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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
新時代の夜明け
141/219

リルパの攻略法

 部屋から出て少し行くと、ギデオンはヤヌシスの方をくるりと振り返った。


「……さっきの長弓兵の話はどういうことだ?」

「どういうこと、とは?」


 ヤヌシスは首を傾げて答えた。


「お前には魂が二つあるとかどうとか」

「人形のしゃべることデスよ。まさか、本気にしたわけじゃありませんよね」

「では、まったくの嘘偽りだと?」

「身に覚えのないことデス」


 そう言うヤヌシスは仏頂面だった。

 焦燥して何かを隠しているようにも、冤罪に憤っているようにも見える。両目を隠しているわりに感情を読み取りやすい女だが、流石にその奥に潜む思想まではわからない。


「……いま話した限りでは、彼らは正気を失っているというわけではなさそうだ。闇雲に誰かを襲うという感じじゃない」

「ええ。ワタシたちも、いまのところ害はないと考えています」

「捕まえたときはどうだ? 抵抗したか?」

「いいえ。あっさりとこちらの言うことに従いました」


 待っている、と先ほどの土人形は言った。待機するだけなら、別に庭で立っていても、屋敷の中で拘束されていても、違いはないということだろうか?


「一応、ランプルやララのような子どもは、庭とか土面の晒された場所で遊ばないように指示を出せ。彼らはいまのところ大人しいが、いつ豹変しないとも限らないわけだからな」

「わかりました」

「土人形の言葉を信じるなら、彼らの狙いはお前だ。あまり事態を甘く見るなよ」

「まさか、ギデオンさん? ワタシのことを心配してくださるのデスか?」


 そう言ってもじもじし始めたヤヌシスの胸ぐらを、ギデオンは絞り上げた。


「……くだらん演技をするなよ? お前には、ここで生活するみなに幸福を与える義務がある。その責務を放り出すのは許さないと言っているんだ」

「じ、冗談……冗談デスよ……」


 さっと顔を青くするヤヌシスを離し、ギデオンは回廊から中庭を見つめた。


「あとは、ペッカトリアがどう動くかだな。お前の報告を聞いて、ドグマがどういう判断を下すか」

「……ま、まあ、ボスはきっと喜ぶでしょうね。ソラが帰ってきたと知れば」

「二人は仲が良かったのか?」

「他の囚人に比べれば、という程度デスが……。フルールの仲間(パーティー)だった二人は、どちらもこのペッカトリアの発展を直に目に見てきた古株デス。きっと、そういう者たちにしかわかり得ぬ、絆のようなものがあるのではないデスか」


 しかし、その古株の一人であるはずのフェノムは、いまドグマに反抗の意を露わにしているという話ではないか。

 メイド長のペリドラは、彼らが争うことを無意味だと一笑に付した。頂点が定まっている以上、その下の抗争に意味はないと。


 しかしあの見るからに厳格な老ゴブリンは、その厳格さゆえに、ノスタルジアからやってきた囚人たちの中にある欲望を、正しく見定められていないのではないか。

 意味のあるなしで欲望を抑えられるのならば、そもそも囚人たちはこの監獄世界に送られていないだろう。


「そう言えば、お前はいつごろからこの監獄世界にいる?」


 ギデオンは、ふと気になって訊ねた。ドグマやソラを古株と呼ぶこの犯罪者の女は、いったいいつごろこの世界の土を踏んだのか、と。


「ワタシ? ワタシもそれなりには長いデスよ。ワタシが入ってほどなくフルールがリルパを生みましたから、十年か十一年ほどでしょうかね」

「それから、この区画に歓楽街を築いたってわけか?」

「そうなりますね。最愛なるメフィストのために」

「お前はリルパも、その邪神の供物にしようと考えているんだろ?」


 すると、ヤヌシスの周りの空気がひりつく。比喩表現ではなく、文字通り空気を操るこの女が、殺意を露わにして空気に力を込めたのだ。


 しかしギデオンが睨むと、すぐに我に返った様子で空気を弛緩させる。

 戦ってもどうせ前と同じ結果になる……そんなことは、流石に彼女にも理解できているようだった。


「じ、邪神ではありませんよ……メフィストは、決して邪な神ではありません……」

「呼び方などどうでもいい。お前は昔、リルパのところを何度も訪れていたそうだな? そのときに、彼女が供物としてふさわしいと睨んだわけか?」

「そんな物騒な……リルパはこの世界の象徴……それを供物などと」

「この間、お前は言っていたじゃないか。リルパをあの神殿に加える、と。正直を言うと、俺はいま、お前に期待しているんだがな」

「期待?」

「彼女は俺の目的を果たすために、この上なく邪魔な存在だ。排除できるものなら、それに越したことはない。お前は、リルパのことをどこまで知っている?」


 すると、ヤヌシスはハッと息を呑んだ。


「わ、ワタシをからかっているんデスね、ギデオンさん? 水を向けて反抗的な態度を引き出しておいて、あとでボスに報告するつもりでしょう……?」

「そんなことはしない。俺はドグマとそりが合わないと言ったはずだ」

「しかし……」

「俺が知っているリルパの力は、大きく分けて三つだ」


 言い淀むヤヌシスに構わず、ギデオンは強引に話を進めた。


「まず、フルールから受け継いだと言われている大地の力。次に、赤い紋章が浮かび上がった際、周りに放たれる圧倒的な絶望感。最後に、あらゆる悪意をはねのけるという『意膜』の存在……」


