虐殺決議
それから囚人会議は和やかな雰囲気で進行した。
「攻撃的な魔法を持ってるやつばかりじゃねえ。例えば、いま契約術を身につけてるラスティには、誰かを傷つけようっていう魔法がねえ。そういうやつらは、攻撃的な魔法を持ってるやつと組んで行動するんだ。対峙した囚人が本物かどうかは、魔法で攻撃を仕掛けてみねえとわからねえわけだからな」
「なるほど」
「あとは、今日この場にいない囚人だが」
スカーは入出許可の媒体となった羊皮紙を見つめた。紙面には、ここにいる囚人たちの名前が記されている。
載っていないのは……。
「フェノム、トバル、ゴスペル、ヤヌシス……」
トバルは先ほどの戦いのあと、気絶した姿で発見されたという報告を受けている。どうやら、地竜に跳ね飛ばされたらしい。いまはこの宮殿に運び込まれ、安静にしているはずだ。
ヤヌシスは先ほど小鬼が地下牢に連れて行ったが、きちんと集合命令には従った。
フェノムとゴスペルに関しては、動向が不明。
「あとは新入りの二人か。テクトルとギデオン……」
そう言って、スカーは顔をしかめた。
小鬼どもから聞いた情報を整理すると、朝方、奴隷のふりをしてスカーをぶちのめしたのがギデオンという話だった。
「……トバル、ヤヌシス、テクトルの三人には情状酌量の余地があるが、他は駄目だ。とはいえ、伝令役の小鬼がそいつらを見つけ出せなかっただけの可能性もある。俺たちに敵意があるかどうかがわかり次第、始末するかしないかを決めよう」
「……そりゃあいい、フェノムとゴスペルのやつはずっと気に入らなかったんだ」
そう言って笑うのは、嗜虐趣味のあるヒッガという囚人だった。いつも目の焦点が狂っていて、一度見ると忘れられなくなるほど、不気味な印象の持ち主である。
ヒッガの不気味な笑顔を見て、スカーはこの異常者がすぐにでもフェノムとゴスペルのところに行き、「ペッカトリアの輪に加わらなかった」という大義のもと、戦いを仕掛けるだろうと直感した。
「いいか、ヒッガ。やるならゴスペルが先だ。フェノムはひょっとしたら、俺たちに敵意を持ってないかもしれねえ」
「なぜそう思う?」
「約束したんだ。俺のところにメニオールを連れてくるってな。あいつは必死になって、彼女を探してるだけかもしれねえ」
「信用できねえよ。そもそも俺は騎士ってやつが嫌いなんだ」
「少しいいかい、スカー?」
そう言っておずおずと手を挙げたのは、ドグマだった。
「なんだい、ボス?」
「ひょっとしたらフェノムは、誤解をしちまってるのかもしれねえ……あんたに化けたメニオールの口車に乗せられて、俺はずっとフェノムがペッカトリアに反旗を翻したのかと思ってた……実際、あいつを殺すようリルパに手紙を書いたりしちまったんだ。フェノムがこの場にこないのは、俺のそんなやり方をよく思ってないからかも……」
「誤解があったわけだな? 大きな誤解が」
「あんたからメニオールの話を聞いてみて、いま冷静になって考えてみると、そうだったのかもしれねえ……もし俺の考えの通りだったら、フェノムには悪いことをした」
「小鬼じゃなく、きちんとした囚人の使いを出そう」
そう言ってから、スカーはエンブレンをちらりと一瞥する。
「お前がいい、エンブレン」
「な、何だと?」
「お前ほどの男の話なら、フェノムも耳を傾けるだろ? それに、フェノムが俺たちともう仲良くやってく気がないっていうなら、そのまま始末する方向に持って行ける。お前は強いからな」
そうやってスカーがおだててやっても、エンブレンは懐疑的な様子だった。
そもそも先の一件からしても、彼がスカーにいいイメージを持っていないのは明白。もちろん、そんなことは織り込み済みの人選だが。
「俺はフェノムとやり合いたくねえ……」
「きっとフェノムだってそう思ってるさ。波風立てずにフェノムと交渉できるのは、お前くらいしかいねえ」
「しかし……」
「合言葉は、『ペッカトリアのため』だ。俺たちと戦うか、仲間のままでいるか」
それで全員の目がエンブレンに向き、彼はさっと青ざめた。
「お前を脅してるんじゃねえぜ、エンブレン。フェノムにそう伝えろって話さ」
「わかった、ペッカトリアのためだ……」
「よし、それでいい」
スカーは顔を歪めて言うと、今度はヒッガに向き直った。
