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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
新たなるペッカトリア
161/219

嫉妬心

「……あんたは誰だ?」


 ギデオンが訊ねて言うと、目の前の少女はクスクスと笑った。


「わからない?」

「会ったことがあるのか?」

「あるよ」


 少女はギデオンに近づくと、軽やかなステップでギデオンの身体の周りを一回りした。それからそのまま、ギデオンの腕に自分の腕を絡めてくる。


「――な、なんだ、いきなり! 離せ!」


 ギデオンは慌てて彼女の腕を振りほどこうとした――が、びくともしない。まるで大岩の隙間に出来た亀裂に、ガッチリと腕を挟まれているかのようだった。


「うっ……?」

「えへへ」

「ま、まさか……」


 ギデオンは、自分のすぐ近くにある少女の顔をじっくりと見つめ、さっと青ざめた。

 よくよく見ると、この少女は彼女に似ている……目鼻立ちや髪の色――そしてそばにいるだけで感じる、圧倒的な力……。


「……リルパ……?」

「当たり」


 その少女――リルパは、嬉しそうに微笑んだ。

 刹那、背後からワッとメイドたちの歓声が上がった。


「どうでありんしたか!? 旦那さま、驚いたでありんしょう!」

「はあ、わっちらの演技も捨てたものではなさんす! 旦那さまは完全に騙され切っておりんしたからね!」

「獲物が罠にかかる瞬間というのは、何度見ても格別の感慨深さがありんす!」

「ま、待ってくれ、わけがわからない……どうしてリルパが……」


 ギデオンは慌てて辺りを見回し、誰ともなく訊ねた。

 ずいと身を乗り出して答えたのは、メイド長のペリドラだった。


「先ほどリルパは『前夜繭』から抜け出し、新しいお姿になられたのでありんす。これも全て、旦那さまがリルパに注いだ愛の力でありんす」

「愛だと……?」

「そうでありんす! 旦那さまの愛を受け、リルパは成長したのでありんすよ」


 成長――と聞き、ギデオンはまじまじとリルパを見つめた。

 ぐっと身長が伸び、身体の輪郭も女性的な柔らかみを帯びつつある……。

 確かに、あの幼いリルパが数年かけて成長すれば、このような姿になるような気がした。


「……俺の血が、彼女に変化を与えたということか」


 それは、以前にペリドラが言っていたことだった。体内に取り込んだ血から、リルパはさらなる力を身につけると。


「ええ。これは旦那さまにしか果たせなかった仕事でありんしょう。正直に言いなんすと、このペリドラ、旦那さまがなかなかアンタイオとしての自覚を持てない方だと焦燥に駆られる日もありんした。しかし旦那さまはやはり、リルパの選んだ方だったのでありんすね……」

