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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
新時代の夜明け
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予期せぬ遭遇

 ギデオンは揺れる馬車から、ほとんどゴブリンたちがいないペッカトリアの街を眺めていた。


「こうしてみると、ここは寂れた辺境の街のようにも見えるな」

「その代わりに、ワタシの管理する区画の人口密度がすさまじいことになっているのデス」


 同乗するヤヌシスが、不平っぽい声で答える。群衆をかき分けて進むのに随分と時間がかかってしまったので、苛立っているのだろう。


「ただ、次第にあの熱気も落ち着くはずデスよ。ああいうのは、最初だけデス」

「……だといいが」


 ギデオンは溜息を吐き、いまの自分の姿をしげしげと眺めた。

 マスクを被り、足枷をつけた姿。どこからどう見ても奴隷だった。


 これからヤヌシスは、奴隷市に奴隷を売りに行く……もちろん、そういう建前で屋敷を抜け出したというだけの話だが。

 彼女の屋敷の周りを取り囲んでいたゴブリンたちの目をごまかすためには、こういう変装が必要だったのである。


 そうして、ペッカトリアを進む馬車がドグマの宮殿に到着したとき、太陽はほとんど真上に来ていた。

 ギデオンは荷台から降りると、ヤヌシスの方を振り返った。


「ここまで送ってくれて助かった。あと、この偽装もな」

「いえ、別に」

「土人形の件で、何か進展があったら教えろ。ソラが見つかれば、俺がどうにかしてやる」

「あなたは不思議な人デスね、ギデオンさん。数日前には、ワタシとは殺し合いをしたばかりだというのに。なぜ、いまは力添えをしてくれるのデスか?」

「何度も言わせるな。お前はあの楽園を守る義務がある」

「デスからその場所の保全も、本来あなたには関係のないことではないデスか。ランプルたちがどうなろうと、あなたの知ったことではないでしょう」


 それを聞き、ギデオンは眉をひそめた。

 答えづらい問いだと思ったからだ。


「……俺は人間が好きなだけだ。無垢で何の罪もない人間が傷つくのを放置するのは、俺の正義に反する」

「要するに、あなたは――」


 そこで口を閉じたヤヌシスを、ギデオンは訝しく思って睨みつけた。


「なんだ?」

「いえ、やめておくのデス。また怒りを買うことになるかもしれないので」


 ヤヌシスが御者の奴隷に命じて馬車を発進させたのを見届けてから、ギデオンはドグマの宮殿へと向き直った。


「おーい、ソディン!」


 門扉から庭を覗き込んで大声を出すと、庭の植え垣を切り整えていた一人のゴブリンが、顔を真っ赤にして駆け寄ってくる。


「き、貴様! 奴隷の分際で、恐れ多くもソディンさまを呼び捨てにするとは何事か!」

「あいつと約束がある」


 言いながらギデオンがマスクを取ると、そのゴブリンは目を白黒させて尻餅をついた。


「――ギデオンさま! ギデオンさまではございやせんか!」

「ああ、うん」

「ど、どうしてそのようなお格好を!?」

「普通にしていると、外を出歩けない」


 そう言って、またすぐにマスクを装着する。

 それを見るや否や、ゴブリンはさっと訳知り顔になり、勢いよく立ち上がった。


「……ああ、そうでございやんしょうとも! わかりやんすよ! わたくしめも、本当ならば朝の集会に参加したいと思っておりやんしたからね! すごい熱気だったのでは!?」

「アウィス大門のあの場に、あなたはいなかったのか?」


 言いながら、ギデオンは今朝の光景を思い出した。

 熱気どころか、あれは戦争でも始まったかのような狂乱ぶりだったが……。


「ええ……わたくしめどもはこの屋敷で忠実に職務をまっとうすべきだと判断いたしやんして。昨日の今日でまた何かあると、いくらドグマさまがこの上なく寛大なお方といっても、お怒りになるはずでございやんすよ……」

「いや、来なくてよかったよ。ひどい有り様だった」

「にもかかわらずこうしてお会いできたのは、きっと勤労なわたくしめにリルがお与えになったご褒美でございやんすね!」


 ゴブリンはキラキラと目を輝かせて、鉄の門扉ごしにギデオンの手をしっかと握った。


「わたくしめは、キャビロと申し上げやんす! ギデオンさま、わたくしめはキャビロでございやんすよ!」

「では、キャビロ――」

「――聞いたか!? おい、誰かいないのか!? いまギデオンさまが俺の名前を呼んだぞ!」


 キャビロは感極まった様子で、周りをきょろきょろと見渡した。もちろん、両手で、がっちりとギデオンの手を握ったまま。


「じ、実はキャビロ。俺は、ソディンに用があってきたんだが……」

「ソディンさま! ああ、愚かなソディンさまに、ギデオンさまはいったいどのようなご用向きがおありでございやんしょうか!?」

「愚かな……?」


 キャビロはそこで芝居がかった態度で涙ぐみ、ひそひそと声をひそめた。


「いまソディンさまは、地下の牢屋に閉じ込められておりやんす。もちろん、これは愛ゆえの教育でございやんすよ。慈悲深きドグマさまが、自らの子どもを憎らしく思うわけがありやせんからね……」


 それを聞き、ギデオンはさっと気色ばんだ。


「……あれから、ドグマがソディンを牢屋に入れたのか?」

「そうでございやんす……ソディンさまはご自分の非を認めず、ドグマさまもついに堪忍袋の緒が切れてしまいやんして」

「会わせてくれ」


 ギデオンがそう言ったときだった。



「……おい、てめえ、そこで何をやっている?」



 聞き覚えのある声がして、ギデオンはハッと背後を振り向いた。


 そこに立っていたのは、顔に大きな傷のある男――。

 あの謀略のハーフエルフ――メニオールが扮し、ギデオンがずっとスカーという囚人だと思い込んでいた人間の姿だった。


「なんだ、メニオールか?」


 ギデオンが何の気なしにそう言った途端、ふっと男の雰囲気が変わった。


「……メニオール? てめえ、いまメニオールと言ったか?」

「ああ、悪い……俺だよ。こんな格好をしているから、わからなかったか?」


 ギデオンはマスクを脱いで、顔を晒してみせた。


「ちょっといま、俺もあんたと同じように素顔を隠す必要があってな」

「……てめえは、メニオールが変装してたやつじゃねえか……」


 男が、ぼそりと呟く。


「え?」

「許せねえ……許せねえ許せねえ許せねえええ! 彼女が演じるのは、俺だけでいいんだよおおお!」


 男の青い目が狂気に揺れ、その瞬間ギデオンは、この人間がメニオールではないということにようやく気がついた。


(ってことは、こいつは本物の――!?)


 身体の奥にぞくりと悪寒が走ったあと、急激な『痛覚』の反応が走る。

 半ば自動的に死忘花の効力が発動し、痛みを肉体から消し去っていく。


 そのときギデオンは、本物のスカーの魔法を思い出した。

 

 ――『苦痛の腕』と呼ばれる、見えない四本の腕。


 スカーの舎弟、ラスティがコピーしたその腕で一度攻撃を受けたことがあるからこそ、即座にいまの「これ」が同様の魔法攻撃だとわかった。


 ギデオンは内臓が握りつぶされる感触に顔をしかめ、大きく後ろに飛び退った。


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