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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
世界の大穴
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伊達男の行進

 街娘たちと一緒にフルールの城に辿り着いた伊達男のハーロッドは、扉の前で「規則、規則」と繰り返すメイドに、入場許可を貰えるよう必死に交渉していた。


 最初はがんとして首を縦に振ろうとしなかったそのメイドだったが、街娘たちがハーロッドの味方をするうちに態度を軟化させつつある。


 恋愛と同じだ。ずっと好きだ好きだと言い続けていれば、どんなに固い女でもいつかは心を開いてくれる。


「聞いてくれ、フレドゥ。規則ってのは、秩序を守るためにある。そうだろ?」


 先ほど街娘たちの援護射撃を得て聞き出したメイドの名前を、ハーロッドは口にした。


「そうでありんすが」

「君は規則の方にばかり目を向けて、そもそもその規則が作られた目的をおろそかにしてるんじゃないか? 俺は別に、この城の秩序を乱そうと思ってるわけじゃないんだよ。俺を入れたところで、秩序は乱れない。この城は、いたってクリーンさ」

「しかし……」

「わかった。よし、そしたらこうしよう。俺を目隠しした状態で、ギデオンのところへ連れて行ってくれ。俺はギデオンと話に来ただけだからな」


 そう言って、ハーロッドはフレドゥの手を握った。


「な、何をしなんす!」

「手を引いてもらわないと、ギデオンのところに行けないじゃないか。その役目を君にやってもらいたいんだよ、フレドゥ……」


 熱っぽく見つめて彼女の手の甲を撫でると、途端にフレドゥはまごついた。


「ハーロッドさま、手を放しなんし……」

「嫌だったら、君が振りほどけばいい。君はとても強い女性だと聞いてる。俺の手なんて、すぐに振りほどけるだろう?」

「困りんす、困りんす……」


 フレドゥはおろおろしながら、後ろを振り返った。そこには、城のエントランスが広がっている。


「と、とにかく、メイド長さまに確認を取ってきなんす……だから、手を放しなんし」

「ああ、ごめんよ。俺は君を困らせたかったわけじゃないんだよ、フレドゥ……」


 ハーロッドはその場に跪き、覗き込むようにしてメイドの顔を見つめた。それから、ゆっくりと彼女の手を放した。


「君の手は働き者の手だ。でも、柔らかい女性の手だね」


 ハーロッドに解放されてから、頬を染めたフレドゥはいそいそとホールを歩いて行った。


「さあ、いまのうちに入りましょう、ハーロッドさま!」

「え?」

「さっきのメイドの顔を見なんしたか? ダメと言われるわけがなさんす! こんなところで待っていても時間の無駄でありんす!」


 街娘の一匹がそんなことを言いだし、ハーロッドはすぐその気になった。


「そうだな。入ってしまえばこっちのものだ」

「そうでありんすよ! ああ、料理のいい匂いがしなんす!」


 街娘たちにぐいぐいと押されるようにして、ハーロッドはフルールの城に足を踏み入れた。


 この場所に入ったのは初めてで、思わずヒュッと口笛を吹く。話には聞いていたが、外からではこの広々とした内装はとても想像できない。


 フレドゥが上っていった階段を上り、そこから伸びる長い回廊を歩いていると、辺りにちらほらと雌の小鬼の姿が見えるようになった。

 やはり、みな綺麗に着飾っている。きっと招待客なのだろうと思って通り過ぎようとすると、小鬼たちはそこにハーロッドがいるのを見て、次々と目を輝かせた。


「ああ、ハーロッドさま! ハーロッドさまも今日招待されなんしたか?」

「まあ、そんなところだな」

「流石はハーロッドさまでありんす! お城の厳格な規則も、ハーロッドさまの前では形無しというわけでありんすね!」

「ハーロッドさま! リルパのお姿はもう見なんしたか?」

「いや? 彼女はいまどこにいるんだい?」


 ハーロッドは小鬼たちに手を引かれるようにして、重厚な扉の先へと導かれた。

 そこには絨毯が引かれた大広間があり、テーブルの上に数々の料理が並んでいた。着飾った雌の小鬼で溢れ、彼女たちはおしゃべりをしたり、料理を食べたり、相撲をとっていたりした。


