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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
甦った名前
178/219

修羅と怪物

 メニオールは、無貌種(シェイプシフター)のマスクでギデオンの顔をかたちづくって被ると、それをミレニアに見てもらって、入念なチェックを繰り返していた。


 じろじろとメニオールの身体の周りを見て回っていたミレニアは、しばらくしてから嬉しそうにニコリと笑みを浮かべる。


「――完璧です! メニオール! どこからどう見ても、いまのあなたはギデオンです!」

「そうだろ? 昨日だって、こいつの変装をしたんだ。やり方は心得てるさ」

「ハウルはギデオンとすごく仲がいいですからね。ギデオンの顔を見れば、きっと落ち着いて話を聞いてくれると思います」


 ミレニアの話によると、ハウルはギデオンによくなついているという話だった。


「問題は匂いだな。あの坊やが、この間戦ったオレの匂いを忘れてりゃいいが。もしこの()()()()と、この間のスカーが同一人物だと気づいて向かってくるようなら、そのときは遠慮なく始末する。それでいいな?」

「いいわけないでしょう! きちんとわかってもらうんです!」


 ミレニアに凄まれ、メニオールは思わずのけぞった。


「……そもそも、なんであの坊やはあの夜、オレのとこまでやってきたんだ」

「ハウルはとても心優しい子です。ですから多分、私のことを守るために来たんだと思います……」

「それで返り討ちにあってりゃ、世話はねえが」

「ハウルは、あなたやギデオンほど強くありません。まだ子どもなんですよ」

「ただの子どもであってくれれば、こんな心配をせずに済むんだがな」


 そう言ってから、メニオールは奥の部屋に続く扉をジロリと見つめた。

 その扉の奥に石化したハウルが安置されている。


 一応、部屋中の窓の前に家具を置いたりして、極力月の光が入ってこないような努力はしたつもりだった。しかし、石像と化したハウルの放つ青白い輝きは、ゴスペルが発見したときよりもさらに増しつつある。

 すでに日は落ち、これからは月が我が物顔で空を駆ける時間帯だった。



 ――玄関の方からノック音が聞こえたのは、そのときだった。



「おや、来客のようですね……」


 緊張感の欠片も感じさせない声を出し、ゴスペルが玄関に近づく。彼は依然として小鬼の姿を取っていた。


「……ここは隠れ家ですからね。普段誰も使っていませんし、来客なんてあるはずがないんです……どうしましょうか、メニオール……?」

「……黙ってろ、馬鹿野郎め……」


 メニオールは心にじんわりと焦りが浮かんでくるのを感じた。


 ……いったい誰だ? 

 一瞬、ギデオンかもしれないという考えが浮かんだが、それはあまりにも希望的観測過ぎるとして切り捨てた。ここは、まだギデオンにすら教えていない場所なのだから。


「……ミトラルダ」


 扉の向こうから響いてきたのは、低い声。

 メニオールはその声を聞き、ぞくりと背筋に寒気を感じた。


「……ミトラルダ。ここにいるんだろう? 私だよ。お前を迎えに来た王国騎士だ」


(……あいつだ! ストレアルの野郎だ! どうやってここがわかった?)


 見ると、先ほどまで平然としていたゴスペルが、小鬼姿でガタガタと震えている。


「……ヤバいですよ! あの騎士は本格的にヤバいですよ、メニオール……!」

「……落ち着け、馬鹿! そんなことはわかってる!」


 昨日戦った際にも、ギデオンの横やりが入らなければ負けていた相手だ。

 付与魔法(エンチャント)を張りつけることのできない、メニオールの天敵……。


 よりによって、一番厄介なやつにこの場所を嗅ぎ当てられてしまった。

 声の独白は、なおも続く。


「……実は今日は、お前に謝りにきたんだ、ミトラルダ。お前の父親――フォレース王は、これから告解を行って神に赦しを請うらしい。同様に、私もお前に罪を告白しよう。私は愚かな人間だった。私はメニオールの言う通り、お前を利用するためにこの世界にやってきたんだ。反徒どもをおびき出す餌にするためにな」

「……耳を塞いでいろ、ミレニア。大丈夫だ、何が起ころうとオレが守ってやる」


 メニオールはミレニアに近づき、ひそひそと囁いた。


「私にとって、女神ホロウルンと、その方のお仕えする主神ラビリントが全てだった。神への奉公を態度で示すために、その庇護下にあるフォレースを守ることが私の至高命題だった。わかるだろう? そのためには、お前を犠牲にするしかなかった」


 ミレニアは、青い顔をして震えている。


 彼女の胸中を思うと、メニオールは腸が煮えくり返る思いだった。

 ずっと真実を聞かせ続けていたとはいえ、他人から聞くのと、直接関わっていたストレアル本人の口から同じことを聞くのでは、ミレニアの受け止め方も違ってくるはずだ。


 残酷なことをする。これがこいつのやり方か。


 あれから、ミレニアはストレアルの身をずっと案じていた。騙されそうになっていたと何度話しても、彼女は昔なじみの騎士に心から疑念を向けることはできない様子だった。


 にもかかわらず――


(……何が騎士だ。三流にも劣る外道騎士め。魔法の相性とかそんなもんは関係ねえ。今度こそ、アタシがぶち殺してやる)