「ヒッガ、てめえはゴスペルでいいな? あの引きこもりが伝令の報告を聞いてねえはずがねえ。ここに来ないのは、絶対腹に一物をもってやがるからだ。てめえの役目は、きちんとそいつを掻き出してくることさ」
「腹の一物を掻き出せばいいわけだな? わかったよ」
そう言って、ヒッガはニヤリと笑う。
これでフェノムとゴスペルの対応は決まった。残るは、ギデオンのみだ。
あの若造の顔を思いだし、スカーはまた奥歯を噛みしめた。
「……ギデオンの考えを聞きに行くやつは?」
スカーが言うと、周りの囚人たちがざわつき出す。
「小鬼たちの噂を聞いたんだが……あいつがリルパをすっかり手籠めにしちまったってのは本当なのか?」
「昨日今日と小鬼の様子がおかしかった。それも全部、そのギデオンのせいだって言うじゃねえか」
「何を及び腰になってる? そんなにみんなギデオンが怖いなら、俺が行ってもいいぜ」
そう言って周りの注目を引きつけたのは、ハーロッドだった。
いつもきっちりと髪と鬚を整えた伊達男のハーロッドは、外の世界ではプレイボーイとして通っていたらしい。しかしこの監獄世界に入ってからは、雌の小鬼にまで趣味の幅を広げた生粋の好事家としての印象しかない。
「ギデオンはいま、あの城に住んでるんだろ? あそこのメイドたちとは、常々お近づきになりたいと思ってたんだよ。こいつはチャンスってもんだ」
「……なあ、ナンパが目的じゃねえんだぜ、ハーロッド」
「わかってるよ。ちゃんとギデオンと話をしてくる」
「一応言っておくが、あいつは危険な相手だ。絶対に舐めてかかるな」
「了解っと」
スカーの忠告にも、ハーロッドは鼻歌交じりに返事をするだけだった。
スカーはそんな色ボケ男に内心で苛立ちを覚えたが、ひとまず気を取り直し、全員に向かって声を張り上げた。
「よし、囚人の対応はそれで決まりだ! 次にメニオールの件だが……」
その名前を口にするだけで興奮を覚え、血圧が上がるのを感じる。
いよいよ、ここからが本題だった。
「……まずは全員飼ってる奴隷と囚人奴隷を処分しろ」
「な、なんだって……? 処分……?」
驚きの声を上げたのはドグマだ。
「そうとも、処分だ。ああ、言い方がわかりにくかったかな。全員殺せってことだ。皆殺しさ」
「皆殺し……? いや、それは流石に……」
「メニオールを炙り出すには、それしかねえだろ? 人間ってのは、彼女の隠れ蓑になっちまうのさ。労働なら小鬼にやらせればいいし、どうしても新しい人間の奴隷が必要なら、メニオールとの決着がついたあと、またノスタルジアから買い直せばいい。違うか?」
「だからって……いまいる奴隷と囚人奴隷だけでも、とんでもない人数だぜ……それは虐殺じゃねえか……?」
「だから何だ? おいおい、まさかいまさら良心でも芽生えたってのか? あいつらは人間のかたちをしてるだけで、人間じゃねえ。単なる家畜じゃねえか」
「そ、それはそうだが……」
「必要な流血だ。俺たちの清らかな、新たなるペッカトリアのためにな」
ぐるりと囚人たちを見渡し、スカーは言葉を続ける。
「とはいえ、俺だって悪魔じゃねえぜ。お前たちの中にだって、殺しが苦手なやつくらいいるって知ってるさ。そんな心優しいやつらに、ストレスを与えたくねえ。俺たちは、仲間なんだからよ……だから……」
「だから……?」
「自分で殺せねえやつは、奴隷たちを街に解き放て。殺れるやつが殺る。人間狩りだ」
人間狩り――と聞いて、囚人たちがざわついた。
「安心しろよ。俺が仲間内で攻撃し合えねえようにした意味がこれさ。これからは人間を見たら、とりあえず攻撃していい。すでに仲間には攻撃できねえようになってる」
「おもしれえ! あんたは最高にクールだぜ、スカー!」
ヒッガがヒューと口笛を吹く。
スカーは、さっと手を挙げてヒッガに応えた。そして、大多数の怯えた表情の囚人たちに向けて口を開いた。
「何度も言うが、安心してくれ。この場にいる誰も、傷つくことはない。お前たちは、ペッカトリアそのものなんだからよ」
それでようやく、全員がほっとした顔になる。
何が起ころうと、自分たちだけは安心だという事実――それが、彼らの良心を麻痺させているようだった。
すべてが、スカーの思い通りだった。
次回より、新章「世界の大穴」編が始まります!
たくさんのブックマークや感想、評価ポイントをいただき、日々の更新の励みになっております! 本当にありがとうございます!




