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裸の王

「まずいことになりやがったぜ……」


 フルールの城を出てから、ドグマはトバルに向かって愚痴をこぼした。


「まさか、ペリドラがあそこまで腑抜けちまうとはな。リルパを動かせねえとなると、フェノムは俺たちだけでどうにかするしかねえ……」

「では、囚人会議を開きますか?」

「……いや、どこに敵が潜み込むかわかったもんじゃねえ。一番厄介なのは、誰の姿にでもなれちまうっていうやつだ。そいつがいなくならねえ限り、他の囚人を信用するわけにはいかねえさ」


 とはいえ、最初からどの囚人も信用していないが。どいつもこいつも、利用価値があったり、敵にすると厄介だったりするだけで、基本的に仲間と呼べる者などほとんどいない。


「では、フェノムはボスが直接やってしまえばいいのでは?」


 そのときトバルがそんなことを言いだし、ドグマは鬚の中で口をへの字に曲げた。


「……こんなことを言いたくねえが、あいつの実力はピカイチだ。戦力を削ったあとならわかるが、最初からやり合うのは危険すぎる」

「しかし、ボスにはフルールの加護がついておるではありませんか」

「フルールの加護?」


「……魔導書ですよ。フルールの・・・・・魔導書・・・


 トバルはドグマの顔色をうかがうように、ちらりと視線を上げた。


「あの魔導書に刻印された攻勢魔法を使えば、フェノムを仕留められるでしょう。やつは決してフルールとは戦おうとしませんでした。彼女の魔法には敵わないと思っておったからです」

「それはそうだが……」


 と、言って、ドグマは鬚をさすった。


 確かに、この監獄内にはフェノムを始めとし、単純な戦闘能力だけならドグマ以上の者も数多くいる。しかし、みながドグマに頭を垂れるのは、象牙を利用したリルパの行動決定権と、最後の戦闘手段として持つフルールの魔導書があるからだ。


「……魔導書に頼るのは、本当に俺の生命が脅かされたときだけだ。それまでは、他のやり方を探すんだぜ。俺にとって、いま邪魔なやつは二人。わかるだろ? フェノムとギデオンさ」

「彼らを争わせますか?」

「察しがいいな」


 ドグマは、自分の言わんとするところを即座にくみ取ったトバルを、半ば意外に思って眺めた。いつもならもっととぼけているこの老小人も、ここのボスであるドグマの危機に直面したことで、本気で頭を回転させているのだろうか。


 ドグマは鬚を揺らし、猫なで声を出した。


「お前はギデオンのやつと仲良くやっているそうじゃねえか? え、トバル?」

「もちろん。あの若者にはずば抜けた力がありますからな。老い先短い身の上とはいえ、好んで敵対したい相手ではありませんよ」

「お前から、ギデオンにフェノムを討つように言え。あの若造は喧嘩っ早いから、適当な理由を用意してやればすぐその気になるはずだ」

「ほう?」

「流石にフェノムには敵わねえだろうがな。ただ、愛しのギデオンをやられたとなっちゃ、今度はリルパが黙っちゃいねえ。それでフェノムの野郎も終わりだ」

「すばらしいお考えですが、一つ穴がある気がしますな」


 それを聞き、ドグマは思わず眉をひそめた。


「そりゃあ俺だって、こんなに上手く事が運ぶとは思っちゃいねえさ。あくまで、理想的な展開ってだけさ」

「いえ、もし二人が戦ったとしても、展開は最初からボスの予想とは別の方向へと進むとワシは見ております――ギデオンがフェノムに勝利すると」

「何だと……?」

「ギデオンとフェノムの力は互角……少し前まで、ワシもそう思っておりましたがね。いまとなっては、あの若者が打ち負かされる光景を想像できんのですな」

「ギデオンの野郎は、そこまでの化け物だってのか……?」

「リルパにすら届き得ると思いますよ。もっとも以前リルパと戦った際には、ギデオンがしこたまぶちのめされたそうですが」


 ギデオンとリルパが戦ったことなど初耳だった。


 では、なぜ生きている? と考えて、すぐに答えを得る。リルパと戦って生き残った者がいるとするなら、それは彼女が慈悲をかけたときだけだろう。


 ギデオンには、リルパにそうさせるだけの価値があるのだ。それが、いまリルパが彼に向ける恋心と何か関係があるのかもしれない。


「ギデオンには、途方もない力があります。ただ、戦い慣れはしていません。荒削りな力を振るうだけで、敵が倒れてしまうからですな。これから相応の戦い方を身につければ、リルパの地位を揺るがす存在になれるかもしれませんぞ」

