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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
新時代の夜明け
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英雄の凱旋

 翌朝、まだ辺りが薄暗いうちにギデオンが城を出ると、そこは荒野だった。朝霧の向こうに、ぼんやりとペッカトリアの都市壁が見える。


 昨夜のうちに、城は都市の西部という以前の位置に戻ったらしい。

 ペッカトリアに近づくにつれ、足元が荒野から草原に変わる。そこから目を凝らすと、西のアウィス大門の前に、多くのゴブリンたちが集まっているのがわかった。


 近づいてくるギデオンの姿を見つけるやいなや、彼らはどっと歓声を上げた。


「ああ、ギデオンさまだ! ギデオンさまがお戻りになったのだ!」

「ノズフェッカを救った英雄の凱旋だぞ! まだ寝ている者を叩き起こしてこい!」

「ギデオンさま、新婚旅行はいかがでございやんしたか!?」

「し、新婚旅行……?」


 ギデオンは、ゴブリンたちの勢いもさることながら、彼らの発した言葉に大きく戸惑った。


「もちろん、リルパとの新婚旅行でございやんす! ノズフェッカの温泉はいかがでございやんしたか!?」

「あそこは田舎でございやすし、のんびりできやんしたか!?」

「ま、待ってくれ! あなた方は何か誤解をしているぞ! 俺はリルパと結婚なんて――」

「こんなところでギデオンさまを足止めしているわけにもいかんぞ! 早く街に入ってもらい、みなにそのご尊顔を拝ませていただかなくては!」

「ああ、今日はなんとすばらしい日でございやんしょう! ギデオンさま、万歳!」

「万歳、万歳!」


 ゴブリンたちはギデオンの手を引き、大きく開け放たれていた門をくぐる。


 そこで待っていた光景に、ギデオンはまた目を剥いた。

 ペッカトリアの中も、ゴブリンたちで溢れている。石畳の道はもちろんのこと、建物や柱の上など、存在できる場所のほとんどがゴブリンたちで埋め尽くされ、みながこちらに歓喜の瞳を向けている。


