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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
囚人都市ペッカトリア
14/219

巨人の宮殿

 四輪の幌付竜車を引く地竜を操る小鬼は寡黙だった。

 

 小鬼という種に興味を覚えたギデオンは、その小鬼と何度も会話を試みたけれども、彼は最低限度の会話しかしなかった。一応言葉が通じるので、意思疎通ができないわけではないらしいようだったが。


「小鬼には、小鬼の言葉があると聞きました。ここでは我々の言葉が共通語として用いられているのですか?」

「ああ」

「では小鬼とは、あなた方の言葉で何と言うのです?」

「『ゴブリン』だ」

「ゴブリン! ゴブリンはどのような生態なのでしょうか? つまり、その……繁殖するのでしょうか? やはり男がいて女がいるのですか?」

「そうだ」


「繁殖方法はどのような形態なのです? セックス? それとも……ああ、つまりこれはその、あなた方の身体は緑色なので、すごく気になりまして。種として植物に近いということはありませんか? 我々の世界では、植物の繁殖はおしべの飛ばした花粉がめしべに付着して起こる受粉という方法が一般的なのですが」


「メスの体内に直接、精を送り込む。俺たちは植物ではない」

「光合成もしない?」

「しない」

「……そうですか」


 ギデオンは肩を落とした。


「お前は変わったやつだ」


 しかし、その小鬼――郷に入ってはなんとやらの精神で言えば、そのゴブリン――が、急に話しかけてきて、ギデオンはパッと顔を輝かせた。


「よく言われます。ちなみに、光合成もできます」

「……え?」

「酸素を吸わなくても生きていけます。尊敬する方から『人間らしくしろ』と言われて、吸うようにしていますが」

「冗談の上手いやつだ」

「それが普通の反応ですよね」

「お前も普通の反応をしろ。ここに初めてくる日は、お前たち囚人奴隷はみんな暗い顔をしているのが普通だ。こんなにペラペラしゃべらない」


 そう言って、ゴブリンは後ろに座るハウルやミレニアを指差した。言われてみると、確かに彼らは、明るい顔をしているとは言い難かった。


「お前もあいつらのようにしていろ。俺たちが囚人奴隷と話すのは、命令するときだけだ」


 どうやら彼は寡黙というわけなのではなく、厳格に身分というルールを守っているだけのようだった。 

 ペッカトリアにある身分制は先ほど門番を務める囚人奴隷から聞いたばかりだが、その制度がここまで社会に根づいているとは。


「すみません。まだルールがわからなくて」

「そうだと思って、俺も今日は甘くしてやったんだ。これからは気をつけろ」


 定められたルールと、その遵守。


 すなわち彼らは、理性的な生活を営んでいるということになる。

 

 そのことに感動を覚えながらも、ギデオンは開拓者めいた過去の囚人たちがもたらした人間的な生活が、ゴブリンたちのそれまでの文化を破壊してしまったことに、若干の責任も感じてしまっていた。


 竜車の上からは、ゴブリンたちが街で生活する日常が見えた。市のような場所で見たことがない物が売っている者もいれば、その品物を片手に怒鳴っている者もいる。


 彼らは人間と同じだ。少なくとも、ツリーフォークよりはよほど人間らしい存在だった。



 ※



 ギデオンたちが連れて行かれたのは、屋根がドーム状をしている塔をいくつも備えた荘厳な宮殿だった。広大な敷地内の庭には、生垣が迷路のように植えられている。


 時刻は夕刻に差し掛かり、日が傾いてた。

 

 赤光の中、鉄格子の門の前で待ちながら中の様子を覗っていると、奥の宮殿から見知った男が出てくるのが見えて、ギデオンは一瞬で自分の気持ちが燃え上がるのを感じた。


 顔に大きな傷のある男。それはギデオンを出し抜き、見事逃走したあの囚人だった。


「スカーさま! 新入りをお連れいたしやんした!」


 急にあの寡黙だったゴブリンが猫なで声を出して、ギデオンを驚かせた。


「今回の新入りは少し様子が違うと申しやんすか……端的に申し上げやんすと、ナマイキでございやんす! 囚人奴隷として使うためには、しっかりと教育された方がいいかと!」