「俺の血を飲み、勝手にリルパがやったことだ。俺には関係ない」


 そう言ってペリドラを睨みつけるギデオンは、しかしリルパに拘束される右腕にみしりと圧力を感じて、またさっと青ざめた。


「……ギデオン、お腹空いた」


 リルパは、とろんと甘えたような目でギデオンを見つめている。


「……え?」

「わたし、丸一日以上寝てたみたい。だから、お腹がぺこぺこなの」


 ぐいと腕を引っ張られ、ギデオンは寝台に引きずり込まれた。

 若いメイドたちが、キャーと嬌声を上げる。


「だ、大胆でありんす! リルパもすっかりオトナでありんす!」

「いまの動きは、まるで雌豹が獲物を捕らえるが如しでありんす!」

「ヒュー! リルパは肉食系でありんす!」

「――なあにを馬鹿なことを言っておりんす!」


 ペリドラはメイドたちを叱りつけたあと、リルパを見てにっこりと笑顔になった。


「リルパ? お食事がお済みになったら、旦那さまと一緒にまた出てきなんし。今日はこのあと宴を開く予定でありんすよ」

「うん」

「さあ、リルパの邪魔をしてはならなさんす! お前たちには仕事がありんすよ!」

「ええ! こんなところで終わりなんて、お預けもいいところでありんす!」

「お黙りんす!」


 ペリドラは、不平顔でぶつぶつと漏らすメイドたちを連れ、部屋をあとにした。


 ギデオンはリルパとともに、二人きりで部屋に残された。

 頬を染めたまま、リルパは組み敷いたギデオンの顔をじっと見つめている。

 彼女の白い髪が頬に垂れ、ギデオンは恐怖とは違う妙な緊張感を覚えて、何だかどぎまぎしてしまった。


 リルパはゆっくりとギデオンの身体に覆いかぶさり、その首筋に唇を優しくあてがった。


「うふふ、ギデオンの匂いがする……」


 耳元で甘い声で囁く。


「とっても落ち着く匂い。このベッドもそう……」

「……早く血を飲んで、俺を解放しろ……」


 ギデオンが必死になって喉から言葉を絞り出すと、リルパはふっと顔だけ上げ、もはや妖艶さすら感じさせる笑みを浮かべた。


「解放? ギデオンはこれから、ずっとわたしと一緒にいるの。これが何かわかる?」


 リルパは胸元から何かを取り出し、ギデオンの目の前に持ってきた。

 彼女の手の中で、それは宝石のように輝いている……。


「カルボファントの象牙……?」

「そう。ギデオンが欲しがってた象牙。どう、まだ欲しい?」

「……からかってるのか?」


 すると、リルパの笑みは悪戯っぽい色を帯び始める。


「お願いして。わたしに、象牙をちょうだいってお願いするの」

「したらくれるのか?」

「さあ?」


 言いながら、リルパはまたクスクスと笑う。


「……随分と底意地が悪くなったな」

「わたしと、あなたが守りたいと思っている人、いまはどっちが大事?」

「どっちが大事とかじゃない」


 と、言ってしまってから、ギデオンは自分がいま咄嗟に口走った言葉の意味を考えることになった。


(どっちが大事とかじゃない……? 俺は何を言っている……?)


 ギデオンは、オラシルのためにここにきた。彼女以外に優先すべき人間などいない。

 先ほど、フェノムにも言われたではないか。お前はお前のやるべきことをやれ、と。


 ギデオンが自分自身の言葉に困惑していると、リルパが表情をさっと変えたのがわかった。彼女はいま不機嫌を露わに、唇を尖らせている。


「……それ、どういう意味?」

「待ってくれ……俺にもわからない……考える時間をくれ……」

「わたしを見て! ほら、見るの! わたしをこんな姿にしたのは誰!? わたしを変えたのはギデオンでしょ!?」


 リルパはギデオンの顔を両手で挟み、自分の顔をぐっと近づけた。


「なのに、ギデオンがわたし以外の人を見るなんて許せない! ギデオンに、わたしよりも大事な人がいるなんておかしい!」


 リルパの身体に、赤い紋様が浮かび上がってくる……。

 ぞくりと寒気を感じながらも、ギデオンは目の前のリルパから目を逸らすことができなくなっていた。


 身体は成長しても、心は以前のリルパのままだ。

 無垢で、罪というものの存在すら知らない少女。好悪の感情以外に、善悪の基準を学ぶ機会に恵まれなかった神の子……。


 リルパは怒り顔のまま、ギデオンの身体に覆いかぶさってくる。

 彼女の歯がちくりと自分の首筋を貫くのを感じながら、依然としてギデオンは迷いの中にあった。


(俺がこいつのことを心配する必要なんてない……リルパは圧倒的な力を持つ怪物だ……俺なんかがどうこうしたいと考える前に、あらゆる悪意をはねのけてしまうに決まってる……)


 では、いま胸中に沸き起こるこの感情は何なのだろう……?


 フェノムがリルパを殺すと言ったときから、ギデオンの心にはどうしようもない不安が渦巻いていた。


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