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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
新時代の夜明け
143/219

目覚め

 太陽が随分と上がってきたころ、巨人のドグマはフルールの城へ向かうために宮殿をあとにした。


 昨晩はほとんど眠れなかった。


 スカーの知らせたフェノムの反逆。

 姿を自由自在に変えられるという不穏分子の存在。

 夜中に訪れ、ドグマに微塵も敬意を払おうとしなかったギデオン……。


 あまりにも悩みは多く、ドグマはいまもずっと周りに警戒の目を向けていた。

 もう誰も信用できない……。


「……そう言えば、小鬼たちの話す噂を聞きましたか、ボス?」


 西のアウィス大門を抜けたそのとき、隣を歩くトバルが口を開き、ドグマは少しだけ胸のつかえが取れた気になった。

 いや、誰も信用できないと思ったが、このトバルだけは別だ。


 昨日本物だと確かめてから、トバルにはずっとドグマの自室にいさせた。

 男二人、ずっと一室にこもっているのは何とも気色の悪い話だったが、なにぶん事情が事情なので仕方があるまい。トバルにもきちんと現在の状況を説明して、納得させている。


 ドグマは内心の不安を悟られまいと、余裕のある声で答えた。


「小鬼どもの話? 何だい、そりゃあ?」

「ギデオンがリルパと良い仲になったということで、もちきりのようですな」

「そういや、ギデオンとリルパのことは、最初お前が伝えてきたんだったよな」

「ああ、そうでしたかな……? しかし、まさかこんなに早く結婚するというのは驚きましたわい」


 トバルはギデオンのことを話すとき、妙に嬉しそうにしていた。

 というのも、昨日ギデオンがやってきてドグマに刃向ったことは、このトバルにも知り得ぬ情報だったからだ。


 あのときは息子のソディンを折檻しているときであり、トバルはどちらかというとそういった争い事を嫌う性質であるがゆえに、宮殿の奥に引きこもってしまっていた。


「……俺はギデオンのやつが信用できねえが」

「そうですか?」

「リルパはこの世界の支配者さ。パートナーなんて必要ねえ。どうせ、リルパがまだ未熟なことを利用して、上手く取り入ろうとしていやがるんだろうが」

「う~む。彼は、そういう人間ではないと思いますがな」

「まだあいつがこの監獄に入ってきて、一週間も経ってねえんだぜ? 本性なんてわかるわけがねえよ。きっと、何か野心を隠してやがる」


 野心、とぼかして言ったが、それはドグマがずっと怯えていたことだった。

 自分に成り代わり、ペッカトリアの王になろうという存在の出現。


 十年ほどになるドグマの治世で、これは最大の危機と言っていい。


 しかもその座を脅かすのが、ギデオン一人ではない。

 示し合わせたように、フェノムまでもが行動を開始した。


(ああ、あの二人がつぶし合ってくれればいいんだが……いや、うまく立ち回ればそれもきっと可能だ……望みは絶対に捨てちゃいけねえ)


 ドグマはしぶとくこの監獄世界を生き抜いてきた。

 入っていた年数なら、フルールよりもさらに長い。


 二百年以上前にこの世界の大地を踏みしめて以来というもの、かつての野蛮な小鬼たちと戦いを繰り広げていたこともある。


(そうとも……フルールが現れてから、俺はあいつにへりくだってでも生き続けた。それで、結果はどうなった? あいつは呪いに倒れ、俺はこうやって笑ってる。最後に笑うのは、いつだって俺だってことを教えてやるぜ……)


