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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
新時代の夜明け
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土人形

 ランプルはギデオンの手を引いて屋敷に入ると、中庭が見える回廊で振り返った。

 そして腰に手を当て、ギデオンの顔をじっと見つめる。


「……実はね? 最近、この屋敷に変な人が出るの」


 少女は、急にそんなことを言い出した。


「変な人?」

「そうよ。奴隷でもないし、小鬼でもない。もちろん、私たちみたいな混血児でもない。いまのところ悪いことはしないみたいだけど、気味が悪いったらないわ」

「いつからだ? 俺が来たときには、そういうやつが現れるようになってたのか?」

「ううん。一昨日くらいからよ。最初は、中庭に急に現れてね? ここでくつろいでる女の人が、奴隷に報告して排除してもらったの」

「排除って?」

「槍でこう、ブスッと」


 ランプルは、その様子を真似して見せた。


「だって話しかけてもわけのわからないことばっかり言って、違う場所に連れて行こうとしても嫌がるんだもの。侵入者とみなして攻撃するぞって言っても、『ええ、どうぞ』って。だから、槍で攻撃したのよ」

「それで、どうなった?」

「槍に刺されても、その人は死ななかったみたい。と言うよりも、最初から命がなかったのね。急に土になって崩れ落ちて、それっきり」


 それを聞いて、ギデオンは先ほど門番が言っていた「土人形」という言葉を思い出した。


「……まさか、それが土人形ってわけか?」

「そうそう。あ、もう聞いてた?」


 ランプルはきょとんとして言った。


「いや、さっき門番が言ってたんだよ」

「あ、そうなんだ。……でね? 土人形はそれ以来、お屋敷の色々なところに出るようになったの。何が目的なのかわからないけど……」


 まるで怪談の類だ、とギデオンは思った。何者かの魔法だろうか……。


「あなた、乱暴者でしょ? その土人形をやっつけて、もうお屋敷に出ないようにして!」

「槍で刺しても土に返るだけで、また現れるんだろ? 力でどうにかなる相手でもないと思うが」

「じゃあ、言って聞かせてよ。もう来るなって!」


 ランプルは勝手なことばかり要求してくる。


「……君が言っていたヤヌシスとの仲直りのチャンスっていうのは、このことか?」

「そうよ。ヤヌシスさまだって、あんなに不気味な土人形のことをよく思っているはずがないじゃない? あなたがそれを解決して、『ごめんなさい、この前のことはこれで許してください』って言ったら、きっとヤヌシスさまのご気分も晴れるに決まってるわ!」

「そいつはいい」


 ギデオンは肩をすくめた。


 あの異常性愛者の女のことなどどうでもいい――とはいえ、その土人形のことは少し気にかかった。何者かが、ヤヌシスに攻撃をしかけているのだろうか?


 彼女の周りにはこのランプルや、この間会ったララを含め、彼女がいなければ生きていけないような者がたくさんいるというのに……。


 気づいたとき、ギデオンは手を伸ばしてランプルの頭を撫でていた。指が彼女の額に生えた角に触れる。


「ひゃあ!? 何するのよ、くすぐったいわね!」


 ランプルは真っ赤になって叫んだが、しばらく頭を撫でられるがままにしていた。


「……あなた、乱暴者のくせに意外と柔らかい手をしているのね……?」

「別に俺は乱暴者じゃないよ。よく、誤解されるんだ」

「……ふーん」


 ランプルは赤い顔のまま、ギデオンをちらりと上目づかいで見つめる。


 その表情がどこか陰っているように感じて、ギデオンは彼女が不安な日々を送っているのだろうと思った。強がり、動じていないふりをしているが、この子はやはりまだ子どもだ。


「……その土人形というのは、どんなことを話す?」


 即座に決断し、そう訊ねる。


 その土人形がこの屋敷に出入りする目的を、まずは確かめる。そして、この狭い楽園に害をなす危険性があるのならば、排除しなければならない、と。


「『解放しろ』って、そう言うのよ。あとは『肉の檻』が何とか、お空・・がどうとか」

「解放しろ?」


 解放と聞いて咄嗟に思いついたのは、ヤヌシスが地下の神殿で供物として捧げている少年少女のことだった。彼らは時間を止められ、石化したまま暗い空間に閉じ込められている。


「誰を解放しろって言うんだ?」

「ヤヌシスさまを」

「ヤヌシスを?」


 ギデオンは眉をひそめた。


「ヤヌシスは自由に生きているだろ? いまさら、何から解放される必要がある?」

「そんなの、私にわかるわけないじゃない」


 ランプルは、ぶすっと頬を膨らませる。


「ヤヌシスは土人形の言葉を聞いて、何か心当たりがある様子だったか?」

「心当たりかどうかはわからないけど、あの人形を直接ご覧になった日から、あまりお部屋の外に出なくなったわ。それで、ずっとお部屋で泣いてるみたいなの」


 そこまで言って、ランプルはバツの悪そうな顔を浮かべる。


「で、でも、ヤヌシスさまが泣いているのは、土人形とは関係ないんだから! あなたのせいよ! あなたがした意地悪のせいでお顔があんなに腫れちゃって、それで泣いてるのよ!」

「わかった、わかった」

「なによその態度! ちょっと柔らかい手をしてるからって、あなたが乱暴者じゃないっていう証拠にはならないんだから!」


 言い募ってくるランプルをやんわりと手で制止しながら、ギデオンはじっと考えた。


 どうやらヤヌシスには何か隠し事があるらしい。

 あの性格のねじ曲がった女の身勝手で、この屋敷で生活する他の者たちが不安になっているのならば、それを許していていいわけがない。


「……ヤヌシスはいまも部屋にいるのか?」

「ええ、いらっしゃるわ」

「会わせてくれ。俺なら、彼女を元気づけられるかもしれない」


 無害を装って言ったが、やはりというか、ランプルは不審げな顔をする。


「信じてくれ、ランプル。俺は決してヤヌシスを傷つけるようなことはしない。むしろ彼女が困っていると聞いて、協力したいんだよ。君なりの言い方をすれば、『仲直り』だ」

「……ちゃんと、最初に謝るって約束できる?」

「できるよ。神に誓って」

「神……ふーん、メフィストさまに誓うって言うのね?」


 ランプルは、それで少しほっとしたようだった。

 もちろん、ギデオンの神はメフィストなどという邪神ではない。とはいえ、フォレースの定めるラヴィリントも信仰した覚えはないが。


「そしたら、ヤヌシスさまに会わせてあげるわ。ついて来て」


 そう言うと、ランプルはギデオンの手を引き、また回廊を歩き出す。

 ヤヌシスの部屋は、屋敷の三階にあった。


「ヤヌシスさま? お客さまをお連れしました」


 ランプルが扉をノックして言うと、しばらくして部屋の中からあの女の声が返ってくる。


「お客さま……? ――はあ!? そ、そうデスね!? 今日は確か、約束の日!」


 バタバタと物々しい音がしてから、勢いよく扉が開かれる。その途端、部屋の中から香水の甘い匂いが溢れ出した。

 百日草の香りだ。


「こ、これはこれはギデオンさん! よくぞいらっしゃいました!」

「……なんだ、意外と元気そうじゃないか」


 ギデオンは、ランプルに向けてぽつりと呟いた。


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