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二人の道

 ギデオンはあまりの衝撃に、頭の中が真っ白になっていた。

 ただ、視線はフェノムの持つ銀色の物質から逸らすことができない。


「この究極物資は膨大なマナを吸い上げたとき、さらに多くのマナを求めて、未現なるマナの世界とこの世界の境にある薄膜に大きな穴を開ける。擬似的にだが、リルパたちのような『神の座』に座る者の真似事ができるのさ」

「つまり、あんたは……」

「ああ。ぼくはこれを使ってマナの流出点を作りだし、無限のマナへとアクセスできる。そのマナを使った攻撃を直撃させれば、確実にリルパの息の根を止めることができるだろう。だが厄介なのは、リルパの持つ『意膜』の存在だ。それを克服するのに、随分と知恵を絞った」


 そう言ってフェノムは今度、白いナイフの方に手をやった。


「こっちは、リルパの持つあの絶対防御を破るために用意したものだ。とある女性・・・・・が必要としていたものでね」

「あんたは、本当にリルパを殺す気でいるのか……?」

「そう言ったじゃないか。いまさら、どうしたというんだい?」

「……いや」


 ギデオンは視線を落とした。


 なぜ、いま自分の胸中に不安が渦巻いているのかわからなかった。

 リルパを排除できるなら、それに越したことはないというのに……。


「迷いがあるのか、ギデオン? 君はさっきリルパを怖いと言ったね。自分の意志を捻じ曲げ、強引に物事を進めてしまう存在を。そう、神はいつだって理不尽だ。ぼくたちの運命や日々の幸福なんて、彼らは歯牙にもかけやしない。違うかい?」

「理不尽……運命……」


 ギデオンはフェノムの言葉を繰り返し、頭を抱えた。


 ――確かにそうだ。

 なぜオラシルが呪われる必要があった? どうせなら、出来の悪い俺が呪われればよかったのに……。


 なぜ才能に溢れ、みなから愛された彼女が苦しまなければならないのだ? 彼女が罪を犯したとでもいうのか?


 彼女は誰かに恨まれるような人間ではなかった。

 いや、唯一恨む人間がいるとするなら……。


「……俺は罪を犯した」


 気づいたとき、ギデオンはそんな言葉を口にしていた。


「何だって?」

「……俺が悪いんだ。俺は贖罪のためにこの世界にきた……」

「……贖罪か」


 フェノムはギデオンの肩に手を置き、それから何も言わなかった。

 ギデオンは、自分の身体が汗でぐっしょりと濡れているのがわかった。


「……きっと俺が彼女を呪ったんだ。神が理不尽だというなら、俺という人間を彼女と一緒にこの世に作り出したことが理不尽だ……」

「自分を否定するな。少なくとも、君は心の中に善悪の物差しをしっかりと持っている。そして、正しいと思ったことをやろうとしている。いいかい? 何が正しくて、間違っているかなんて、誰にもわからない。だが、これだけは覚えておくといい。正しいと信じることをやろうとする行為は、いついかなるときも正しいと」


 それを聞き、ギデオンはハッとフェノムの顔を見つめた。


「……正しいと信じることをやろうとする行為は、いついかなるときも正しい……」

「そうだ。そしてそのときに、迷ってはならない。自分のやろうとしていることが正しいのかどうか迷うくらいなら、その時点でそれは正しい行為ではない」

「お、俺は……」

「ぼくには君の事情はわからない。きっと君の人生にも、大きな困難があったのだろう。だが、贖罪をしたいというのならば、徹底的にやりたまえ。それが他の誰かの正義に反することなら、その正義と戦うことになるだろう。だが、それでも迷ってはいけない。少なくとも、ぼくは迷わない。フルールを助け出すことは、ぼくにとって最善の行為だからだ」