 そのとき、玄関の扉がまたノックされた。


「……ここを開けてくれ、ミトラルダ。私は、お前を怖がらせたろうな? だが、もう安心してくれ。私は今後、お前に剣を向けないと約束する……」


 その言葉が終わらないうちに、扉を銀色の刃が貫く。

 次の瞬間、凄まじい音とともに扉が吹き飛ばされ、夜の闇を背後にして立つあの騎士の姿が露わになった。


「お前は弱く、私が戦うに相応しくない存在だからだ……私はすでに王国を捨てた身……これからの戦いは忠誠や義務感からではなく、ただ己の本能に従って行わなければならない」

「――下がれ、ミレニア!」


 メニオールはミレニアを背後に押しやると、騎士に向けて突撃を仕掛けた。

 一気に距離を詰め、騎士の顎に向けて右の掌底を繰り出す。


 勢いのついた攻撃をもろに受けた騎士は、よろよろと後退した。


 メニオールは敵の身体に付与魔法(エンチャント)を張りつけたことを確認すると、それが例の妙な力によってはがされる前に、勝負を決めてしまおうと思った。


 ナイフを取り出し、自分の身体に突き刺そうとする。そのダメージを一気に相手に移し替えるために――


 ……と、そのとき付与魔法(エンチャント)が正常に働いていないことに違和感を覚える。


 敵の身体の中に、神経が見つからない。支配すべき神経が。

 メニオールが困惑していると、騎士は攻撃を受けて背けていた顔をまっすぐに戻した。


「……見たことのある顔ですね。メニオールが一度化けていた男……」


 ぞくりと悪寒が走る。


(こいつ……! 人間・・じゃねえ・・・・!!)


 そう直感して、メニオールは咄嗟に後ろへ飛び退いた。

 昨日戦ったときにはあった神経が、身体からなくなってしまっている。無貌種(シェイプシフター)のような、不定型な生き物ですら持っているはずの神経が……。


 いったい一日のうちに、この騎士の身に何があったというのか?


 メニオールがそんなことを考えていると、騎士はゆっくりと前進し、家の中に歩を進めた。

 それから辺りを見回す。

 彼はギデオンに扮するメニオールに目をやり、次にその後ろにいるミレニアに目をやった。


「……ここにいるのは二人ですか? メニオールはどこにいるのです?」


 二人? と思ってメニオールはゴスペルの方をちらりと一瞥すると、玄関の横で鎧の置物に化けているゴスペルの姿を見つけることができた。

 どうやら、本格的にこの騎士に恐怖を覚えているらしい。


 メニオールは内心で、ちっと舌打ちした。


「……メニオールなんてやつのことは知らないな」

「とぼけてはいけませんよ。彼女はそこにいるミトラルダを巡って、私と戦ったのです。いまさら、彼女を放り出すとは思えません」

「心境の変化ってやつじゃないか? 尽くしていた国のことが、一日でどうでもよくなるやつもいるくらいだしな」


 すると、騎士は笑った。


「面白いことを言いますね。あなた(・・・)()話す(・・)()()初めて(・・・)だと思いますが」

「そうだったかな?」

「……ああ、メニオール」


 騎士は満足げにその名前を口にして、メニオールの方に熱っぽい目を向けてくる。


「よかった……こんなにも早く見つけることができるとは」


 メニオールはギデオンの顔のまま、警戒して騎士を見つめた。


「……昨日から何があった? てめえのいまの身体は異質すぎる……」

「それは戦ってみればわかること。私はもともと我慢強い方ではありませんでしたが、人間の皮を脱ぎ捨てたいまとなっては、さらにその傾向が強くなっているのを感じます」

「人間の皮を脱ぎ捨てた?」

「――こういうことですよ」


 騎士の言葉とともに、床の石が割れ、土が撒き上がる。

 その土は流動的な泥に変質して騎士に集まっていき、歪に膨張した左腕が出来上がった。


「――さあ昨日の続きだ、メニオール! 私は人間であることをやめ、もはや強者と戦うことにしか意味を見いだせない修羅と化した! その最初の相手に、貴様を選んでやる!」


 際限なく膨れ上がる泥の左腕を、騎士は振るった。

 暴力的な泥の奔流に叩きつけられ、小さな家が悲鳴を上げる。


 メニオールは咄嗟にミレニアを庇いながらも、彼女と一緒に泥に呑み込まれた。


「――くそったれめ! 大丈夫か、ミレニア?」

「ええ、だ、大丈夫です……」


 その声を聞いて、メニオールはほっと安堵の息を吐いた。

 ミレニアは無事らしい。


 とはいえ、こうしている間にも状況は悪くなる一方だ。

 なんとかこの苦境を打開するため、目元から泥をぬぐって辺りを見渡す。


 明るい、と咄嗟にそう思った。

 

 天井が崩れ落ち、隠れ家に光が舞い降りている。

 夜空に輝く、満月の光――


「……おい、やべえぞ……」


 刹那、メニオールはさっと血の気の引く感覚を味わった。


 ―――グウオオオオオォォォォォォォォッ!


 扉の向こうから凄まじい遠吠えが聞こえてきたのは、そのときだった。


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