ハウルの行方
「――なんだとお!?」
スカーは再度『苦痛の腕』でラスティを殴りつけた。
ラスティは跪いたまま、顔を腕で覆う。
「うえ、いてえ……」
「テクトルの野郎はいまどこにいやがる!?」
「……びょ、病院だよ。全身大やけどで寝てる。シェリーの『治癒面』がなけりゃ、いまごろもう死んでたはずだ……」
「なんてこった、せっかくの契約術師が……」
スカーは呻き、思わず天を仰いだ。
あまりにもタイミングが悪すぎる。というよりも、作為的と考えた方がいいかもしれない。
まさか、こちらの思惑を察したメニオールが、先に手を打ったのだろうか?
あり得ない話ではない。とにかく、彼女は頭が回る。
「……兄貴、テクトルの魔法が必要かい?」
そのとき、ラスティがどこか声を弾ませて言った。
「ああ?」
「俺ならテクトルの魔法を使える。その契約術ってやつをさ」
それを聞き、スカーはまじまじとラスティの顔を見つめた。
「……なんてこった。ラスティ……てめえはラスティだな?」
「そうさ」
「人の魔法をコピーできる男。そうだな?」
「ああ」
スカーはラスティに近づき、彼の肩にポンと手を置いた。
「……俺は勘違いしてたかもしれねえなあ。お前の力をコバンザメなんかに喩えちまうなんてどうかしてる。お前の力は、もっと偉大な何かだ。そうだろ?」
「そうかもな」
間抜け面でそんなことを言うラスティにイラッとしたが、スカーは感情を抑えて言った。
「いまから病院に行って、テクトルの力を借りてこい。お前があいつの代わりをするんだ」
「その必要はねえよ」
「……何だと?」
「もう借りてる。シェリーがそうしろって言ったのさ」
それを聞き、スカーはさっとシェリーの顔を見つめた。
相変わらずシェリーはふさぎ込んだ様子だったが、いまのスカーには彼女が天使のようにすら見えた。
この女は自分の言伝にあった真意を理解し、契約術の重要性を見抜いていたのだ。だからこそ、窮地の中にあっても契約術の確保を選び取ることができた……。
「なるほどな。俺はどうかしちまってたみてえだぜ。お前らに疑念を向けちまうなんて」
「俺は兄貴の役に立てそうかい?」
「ああ。お前には謝らなくちゃあな? 二度もぶっちまってよ」
スカーが見えざる手を伸ばしてラスティの頬を撫でると、彼は青ざめたままぎこちなく笑った。
それから、スカーはシェリーに言葉をかけた。
「シェリー。お前もさ。よく機転を利かせたな」
「……ええ」
一応返事は返ってきたものの、やはりシェリーの反応は固い。
それを見て、スカーは顔をしかめた。
「……ラスティ、ちょっとこっちに来い」
そして少し離れた場所にラスティを連れて行き、ひそひそと話しかける。
「昨日から、あのアバズレはずっとあの調子か?」
「いや、小鬼を撃退してからしばらくは、まだ気丈に振る舞ってたよ。でも病院に逃げ込んでから、あんな感じになっちまって。多分、緊張の糸が切れちまったんだと思う……」
「この監獄世界に入ってるようなやつだぜ? 死にかけるくらいのことで、そんなにショックを受けるかねえ?」
「シェリーは女だ。俺たちと違って、繊細なんだよ」
「何かを知っちまったのかもしれねえ。よくよく考えれば、小鬼に襲われたってのも妙な話だ。何か心当たりはねえか?」
「いや……」
「よく思い出せ。シェリーのためだぜ……」
恋い焦がれるシェリーのためと言われ、ラスティは必死な様相で頭を巡らせているようだった。
「そう言えば、シェリーは兄貴の偽物と何か密談をしてるようだった……」
「何?」
「囚人奴隷のガキがいたんだよ。多分、そいつのことで話してたんだと思う。そのガキには狼に変身する力があるらしくて、前回の議題に上がったんだ」
「狼に変身する力? 詳しく話せ」
スカーは目をギラリと輝かせて、ラスティを促した。
それから聞いた話によると、こういうことらしい。
ドグマはノスタルジアからやってきた『仮面野郎』なる男との取引で、先週この監獄世界に入ってきた新入り全員を、殺害することにした。
ハウルというその狼小僧の殺しの担当が、シェリーだった。しかしハウルはシェリーを返り討ちにすると、その後スカーに扮するメニオールのところに向かったという話だった。
「俺が行ったとき、兄貴の家はめちゃくちゃだった。そこでそのメニオール? ってやつは、兄貴として狼小僧と戦ったみたいだ」
「それで?」
「なのに、メニオールは翌日の囚人会議でそのことを黙ってた。いまから思うと、あいつはペッカトリアのことなんかどうでもよかったからなんだろう……まあそれはともかくさ、俺はそれから、こっそりと狼小僧のことをシェリーにだけ教えたんだよ。シェリーはすぐメニオールのところに行ったみたいだった」
スカーは顎をさすって考えた。
(シェリーは、そのハウルってガキのことでメニオールと秘密を持っていた……)
二人の間には、「何か」があったのだ。そして、その「何か」がよじれてシェリーはメニオールに命を狙われることになった……あり得る話だ。
「……そのハウルってガキは、青い血の怪物だ」
そのときラスティがそんなことを言い出して、スカーはおやっと思った。
「……青い血だと?」
「兄貴の家に青い血が飛び散ってたんだ。狼小僧はメニオールと戦った際に殺されかけて、逃げ出したんだよ」
「青い血……青い血……」
ブツブツと呟き、頭を巡らせる。
メニオールは、ハウルのことを探していたのだろうか?
わからないが、いまはその狼小僧とやらが鍵を握っている気がした。
「……俺の家には、まだその怪物の血が残っているかもしれねえ」
「え?」
「血があれば、そのガキを探せる。メガロの魔法を使ってな」
「血統術か。あいつの魔法は血を媒体にするんだったな。でも、狼小僧を探して何になるってんだい?」
「決まってる。メニオールに会うんだ」
自宅の地下牢には、自分の他に誰も囚われていなかった。しかしもしメニオールが別の場所で、いまそのハウルというガキを飼っているとしたら、そいつを辿れば彼女の元へとたどり着けるかもしれない。
「……でもどうせなら、彼女の血が欲しかったなあ」
「はあ?」
「こっちの話さ」
そう言って顔を歪めるスカーを、ラスティは怪訝そうに見つめていた。