「……俺には、リルパに罪があるとは思えない」


 ギデオンは、咄嗟にそう言っていた。

 内心で、ずっと思っていたことだった。だが、そのことを認めるのがなぜか嫌だったのだ。


 フェノムはギデオンの言葉を受け、怒るどころか柔和な微笑みを返した。


「……やっぱり、思っていたとおりだ。君は素直な人間じゃないみたいだね。口ではどれほど悪く言おうと、結局はリルパに敵意を向けられない」

「そうかもしれない。俺は頭がよくないんだと思う。彼女さえいなければ、俺の目的はスムーズに果たせるはずなのに……それなのに、彼女を排除することに抵抗を感じてしまう……」

「フルールを十年間もあんなところに閉じ込めていることが、罪でなくてなんだというんだい? あそこはフルールにとっての監獄だよ」

「リルパはフルールの子だ。子どものために生きようという親が、そんなにおかしいか?」

「なるほど。君の考えはよくわかった」


 言いながら、フェノムは首にかけたネックレスを手繰り、胸元から何かの鉱石が嵌まったペンダントを取り出した。


「これは……?」

「見るのは初めてかい? これが、カルボファントの象牙だよ」


 しばらく、ギデオンは目の前の男の言っていることが理解できなかった。

 ポカンと呆気に取られるギデオンに構わず、フェノムは続ける。


「君はこれが欲しいんだろう? ひょっとして、これが君の言う贖罪に繋がるんじゃないか?」

「ど、どうしてそれを知っている……?」

「いま君が言ったじゃないか。自分が彼女を呪った(・・・)と。それに、君は前の囚人会議でも象牙を欲しがって、ドグマを怒らせた。それだけヒントがあれば、流石にどれだけ鈍い人間でも察せるというものさ」


 ギデオンは身体に震えを感じながら、ずっと自分が追い求めていた象牙を見つめた。


 美しい。まるで、宝石のようだ……。

 これさえあれば、妹を助けられる……オラシルさえいれば、昔狂った全ての歯車が正しい位置に収まるのだ……。


 その象牙は、ギデオンの心に、強烈な郷愁の念を呼び起こした。

 十年前に失われた幸福な日々……そこには優秀な妹と、優しい母がいた。

 劣等感にさいなまれながらも、最愛の家族とともにあった生活……。


「君にこれをあげよう」


「な、何……?」

「ぼくは、君とは戦いたくない。これを受け取り、君は君のやるべきことだけを考えたまえ」


 フェノムはその首飾りを、驚きで固まるギデオンの首にかけた。


「きちんとしまっておくんだよ。この世界でそれはまだ、ドグマ以外の手の中にあってはならないものだからね」

「ま、待ってくれ!」


 部屋を出て行こうとするフェノムに、ギデオンは声をかけた。

 フェノムは振り向くと、まっすぐにギデオンの目を見つめ返してくる。


「ぼくは話すべきことを全て話したよ。ぼくはペッカトリアと戦う。そして、その頂点に座するリルパともね。それでも、まだ何かあるのかい?」

「いや……」


 必死になって言葉を探したが、何を言えばいいのかわからなかった。


 ギデオンはこのフェノムという人間に、これまで接してきた人間とは異質な巨大さを感じていた。

 生き方、思想――話していたのはわずかな時間だったにもかかわらず、この男の前にいればいるほど、自分が矮小な存在だと思い知らされるようだった。


「ふふふ、君の中には、まだ迷いがあると見えるね。きちんと考えて、それから決めるといいよ」

「……決める? 何を?」

「フルールを救いたいというぼくの正義を、君の正義で叩き潰すべきかどうかだ。君は迷っているんだろう?」

「そ、それは……」

「ぼくは君の決断を尊重するよ。その結果、君がどうしてもリルパを守りたいと思うのならば――」


 フェノムは笑って言った。


「――そのときは、ぼくと戦おう」


 次回より新章「新たなるペッカトリア」編がスタートします!


 たくさんのブックマークや感想、評価ポイントをいただき、日々の更新の励みになっております! 本当にありがとうございます!

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