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奪取

 ドグマは二人のトバルの顔を何度も見比べた。


 おそらく片方が、フェノムの手下だという、何にでも化けられる力の持ち主なのだろう。

 とはいえ二人はそっくりで、見た目だけではどちらが本物か判断がつかない……。


「ワシはその偽物に昨晩、手ひどい目に遭わされ、拘束されておったのです! ワシこそが本物ですよ!」

「ボス、信用してはいけませんぞ! ワシは今日ずっとそばにいたではありませんか! それどころか、昨日からずっと宮殿でボスと一緒におったのです!」

「そ、そうだ。お前は俺のテストをきっちりとクリアした……」


 そう言って、ドグマはスカーと一緒にいるトバルを怒気とともに睨みつけた。

 しかし、


「ソラの持つ魔導書の切れ端でしょうが!? ボスがワシに出したテストというやつは!」

「な、何だと……?」


 偽物であるはずのトバルが、正確にテストの内容を言い当て、ドグマはまた混乱することになった。

 わけがわからない……ドグマはおろおろしながらも、スカーを見てハッと息を呑んだ。


「そ、そうだ! スカー! てめえ、象牙は持ってるか!?」

「……象牙? そりゃあ、カルボファントの象牙のことかい?」

「そうさ! 昨日、てめえは象牙を預けとけって言ったよな!? 本物(・・)()スカー(・・・)しか(・・)()象牙(・・)()持って(・・・)()ねえ(・・)はず(・・)だ! てめえらがぐるになって俺を嵌めようとしてねえって言うなら、それを見せてみろ!」

「何の話だ……?」


 スカーがそう言ったとき、ドグマはようやく確信を持てた。


「やっぱり、そいつらが偽物だ! おい、小鬼ども! その二人を取り押さえろ!」


 変装できる人間は、きっと一人だけではなかったのだろう。何人いるのか、正確なところはわからないが……少なくともこの二人は偽者で間違いない!


 ドグマが叫ぶと、周囲の空気が色めきだった。


「囚人さまを取り押さえることなど、許されないことでございやんす……」


 そばの小鬼が、顔を青ざめさせてそう言った。


「俺の言うことは絶対なんだよ! 他の囚人たちは、全て俺の奴隷に過ぎねえ! 俺がいいといったら、たとえ一級身分の囚人であろうと、奴隷身分と同じように扱っていいんだ!」

「し、しかし……」


 まだ口答えしようとする小鬼を、ドグマは巨大な拳で殴りつけた。

 その小鬼は遠くへ吹き飛ばされ、また建物にガツンと頭をぶつけて動かなくなる。


「全員、こういう目に遭わされてえのか!? さっさとあの二人の偽物を捕まえろ!」

「わ、わかりやんした!」


 小鬼たちが、意を決した顔で二人に飛び掛かる。


「お、おい、待て! ワシは本物のトバルじゃというのに!」

「ちっ……ボス。あんたはメニオールの術中にどっぷりと嵌まってるみてえだな」


 焦る偽トバルと対照的に、傷の男は冷静だった。

 いきなり彼の周りの小鬼が一斉に苦しみの声を上げて倒れるのを見て、ドグマはさっと血の気が引く感覚を味わった。


「……まさか、『苦痛の腕』か……?」

「そうさ。俺の魔法だ。偽物にこんな芸当ができるかい、ボス?」


 傷の男の傍には、棍棒のような物が浮いている。

 噴射されたかのように勢いよく飛んで行ったそれは、一匹の小鬼に直撃し、爆破の衝撃を辺りにまき散らす。


「いいね……この爆破棍(テロール)ってやつは。気に入ったぜ」


 傷の男はまた顔を歪める。それは、本物のスカーが笑うときにする表情だった。

 壮絶な戦いぶりを見せる傷の男を前にして、小鬼たちの動きが止まる。


「な、何を止まってやがる……? 早くあいつらを捕まえろ……」

「ボス。一旦、落ち着いて話を聞いてくれよ。俺にいい考えがあるんだ」


 余裕のある態度で近づいてくる傷の男を見て、ドグマは腰が引けてしまった。


「話だと? だ、だったらそこで話せ! 近づいてくるんじゃねえ!」

「やれやれ、あんたの肝っ玉の小ささには呆れちまうぜ。話をする前に、あんたの足元にいるその偽物のトバルをどうにかしねえといけねえのさ。そいつはメニオールに操られた人形だ。見聞きしたことを、全部彼女に伝えちまう。彼女は、そういう魔法を使うんだ」