「てめえに言われるまでもなく、とっくに知ってるよ。こいつが生意気だってことはな」


 スカーと呼ばれた男は、ギデオンを見て顔を歪めた。笑っているらしい。


「おい、貴様ら! ほら、早くスカーさまに、この街でこき使っていただける新入りとして挨拶するんだよ!」


 豹変したゴブリンを無視し、ギデオンは格子越しにスカーへと近づいた。


「……また会ったな。言ったろ? 俺からは絶対逃げられない」

「随分遅かったじゃねえか。オレはお前らが来るのをずっと待ってたんだぜ」

「何だと?」


 ギデオンが不愉快さを隠そうともせずにいると、御者のゴブリンが、慌てて腰に巻いた地竜用の鞭に手を伸ばした。


「き、貴様! 身の程を知れとさっきあれほど言っただろうが!」

「てめえこそ身の程を知れ。このギデオンは、今日から一級身分の囚人だ」


 スカーがピシャリとそう言い放つと、ゴブリンは目を白黒させた。


「……へ?」

「てめえは身分が上のものに鞭を振るおうってのか? いい度胸をしてるじゃねえか」

「い、一級身分……? ――し、失礼いたしやんしたあ! しょ、初日からそのような待遇をお受けする方をこれまで見なかったものですから! そそそういえば! この方は確かに我々のことを気にかけてくださっておられやんした! それはもう、慈悲深い支配者の器で……」


 ゴブリンは、途端に媚びへつらうような態度でギデオンの前で手を揉み合わせた。


「おい、ギデオン。この小鬼を気が済むまで殴れ。ま、今回はそれでこいつの罪を帳消しにしてやってくれよ」

「何を言ってるのか知らないが、俺が殴りたいのはあんただけだ」

「そんな怖い顔をするんじゃねえよ。お互い不幸な誤解があったのさ」

「誤解だと?」

「ラーゾンはどうした?」

「死んだ。いや、正確にはいまから死ぬ」

「やつは何かしゃべったか?」

「何も? 聞く必要がない。あんただって下僕の言い分を聞こうとしないだろ?」


 ギデオンはそばのゴブリンに目をやり、またスカーに視線を移した。


「あいつは俺の呼んだ植物と混ざった。馬鹿なことをしたもんだ。自分から下僕になりにきたんだからな」

「そうか、あいつもついに人のキメラを作る気になったか。気の小せえやつだと思ってたが、自分を材料に使うとは、なかなかイカレたことを考えるじゃねえか」


 スカーは顔を歪めながら、何の問題もないと言わんばかりに、ギデオンの目の前で鉄格子の門を開いてみせた。


「ボスが会う。何度も言うが、誤解なのさ。オレはあそこに、馬鹿なラーゾンを止めに行っただけなんだよ。お前は怒ってるが、逆に感謝してほしいくらいだ」

「感謝だと? 蜂の巣にされて、感謝しろと?」

「あそこでオレに才能を示すことができたんだ。おかげで、お前はここでいい暮らしができる」


 スカーはそう言って手を伸ばし、馴れ馴れしい態度でギデオンの肩を叩こうとした。しかしギデオンは、その手をさっとかわす。


「……俺に触れるな。ラーゾンには付与魔法(エンチャント)が張りつけられていた。操られていたんだ。あれはお前だろ?」

「違うよ。なんなら、オレの力を特別に見せてやろうか? 友好の証にさ」


 スカーは腰元からナイフを取り出すと、躊躇なく自分の手首をかき切った。


 背後で、ハウルとミレニアが息を呑む音が聞こえた。


 勢いよく流れだしたスカーの血はポタポタと地面にしたたり落ちたかと思うと――今度は物事が逆転するかのように上昇を始め、またスカーの手首に戻っていく。驚くことに、次の瞬間には、すでに彼の手首には傷一つついていなかった。


