼ちゃんたち」

「めっそうもございやせん!」

「罰は早かったわねえ。早とちりしちゃった、ごめんね。じゃ、次はその子を殺してね」

「てめえが自分でかかってこいよ、クソババア(・・・・・)


 そんなハウルの言葉は、部屋を一瞬にして凍りつかせた。


 小鬼たちの緑色の皮膚に、玉のような汗が浮かび上がってくる。


「……よく聞こえなかったんだけど、坊や……いま、何て?」

「クソババアっつったんだよ。痛々しい若作りが見るに堪えねえ。なんなら、俺がサービスでてめえの時間を止めてやるよ。永遠にな」

「――殺せ! 小鬼ども! さっさとこのガキを殺すんだよ!」


 シェリーの怒号を背に受けて突進してくる小鬼の一匹の腹に、ハウルは強烈な蹴りを叩きこんだ。

 ぐっと呻き声を上げて、彼は床に崩れ落ちる。


「まったく、役に立たないやつら! 自分で仕事をきっちりこなせないなら、私がちゃんとした『役割』を与えてあげないとねえ!」


 シェリーは怒り狂った表情を浮かべ、宙に何か不思議な光る文字を書いた。


 それは次の瞬間、不気味な模様が刻まれた仮面へと姿を変え、表情を凍りつかせる二人の小鬼の顔に、吸い付くようにして収まった。


「『役割』はときに自分自身の性質を凌駕する……たとえどんな心優しい人間でも、看守の役割を与えられたやつは看守らしくなり、囚人の役割を与えられたやつは囚人らしくなっていくものよお……もっとも、ここの看守は囚人だけどねえ!」


 唸り声を上げて、魔法の仮面をつけられた二匹の小鬼がハウルへと飛び掛かってきた。


 彼らの動きは先ほどまでとは桁違いに速い。見ると、その筋張った身体に血管が浮かび上がり、ドクドクと脈打っていた。


(これがこの女の魔法か!? 強制的な凶暴化――)


 そんなことを考えている間もなく、小鬼のこぶしがハウルの顔面をとらえた。目の前がチカチカし、思わず膝をつくと、今度は低くなった頭を抱えられ、膝の一撃を見舞われる。


 ハウルは必死になってもがいたが、小鬼を振り払うことができなかった。一緒になって床をゴロゴロと転がり、止まったとき上になったのは小鬼だった。


 小鬼は仮面の奥で目を血走らせ、こぶしを振り下ろしてくる。


 一発、二発、と攻撃がヒットするうちに、ハウルは自分の意識が遠のいていくのを感じた。


「く、くそがあ!!」


 力を振りしぼり、ついにハウルは小鬼めがけて爆破の力を行使した。振り上げていた両腕を吹き飛ばされた小鬼は、一瞬ひるんだものの、すぐに攻撃方法を噛みつきに変えてハウルの首筋に狙いを定めた。


 小鬼が前のめりになったことで、自分にのしかかっている力のバランスが崩れたことを察知したハウルは、思い切り身体を跳ね上げ、小鬼を投げ飛ばした。何とか立ち上がれたのも束の間、そこにもう一匹の小鬼が腰目がけて飛び掛かってくる。


 ハウルはその小鬼と一緒になって、部屋にある窓を突き破った。白亜の建物の二階から落ちた衝撃で、脳がぐらぐらと揺れる。どうやら、脳震盪を起こしてしまったようだった。


 しかもさらに運の悪いことに、下にいたハウルがクッションになっていたらしく、身体にまとわりついてくる小鬼にはほとんどダメージがない様子だった。


 大地と自分の間に獲物を捕らえた小鬼は、先ほどの個体と同様、ハウルに向けて何度もこぶしを振り下ろしてきた。


(こ――このままじゃ、やられる! もう一度魔法を――)


 しかし、かすんだ意識の中ではマナを解き放つ感覚を行使することができない。


 ついに痛みすら麻痺してきたハウルは、なぜかギデオンのことを思い出した。


 ひょっとしたら、またあいつが助けてくれるかもしれない。墓参りにそんな時間がかかるとも思えないし、すぐに帰ってきたあいつが異変を察して駆けつけてくれるかもしれない。


 しかし、待ち人は一向に現れなかった。


「アッハッハ! いい気味だわあ! 生意気を言って無様にやられるやつの情けなさったらないもの! 文字通り、とんだ負け犬よ、あんたは! 芸術的ですらあるわ!」


 二階の窓から、シェリーの勝ち誇った声が降ってくる。


 ――しかしハウルの希望は、全てついえていたわけではなかった。


 夜空を見上げるハウルの目に、白く輝く物体が映っている……。


「……俺は犬じゃねえ、狼だ」


 自分の身体の中にある血が、全て沸騰してしまったかのような感覚――


 依然として打ち下ろされるこぶしに付随していた衝撃が、いつの間にか消え去っている。もはや自分の上にのしかかる小鬼は、ハウルにとって何の脅威でもなかった。


 ――盛り上がった筋肉と、それを覆う白銀の毛並――


 巨大な銀狼へと変貌し、身体の奥底から圧倒的な力が湧き上がってくるのを感じたハウルは、わずらわしく自分の上で暴れ回る小鬼を、強靭な腕で無造作に払った。


 たったそれだけで小鬼は吹っ飛んでいき、建物の壁に激突して動かなくなる。


「え……は……?」


 上に視線を移すと、シェリーが変貌したハウルを見て目を丸くしていた。


「――いい夜だ。てめえに二つニュースがある。いいニュースと悪いニュースが一つずつだぜ」


 ハウルは立ち上がると、獰猛な笑みを浮かべ、天に指を向けた。


 そこには、白い光を帯びて輝く美しい月がある。とはいえ、かたちは完全な円形ではない。


「……いいニュースはな、今日がどうやら半月みたいってことだ。俺は本当の力の半分くらいしか出せねえ。よかったな」


 まさか、この世界にも月があるとは! ハウルはその幸運に感謝すると同時に、窮地で情けなくも、他の人間の助けを頼った己の弱さを恥じ入った。


「……もう一つの悪いニュースの方はな、どっち道てめえは死ぬってことさ。夜は俺の世界。残念だったな」


 ハウルは雄たけびを上げ、ぽかんと呆気に取られた様子のシェリーに向かって跳躍した。


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