エラーコード
囚人会議が終わったあと、スカーはラスティとメガロ、あとはもう一人手下のリンテールという囚人を呼び寄せた。
「よし、俺たちはこれからハウルって狼の坊やを探す。俺の勘じゃ、そいつは何かしらメニオールと繋がってやがる」
「なあ、兄貴。あんたはもう俺に『苦痛の腕』で触れなくなったんだろ?」
リンテールがそう言って、スカーは笑み代わりに顔を歪めた。こういう馬鹿がすぐに出てくると思っていた。
「そうだな。だからどうした?」
「明日にしてくれねえか? 奴隷を処分する前に、今日は楽しみたいんだよ。俺にだって、何人かお気に入りがいるんだぜ」
「ラスティ、この馬鹿はなんで俺にこんなでかい態度を取るんだ? お前わかるか?」
「え?」
話を振られたラスティは、途端にまごついた。
「そ、そりゃあ、兄貴がもうリンテールに……」
「はっきり言ってやれよ、ラスティ!」
リンテールが、ニヤリと笑う。
「俺たちはてめえともう同じ身分だってよ! いままで散々偉そうにしてやがったが、それももう終わりだってな!」
「なるほど、なるほど。お前ら、そういう考えか」
スカーが言うと、ラスティはさっと表情を変えた。
「い、いや、待ってくれよ! 俺はこの馬鹿とは違うよ、兄貴!」
「そうか? じゃあお前はどうだ、メガロ?」
「も、もちろん、兄貴に従うよ……当たり前だろ……?」
「臆病者どもが! てめえらそれでも、キンタマついてやがんのかよ? こいつには強力な魔法があった――が、逆に言えばそれだけだ。いまとなっちゃ、俺の方が腕っぷしは強え……」
リンテールは拳を鳴らし、細身なスカーの前にずいと巨体を寄せた。
「……いままで散々偉そうにしてくれやがったな? いまからちょっとばかし、鬱憤晴らしをしてやるぜ……」
「リンテール、お前の魔法は何だったかな?」
「ああ?」
「いや、いい。俺が覚えてねえってことは、どうせ大して役に立たない力だったはずだ」
そう言うと、スカーは爆破棍を魔法の腕で掴み取り、そのままリンテールの右ひざに叩きつけた。
ボンッ! と小気味良い音が響き、男の右足が吹き飛ぶ。
「え……な……?」
リンテールはバランスを崩して床に倒れ込んでからも、わけがわからないと言わんばかりに目を白黒させていた。
「どうだい、爆破棍の味は?」
「え? テロール? あれ、俺の足は……?」
「ほら、見ろよ。これは俺の魔法じゃねえ。俺の魔法で動かしてるがな」
スカーは、倒れた状態でもよく見えるようにと、爆破棍をリンテールの顔のすぐそばに近づけてやった。
「便利だろ? トバルの魔法器械さ」
「魔法器械……?」
「そうとも。こいつがてめえの足を吹っ飛ばした」
その言葉で、ようやくリンテールは自分の右足がなくなったことを理解できたようだった。
ひざ下から大量に流れ出した血が、床に赤い染みを作っている。
「あ、ああああああああああああ!!」
「どうしたっていうんだ? 俺に逆らうってのは、いままでもこういうことだったろ?」
「いてえええ! あ、足! 俺の、足がああああああ、あ、あ……!!」
「俺の手下に馬鹿はいらねえ。わかるな、リンテール……」
スカーは暗い目でリンテールを見下ろした。
「ゆ、許して、兄貴! ちょっとした出来心だったんだ……」
「てめえの罪は二つだ。まず、俺に逆らったこと。そして、俺という人間を見誤ったこと。俺が何の考えもなしにあんな契約を結ぶと思ったのか?」
「ううっ、ううううううううううう……」
スカーは泣きわめくリンテールの顔に、自分の顔を寄せて囁いた。
「……そうだ、てめえも俺のふりをして生活して見りゃわかるんじゃねえか? メニオールはすっかりと俺のことを理解してくれてたんだ。俺の顔で、俺の仕草で……そして、俺の考え方で生活していたんだ」
「何でもするよ……兄貴の真似でも何でも……だから、許して……」