「これがオレの魔法だ。こんな力でどうやって人を操る?」


 不敵な態度で肩をすくめるスカーに、ギデオンは大きく戸惑っていた。


(こいつは不死身か? いまのは、どういう魔法だ? まさかこいつも俺と同じように、あのゾンビ(・・・)()を使ってるのか? しかし、普通の人間が使えばただではすまないはず……)


 ギデオンは傷を再生させるために、特殊な植物を使っている。三頭犬に噛みつかれたり、蜂の魔物に刺されても平然としているのは、その植物の助けがあってこそだ。


(底知れないやつだ……こんなやつがここにはゴロゴロいるのか……)


 先ほどペッカトリアの門付近で見た仮面の男も相当の実力者に違いないし、ギデオンは改めて自分が落ちてきた地獄の恐ろしさを再確認した。


「ギデオン、わかるだろ? お前とオレがやり合っても、お互いが無駄に疲弊するだけだ。いいから、まずはボスの話を聞け」

「……竜車の中に、五人の怪我人がいる。ラーゾンのやつにやられてから応急処置はしたが、まだ意識が戻らない。何をするにも、彼らの手当てをしてからだ」

「いいぜ。おい、てめえ。いまから竜車を走らせて、中の囚人を医者に見せてこい」


 スカーはそれが当然とばかりに、ゴブリンを顎で使おうとする。


「あ、あの方たちも一級身分の囚人さまなので?」

「いや、あいつらは囚人奴隷だ。いまだけ特別さ。まだ誰のものでもないから、特例としてこのギデオンの所有物として扱うってだけだ」

「お願いします。彼らにはいま、安静にできる場所が必要ですから」


 ギデオンがそう言うと、ゴブリンは口をあんぐりと開け、驚愕の表情を浮かべた。


「どうかしましたか?」

「そ、そんな下の身分の者が使うような言葉をお使いになられるのは止めてください! し、示しがつきやせんから!」

「しかし……」

「おいギデオン、ここにはここのルールがある。逆に言えば、ルールがあるからここは成り立ってる。お前の良心を満たすために、ここの正義を否定する気か? そいつは偽善ってもんだ」


 そう言うスカーの顔をギデオンはしばらく睨みつけていたが、口惜しいことに彼の言葉には正当性があると認める他なかった。


「……お願いする。彼らを安静にできる場所へ連れて行ってくれ」

「かしこまりやんした、ギデオンさま!」


 ゴブリンはもともと大きな口を、それ以上やると顔が裂けてしまうのではないかと思うくらい横に伸ばし、満面の笑みになった。そして即座に踵を返すやいなや、大急ぎで竜車の方にすっ飛んでいく。


「囚人奴隷は、一級身分になったときに小鬼たちが取る態度の変化に驚くもんだ。小鬼たちは制度を徹底的に守る。誰かに対する個人的な感情よりも、役割の方を重視するわけだ」

「すばらしい種族だ」

「馬鹿なんだよ。だが、最近は知恵をつけ始めてる。この制度をおかしいと思う利口なやつらが現れてきてやがる」


 スカーに誘導されるかたちで、ギデオンたちは宮殿の内部へと案内された。入口から調度品まで、宮殿のものはあらゆるものが規格外に大きい――と思った矢先、階段だけが普通のサイズであることに気づく。


(そうか、ここはドグマとかいう巨人の宮殿。やつらは短足だからな……)


 二階に上がり、赤い敷物が敷き詰められた廊下を歩くと、行き止まりにあるアーチ門を刺繍の施された両開きのカーテンが遮っていた。


「ボス、新入りたちを連れてきた」

「おう、入れ」


 奥からしわがれた声が響いたことを確認してから、スカーはカーテンの片側をまくった。


「行け。この奥にボスがいる」


 ついにここの王に面会か。


 ギデオンは、自分の目的にようやく一歩近づくことができたと感じ、強い興奮を覚えていた。


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