「ほら! あそこをご覧になりんす!」


 喜色満面の小鬼が指差す先のテーブル席に、浮かない顔をした男が座っていた。前回の囚人会議でも見た男――ギデオンだ。


 そしてギデオンの横に、真っ白な髪の美少女が座っている。

 彼女は幸せそうにニコニコ笑いながらギデオンにもたれかかり、彼に何かを囁いていた。


「ああ、リルパはとても美しくなりんしたね……まるで、そこにフルールさまがいらっしゃるようでありんす」

「あれがリルパか……?」


 ハーロッドは眉を寄せた。


「そうでありんす! アンタイオの血を飲み、成長されたとのこと。全てお二人の愛が起こした奇跡でありんしょう」


 うっとりとそう言う小鬼の言葉を聞いて、ハーロッドは嫉妬に似た感情を覚えた。


(なんてこった。リルパがあんなに美しくなるとは……こんなことなら、唾でもつけときゃよかったな!)


 ハーロッドは十年以上この城に引きこもっているというフルールの姿を見たことがなかったため、リルパが彼女の生き写しと言われてもピンとこなかったものの、それでもいまのリルパに溢れる健康的な美しさを前にすると、どこか観念した気持ちにならざるを得なかった。


 しかし、あれほど可愛らしく成長したリルパに寄り添われているにもかかわらず、ギデオンの表情は暗い。


(なんであの野郎は、あんな冴えない顔をしてやがるってんだ? 美しい女に言い寄られることに勝る喜びなんて、この世にいくつもねえってのに)


 ハーロッドは二人の方に近づくと、陽気な声を出した。


「やあ、リルパ! 見違えたな」

「あ、ハーロッド」


 リルパはハーロッドの顔を見ると、ニコリに笑った。


「驚きだよ。君はとても綺麗になった。つまり、大人の女になったって意味だが」

「そう? えへへ」

「お前が羨ましいよ。なあ、ギデオン?」


 ハーロッドがそう言ってギデオンの肩をポンと叩くと、彼は陰気そうな顔を上げた。


「……あんた、誰だ?」

「ハーロッドって囚人さ。お前と同じ、一級身分だ」

「そうか。悪いな、まだ全員の顔を覚えていないんだ」

「今日会議にくればよかったのによ。そしたら、みんなと話せたかもしれねえのに。ペッカトリアで、色々と決定があったんだぜ」

「会議?」

「囚人会議さ。使いがきたろ?」


 しかし、ギデオンは要領を得ない顔をしている。


「……いや、知らない」

「まあ、ここのガードは堅いからな。小鬼の伝令が、門前払いを受けちまったのかもしれねえ。そしたら改めて、俺がペッカトリアの決定を伝えるよ」


 そこまで言って、ハーロッドはリルパの方をちらりと見つめた。


「なあ、リルパ。あんたの旦那さまを少しばかり借りてもいいかい?」

「借りる?」

「二人だけで話したいって意味さ。男同士にしかできない話もあるからな。たとえば、最愛の女性にどう愛を囁けばいいのか……」


 すると、リルパはさっと頬を朱に染めた。


「……う、うん。そしたらいいよ。ギデオンを貸してあげる。でも、ちゃんと返してね?」

「もちろんさ。さあ、ちょっと場所を移そうぜ、ギデオン」


 ハーロッドはギデオンを立つように促すと、彼の肩に腕を回して囁いた。


「……ギデオン。てめえ、うまくやったな」

「……うまくやった?」

「……とぼけるなよ。リルパのことさ! つい数日前までガキだったのに、急にあんな綺麗になるなんて、女ってのは怖いもんだ」

「……そうだな、リルパは怖い」


 暗い顔でそう返すギデオンを見て、ハーロッドは幽霊でも相手にしているかのような気になった。


 少なくともいまギデオンが返答した「怖い」は、ハーロッドの言った「怖い」の意味とは、大いに乖離している気がした。


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