 項目を挙げる度、指を折っていく。


「俺は、彼女の力でもっとも厄介なのは、絶対防御を可能にする『意膜』だと思っている。これをどうにかしない限り、彼女に攻撃を加えることすらできない」

「ま、まさか、あなたは本気でリルパをどうにかしようと思っているのデスか……?」

「本気だとも。俺は不可能という言葉が嫌いだからな」


 それを聞き、ヤヌシスはじっと考え込んでいる様子だった。しばらくしてようやく口を開いたとき、彼女の声は震えていた。


「……手助けはできませんが、知っている情報を話すくらいなら……」

「十分だ」

「……彼女の振りまく絶望感の正体は、マナ中毒と呼ばれる症状デス。あの赤い紋章が浮かび上がったとき、リルパの身体からは、膨大な量のマナが溢れ出るのデスよ。瘴気と呼べるほど濃いマナを浴び続けると、心身に異常が起こることは知っているでしょう?」

「ああ、あれがそうなのか」


 ギデオンも、マナ中毒なる症状は聞いたことがあった。その昔、師が教えてくれたのだ。

 なるほど、机上で得た知識がこうして体験を伴うのはすばらしい。


 ギデオンの身体からも多くのマナが発せられているらしいが、いまから思えば、それを見たミレニアがぎょっと驚いていたのは、大量なマナに接するのが危険なことだと本能的にわかっていたからかもしれない。


「リルパの力も、既存の現象できちんと説明がつくということだな。やはり、ただ闇雲に恐れているだけでは駄目だ」

「説明できたところで、どうしようもないこともありますよ……彼女が本気を出すと身が凍る。それがわかって、どうしようと言うのデス?」


 言われてみるとそのとおりだったが、認めてしまうのは癪だった。ギデオンは、ヤヌシスを促すようにして言った。


「他に知っていることは?」

「あとは『意膜』デスが……あれは、あなたが言うような絶対防御というわけではないのデス」

「……何だと?」


 それを聞いて、思わず身を乗り出す。


「というのも、リルパは過去に傷を負ったことがあるのデスよ」

「いつだ?」

「彼女がまだ幼いころデス。ペッカトリアと東の街イステリセンの境に、巨大な峡谷があるのデスが、彼女はそこから落ちましてね。膝小僧を擦りむきました」


 そう言えば、リルパがウンディーネと戦う際、メイドのロゼオネがそんなことを言っていたような気がする。リルパは昔、崖から落ちて膝を擦りむいたと。


「ここで重要なのは、リルパが常軌を逸して丈夫だということではありません。確かに我々から見れば、崖から落ちたにしては軽傷で済んでいるとも見えますが……もっと注目すべきなのは、リルパも肉体の耐久値を越える衝撃を受ければ、きちんと傷を負うという事実デス」

「……確かにそうだな」

「『意膜』はリルパに対する悪意のみを弾き返します。つまりいかにリルパであろうとも、誰も意図しなかった事故に遭遇したり、行為者が不意に繰り出した一撃を受ければ、ダメージを負うのデスよ」

「しかし……意図せず攻撃を仕掛けると言うのはどうすればいい? 武術を極めた達人は無我の境地で戦えるようになるというが、まさかそういう無意識を身につけろとでも?」

「方法を確立させるのはもちろん難しいでしょうが、たとえばこんな状況ならいかがデス?」


 ヤヌシスは、声をひそめて言った。


「リルパがこの上なく大切に思っている人間を、誰かに攻撃されたときとか、ね? リルパはもちろん、その者を庇うでしょう。しかしそれは彼女を傷つけることを意図して繰り出された攻撃ではありませんから、きっと『意膜』は発動しない……」


 それを聞いて、ギデオンはハッと息を呑んだ。


「悪意が彼女に向いてさえいなければ、攻撃は通るということか……?」

「そういうことデス。そしてリルパが守らざるを得ない者の心当たりとして、ワタシは一人の魔女を知っています」


 ヤヌシスの言わんとすることを理解したとき、ギデオンは無意識のうちに渋面を作っていた。


「……なるほど、フルールか」

「ええ。あの城で眠り続ける大地の魔女は、リルパの急所になり得るとワタシは考えています」


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