「さっきからてめえが言ってる、そのメニオールってやつはなんだ……?」

「俺の女神さ……」


 スカーはうっとりとした様子で言って、ドグマの足元にいるトバルに熱っぽい視線を送った。


「え、聞いてるんだろ、メニオール? その人形の目を通して、俺を見ているかい? あんたを見つけ出す手段なんて、俺にはちゃんとあるんだぜ。会える日を楽しみにしてる」

「もうたくさんだ! どいつもこいつも、わけのわからねえことばっかり言いやがる!」


 ドグマは頭をかきむしり、ギリリと歯ぎしりした。


「……てめえら、もう許さねえ。片づけてやる」

「……何?」


 ドグマは、自分の所有する亜空間に手を突っ込み、その書物を引きずり出した。


 ――フルールの魔導書。


 先ほど本物のトバルに、この魔導書の話をされたこともあったのかもしれない。ドグマの熱くなった頭の中には、これを使うこと以上に優れた選択肢など浮かばなかった。


「ま、待ってくだされ、ボス! それを使って何をする気ですじゃ!?」


 慌てふためく偽トバルの言うことに、ドグマはもはや耳を傾けなかった。


「うるせえ! フルールの魔法で、てめえらを地の底に沈めてやる!」

「この腐れ巨人め! てめえの保身ばっかり考えてないで、たまには王らしいことができねえのか!」


 傷の男が吐いた罵り言葉を聞き、ドグマはカッとなった。


「本性を現しやがったな! やっぱりてめえはスカーじゃねえ! スカーは俺さまに尻尾を振ることしか考えねえ下僕さ!」

「囚人たちにいいように踊らされていただけの裸の王が、ほざくな! てめえはもうペッカトリアの主としてふさわしくねえ!」


 傷の男は憎々しげに叫ぶと、殺気を露わに突っ込んでくる。

 ドグマは魔導書を開き、この区画一帯ごと敵を殲滅すべく、ページに刻印された魔法を解き放たんとした。


 それは、フルールがかつてもっとも手を焼いた暴鬼、ペリドラを鎮圧する際に使われたと言われている大魔法『地重の檻(グランペリオ)』――


「……待ってたぜ、このときを」


 いままさに大魔法が炸裂しようというとき、足元からそんな声が聞こえ、ドグマはギョッと固まった。

 そして視界の隅に、さっと影が走る。何事かと影の先を目で追うと、そこにはフルールの魔導書を手にしたトバルが立っていた。


「……え……え?」


 ドグマは自分の手とトバルを何度も見比べ、魔導書がいまの一瞬で奪われたことを悟った。


「と、トバル……? おい、何をやってる! そいつを返せ!」


 ドグマは叫んでトバルを捕まえようとしたが、老小人はさっと身をかわし、背後に建つ屋敷の屋根に向かって魔導書を放り投げてしまう。


 その先には――


「め、メニオール!」


 スカーが叫んだ。


「……よう、スカー。随分と元気そうじゃねえか」


 そう言ってニヤリと笑うのは、ドグマの記憶にない女だった。

 風にたなびく金色の髪と、彫刻のように整った顔……。


 彼女はトバルが放り投げた魔導書を手にして、屋敷の屋根の上からこちらを悠然と見下ろしていた。


 わけもわからず、ぽかんと呆気に取られるドグマの横で、トバルが恐ろしい俊敏さで屋敷を駆け上がっていく。そして勢いをそのままに、女へと抱きついた。


 次の瞬間、トバルの姿はどろりと溶け、女の上半身と混ざって新しいかたちを象る。

しばらくしてそこに出来上がったのは、スカーの顔だった。


 ドグマはそれを見て、ハッと息を呑んだ。

 ……何にでも化けられる力! まさか、こいつが……?


「……これでわかったかい、ボス? オレなりの優しさで教えてやったんだぜ。この魔導書の代金としてな」


 スカーに扮する女は、フルールの魔導書を軽く掲げて言った。


「て、てめえ! 騙しやがったな!」


 まさか、そっちのトバルが偽物だったとは……!


「アッハッハ! いまさら気づいてももう遅い! あばよ、間抜けな裸の王サマ!」


 高笑いすると、女はさっと身を翻した。


「――追え! あの女を絶対に生きて返すな!」


 ドグマは顔を真っ赤にして、周囲に怒鳴り散らした。


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