「じゃあ、まずはその綺麗な顔に傷をつけねえとな」
スカーは立ち上がり、リンテールの顔面に爆破棍を叩き込んだ。
破裂した頭部から、気味の悪い液体が飛び散る。
しばらくの間、リンテールの死体はびくびくと痙攣していた。
「しまった! これじゃとても俺には見えねえ!」
そう言ってから、スカーは振り返り、顔を青ざめて固まるラスティとメガロに向き直った。
「……よし、それじゃあ行くか」
「あ、ああ」
「よかったな。お前らはこの馬鹿と違って、利口な頭を持っててよ。脳みそを大事にするんだぜ」
「は、は、笑えねえよ……」
メガロがその冗談に無理して笑おうとするのを見て、スカーは笑み代わりに顔を歪めた。
「安心しろよ。お前らの力は役に立つ。俺は役に立つやつを壊すほど馬鹿じゃねえ……」
「お、俺は兄貴の役に立つよ!」
「ああ、俺もだ!」
訴えるようにして言い募ってくる二人に、スカーは気分をよくした。
「よし。そしたら、ラスティはさっき話した契約を結べ。メニオールを二層世界に行かせねえための契約をな。これから俺たちは、生きるか死ぬかの鬼ごっこをするんだ」
「わかったよ……」
「俺は何をすればいい?」
メガロが身を乗り出して言う。
「お前は血統術を使って、狼小僧の血を辿るんだ。いまから俺の家に行って、そいつの血が残ってねえかを確認する。どうも、青い血らしい」
「青い血……? そいつはまさか欠陥生物か?」
そのときメガロが聞き慣れない言葉を口にして、スカーはおやっと思った。
「欠陥生物?」
「そうさ。俺も噂に聞いたことはあるが、そんな血に出会ったことはねえ。てっきり都市伝説とかおとぎ話とか、そんな類の代物だと思ってたけど」
「いったい、どんな話なんだ?」
「世界にちゃんとした生物だって、認められてないやつらの話さ。要は、怪物だな。そういうやつらは赤い血じゃなくて、青い血が身体に流れるってことらしい。兄貴、ラーゾンのキメラがいたろ?」
「ああ」
「あんな化け物でさえ、赤い血が流れてる。世界からは、きちんと生物だって認められてんのさ。そのガキに本当に青い血が流れてるってのなら、そいつはラーゾンのキメラなんかよりもよっぽどイカれた生き物だってことだ」
そう言うメガロは、瞳を輝かせていた。
「毎度のことだが……お前、血のことになるとやたらと張り切りやがるな」
「本心を言うと、そこの血も回収して分析したいんだよ。でも、いまの俺には、兄貴の命令の方が大事だからな……」
メガロは床に広がったリンテールの血を物欲しそうに見つめている。
「ラスティの仕事が終わるまで、その血で遊んでていいぞ」
「マジかよ! 流石は兄貴だ!」
「その代わり、きっちりと後で働いてもらうぜ」
「任せてくれよ。兄貴についていけば、血に困らねえ。俺は心底、あんたのやり方に惚れてんのさ!」
言うが早いか、メガロは服の袖を破って床の血に浸す。
袖の切れ端は、見る見るうちに血を吸い上げていく。
うっとりとその光景を見ていたメガロの顔が、訝しげに歪んだ。
「ん? おいおい……」
「どうした?」
「こいつ、厄介な病気を持ってたみたいだぜ。多分自覚症状はまだなかったんだろうけどな。兄貴はいいことをしたよ」
振り返ったメガロの顔には、今度、ニヤリと意味深な笑みが浮かんでいる。
「いいこと?」
「病気で苦しんで死ぬより、いまひと思いに殺してやった方がよかったってことさ」
「そうだろ? 俺もそうだと思ったんだ。こいつの頭の病気は、死なねえと治らねえってな」
スカーが肩をすくめて言うと、メガロは楽しそうに笑った。
(こいつもイカれてるな。まったく、俺の周りには一人もまともなやつがいやしねえ)
スカーは弟分のメガロを見て、溜息を吐いた。
新章開始です! 主人公の覚醒回になる予定です。
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