 ドグマはフルールに対する敬意の「け」の字も感じないまま、彼女の眠る城へと足を向けた。

 歪な建物の前に、小鬼のメイドが立っている。


「おや、今日はトバルさまもご一緒でありんすか?」

「たまにはいいじゃろ? 象牙の受け渡しの邪魔はせんよ」


 トバルは能天気に笑い、ドグマの顔を見上げる。

 それを受け、ドグマも貫録たっぷりに口を開く。


「今日はペリドラへの報告が長くなりそうだ。色々といま、ペッカトリアは問題を抱えていてな。俺一人だと、口が疲れちまうだろ」

「ここは女の城。とはいえ、トバルさまなら問題なさんしょう。どうぞ、お入りください」


 メイドに先導され、ドグマは城へと足を踏み入れた。


 一階ホールに城のメイドたちがずらりと整列している様は、まさに圧巻と言っていい。


 ……恐怖の城。

 目の前の光景を見て、ドグマはいつも揶揄して使う言葉を思い出す。


 この城には、世界の純然たる力が集中し過ぎている。

 リルパ、フルール、そしてペリドラ。


 さらにここに並ぶメイドたちも、ペリドラが自分の後継者候補として、幼いころに才能を見出され、直接鍛え上げられた精鋭たち……。


 世間の常識とはまた違った価値観を身につけているため、一見するとどいつもこいつもとぼけているようにしか見えないが、一()当千の力を持つともっぱらの評判だった。


「ようこそ、ドグマさま」


 両脇にできるメイドたちの列の先に立つペリドラが、厳格な声を出した。


「ああ、ペリドラ……ひと月ぶりだ」

「ドグマさまはお変わりのない様子で何よりでありんす。しかし、この城には劇的な変化がありんした。主に、多くの喜ばしいことが」

「そうかい?」

「ええ。何よりもすばらしいことは、リルパが殿方をお見初めになったこと」


 その言葉を受け、周りのメイドたちがワッと歓声を上げた。


「アンタイオでありんす!」

「結婚でありんす!」

「これ、静かにしなんす! こほん……次は、リルパに力の覚醒が起こったこと」

「力の覚醒だって……?」


 ドグマは眉をひそめ、ちらりと足元のトバルを見やった。

 しかし、トバルも困惑した様子でこちらを見返してくる。


「アンタイオの血が、リルパに新しい力をもたらしなんした。これは、常々フルールさまも楽しみにされていた出来事でありんす」

「あ、新しい力だと……? あのリルパが、まだ強力になるっていうのか……?」

「もちろん。いまは新たな力を完全に自分のものとするため、お休みになっておりんす。しかし、すぐに目覚めて、その力をお披露目してくれることでありんしょう」


 朗らかにそう言うペリドラを前にして、ドグマはさっと青ざめた。


(なんてこった……これ以上、俺のペッカトリアに問題を持ち込むんじゃねえ――)



「……わたしの話?」



 ――そのとき頭上から声が響き、ドグマはぎょっとして上を見上げた。


 二階の吹き抜けになったバルコニーの手すりに、一人の少女がもたれかかっている。


 少女は何の衣類も身につけておらず、恥ずかしげもなく真っ白な肌を晒していた。

 そして、長く伸びた白い髪……。


 一種、幻想的ですらあるその少女を、最初ドグマはフルールかと思った。


「え、フルール……?」


 どうして起きている? あいつにかかっている眠りの呪いは?


「――おお、リルパ!」


 ペリドラが、感極まった声で叫んだ。

 それに追従するようにして、メイドたちがまたどっと歓声を上げた。


「わあ、リルパでありんす! 見違えなんしたよ!」

「背が伸びなんしたねえ! 前までわっちらとそんなに変わらなかったのに!」


 少女はクスクスと笑ってから、手すりを飛び越え、一階ホールにふわりと着地する。

 我先にとばかりに、一斉に飛び掛かろうとするメイドたちを押しのけ、ペリドラが彼女に抱きついた。それから、困惑顔を浮かべる少女の頬に何度も熱烈なキスをする。


「わあ、何するの!?」

「ああ、お目覚めになったのでありんすね! このペリドラが、どれほどリルパの身を心配したことか……」

「え、わたし、そんなに寝てた?」

「一日以上眠っていたのでありんすよ……」


 ペリドラは涙ぐみ、湿っぽい声を出した。


 こんなペリドラは見たことがない……。

 ドグマは呆気に取られながらも、目の前の状況を必死に整理しようとした。


(リルパだと……? あれが、リルパ……?)


 その少女は、ドグマの知るリルパの姿とはあまりにもかけ離れていた。

 リルパは、もっと幼い容姿をしていたはずだ……歳相応の見た目を……。


 しかし、いま「リルパ」と呼ばれる少女は、少なく見積もっても十五、六はありそうだった。


 最初、ドグマが彼女をフルールかと思ったのもそのためだ。

 いや、確かによくよく見ると、フルールというには少し幼すぎる気もするが……。


 ドグマは混乱しながら、フルールにしては幼すぎ、リルパにしては成長しすぎているその少女をじっと見つめていた。

 そうしているうちに、彼女は何かを探すようにきょろきょろと周りを見渡し、ぽつりと呟く――。


「――わたしのギデオンはどこ?」


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