「……それは考え過ぎさ、トバル。人間、見たいように物事を見ちまうもんだからな」


見たい(・・・)よう(・・)()物事(・・)()見る(・・)……まあ、それはそうでしょうな」


 そう言って、トバルは肩をすくめた。


 それから二人は草原を抜けると、行きにも通ったアウィス大門を潜り抜けて、ペッカトリアの街へと足を踏み入れた。

 来るときは妙に小鬼の姿が少なかったような気がしたが、昼どきを迎え、彼らの行動も次第に平時の状態へと戻りつつある。

 みなドグマの姿を見ると愛想笑いを浮かべ、深く頭を垂れた。


 これが自分に対する相応しい態度だと、ドグマはふんと鼻息を荒くした。

 しかし、我が物顔で石畳をのしのしと歩いていたそのとき、


「……見ろよ、裸の王さ……」


 ひそひそとそんな言葉が聞こえた気がして、ドグマはクワッと目を見開いた。


「――いま言ったやつは誰だ!?」


 声がした方向を振り返り、怒声を響かせる。

 そして手近な小鬼を捕まえ、絞り上げた。


「てめえかあ!?」

「な、何の話でございやんすか……?」

「いま、俺を侮辱しただろう!? こ、小鬼風情が、ふざけやがって!」

「と、とんでもございやせん! 偉大なるドグマさまに向かって侮辱などと……」

「てめえらの腹の底はわかってるんだぜ! 俺に対する尊敬の気持ちなんて、これっぽっちもねえってことをな! てめえらはどうせ俺のことを、リルパの小間使いか何かだと思っていやがるんだろうが!」


 ドグマは、小鬼を思い切り放り投げた。空中に放物線を描いて飛んで行った小鬼は、建物に頭をガツンとぶつけ、白目を剥いて気絶する。


「俺に逆らうやつなんて、みんなこうしてやる! いいか、このペッカトリアの王はドグマさまだ!」


 しかし、どれほど威圧的な態度をとっても、周りの小鬼たちの目に浮かぶ嘲りの色は消えないどころか、ますます色濃くなっていく気がした。


(こ、こいつらの中に、フェノムの手下が紛れ込んでるかもしれねえ……小鬼の姿になって、俺の首を狙ってやがるのかも……)


 そう思えば思うほど、ドグマはますます疑心暗鬼に陥っていった。


「――あ、ボス!」


 そのときトバルの声が響き渡り、ドグマはハッと我に返った。


「ああ、す、すまねえな、トバル。取り乱しちまってよ――」

「ご無事で何よりですぞ! ――って、ああ!?」


 トバルは素っ頓狂な声を上げ、仰天した顔でドグマの足元を見つめている。

 彼の見ているものが気になり、ドグマも咄嗟に視線を落とした。


 ――そして、そこにもトバルがいることに気がつく。


「……え?」

「に、偽物! ボス、そいつはワシに化けた偽物ですじゃ!」

「何を馬鹿な! ワシはずっとボスと一緒におったんじゃ! 貴様こそ偽物じゃろうが!」


 二人のトバルが言い争いを始め、ドグマは混乱してしまった。

 こいつはいったいどういうことだ? いま、何が起きている……?


「……おい、ボス。こっちのトバルの言ってることが本当だぜ」


 そう言って物陰から現れたのは、スカーだった。

 彼は片足だけで器用にバランスを取りながら、いまこの場に現れた方のトバルを指差している。


「な、何だと……?」

「そっちのトバルは、メニオールの魔法で動く偽物さ。ボスに何かある前に、間に合ってよかったぜ」


 スカーは、傷のある顔を大きく歪めてそう言った。


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