 彼らの歓声は地鳴りと化し、街が揺れているのではないかと錯覚するほどだった。


 あまりの出来事に、ギデオンはしばらく呆然と固まっていた。

 どうやらリルパへの信仰が、何か間違った方向へと進んでしまっているらしい……。


「ギデオンさま、これよりどこへ向かうおつもりでございやんすか!?」


 そのとき、近くのゴブリンが必死の形相で大声を出した。

 それでハッとなったギデオンは、彼に大声を返す。


「ヤヌシスの屋敷だ! あの女のところへ行く必要がある!」


 周りの歓声で、会話も容易ではない。


「なるほど! ではそのように取り計らいやんしょう!」

「――え!?」

「みなのもの! 道を開けろ! ギデオンさまは歓楽街方面へと向かう!」

「朝っぱらからでございやんすかあ!? 流石は『英雄色を好む』という言葉のとおり、ギデオンさまはそちら方面にも断然、強いということでございやんすね!」

「ち、違う! 俺はヤヌシスに会いに行くだけだ!」

「道を開けろ! 道を開けろ! ギデオンさまのお通りだぞ!」


 頼んでもないのに、近くのゴブリンたちはギデオンを先導して進んでいく。

 しかし、溢れ返ったゴブリンたちの波をかき分けて進む行軍は、困難を極めた。


 ついに忍耐の尾が切れたギデオンは、跳躍して建物の屋根に飛び移った。そこにもゴブリンたちはいたが、下の道よりは随分とマシだと思った。


「――悪いが付き合ってられん! 俺はあなた方が思っているような人間じゃない!」

「何をおっしゃられやんす! ノズフェッカからの便りで、ギデオンさまの人となりは全て把握しておりやんすよ!」

「それは誤報だ! まず第一に、俺はリルパと結婚などしていない!」


 ギデオンは叫んでから、屋根伝いに走り出した。決して振り返る気はなかったが、背後から言葉が追ってくる。


「しかし、城の女中もそう言っていたと! あの城で直接リルパに仕える者たちの言葉でございやんすよ! 間違いございやせん!」


 どうやらあの調子のいいメイドたちが、ここより遠く離れた大地で、あることないこと言いふらした言葉が、こうしてこの街にも広まってしまっているらしい。


「当事者である俺が違うと言っているんだ! メイドの言葉より、俺の言葉を信用しろ!」

「みな、そんなに無遠慮に騒ぎ立てるのをやめないか! ギデオンさまは照れておられるのだ!」

「……ああ、なるほど、そういうことでございやんしたか! わたくしめどもは、確かに視野が狭くなっていたかもしれやせん!」

「照れているわけではない! いい加減にしろ!」


 ギデオンは、勝手に納得するゴブリンたちに叫び返すと、すし詰め状態の彼らをおいて逃走した。


 しかし、先ほど咄嗟に行き先を告げてしまったのが災いした。

 集団が見えなくなっても、後ろから凄まじい地鳴りが追いかけてくるのがわかる。


 歓楽街を飛び越え、その先にあるヤヌシスの屋敷に辿り着いたギデオンは、鉄格子ごしに門番へと助けを求めた。


「あ、開けてくれ! 俺は囚人のギデオンだ! 今日、ヤヌシスに会う約束をしている!」

「ギデオン……?」


 門番は訝しげな様子で、ジロリと無遠慮な目を向けてくる。


「そういった方のお約束があるとは、聞いておりませんね。いま、ヤヌシスさまに確認を取りますので、しばしお待ちを」

「悠長なことを言わないでくれ! 早くここを開けろ!」

「いま、この屋敷は警戒態勢を強めております。妙な土人形が発生しておりましてね。あなたが、精巧な土人形である可能性もあるわけですから」


 わけのわからないことを言う門番を前に、ギデオンは焦燥感でイライラした。


「いいから、入れてもらうぞ! 俺が来ることを伝えてなかったのは、ヤヌシスの不備だ! いまは、そっちのミスを考えてやれる猶予はない!」


 ギデオンは腕から蔦植物を伸ばし、門をよじ登った。


「き、貴様、何を!? おい、応援を呼べ! 侵入者だ!」

「貴様、やはり土人形だな!?」


 広大な庭に、ギデオンが降り立ったとき、


「――何の騒ぎなの!」


 甲高い声が聞こえ、門番たちがさっと青ざめた。


 振り返って見ると、そこにゴブリンと人間の混血少女――ランプルが立っていた。

 彼女は腰に手を当て、眉をきゅっと吊り上げている。


「ら、ランプルさま……実は、侵入者が……」

「ああ! あなた、この前ヤヌシスさまにひどいことした人じゃない!」


 ランプルはギデオンに気づくと、肩を怒らせて詰め寄ってくる。


「何なの!? またヤヌシスさまに意地悪しにきたってわけ!?」

「意地悪?」

「そうでしょ! ヤヌシスさまはあの日から、ずっと泣いてるのよ! あなたがした意地悪を思い出して、毎日心を痛めているに違いないわ!」


 ランプルは、これ以上悔しいことはないと言わんばかりに、地団太を踏んだ。


「なるほど、あのクズはしっかりと俺の忠告を守っているようだな」

「誰がクズよ! あなたみたいな乱暴者に、ヤヌシスさまのすばらしさがわかってたまるもんですか! ……あっ」


 怒り顔でギデオンを見上げていたランプルが、不意に勢いを失う。

 彼女は口元に手を当て、何かを考え込んでいる様子だった。


「どうした?」

「そうだわ、乱暴者! あなた、乱暴者でしょ?」


 ランプルは、急に瞳を輝かせてギデオンの足にすがりつく。


「ねえ、ヤヌシスさまと仲直りするチャンスをあげるわ! あなた、ヤヌシスさまのお役に立つのよ! そうすればきっとあの方も気分をよくして、泣き止んでくれるから!」


 それを聞いて、ギデオンは眉をひそめた。


「むっ……何よ、その顔! せっかく私がヤヌシスさまのために知恵を絞ってるっていうのに、あなたがそんな調子でどうするの? もとはと言えば、全部あなたが悪いのに!」


 そう言えば――と、ギデオンは、ここで生まれ育った子どもたちに、ヤヌシスがまともな思想教育を施していないことを思い出した。この幼い少女が、ヤヌシスを中心にしか物事を見られないとしても、それを責めるわけにはいかない。


 ここは楽園であり、ヤヌシスはその管理者なのだから。


「……そうだな、俺が悪かったよ。謝るから、許してくれ」

「そう、それでいいのよ」


 すると、ランプルは嬉しそうにニッコリと笑った。


「とにかく、ランプル。屋敷の中に行こう。そこで話を聞くよ」


 ギデオンは門の方を振り返りながら、そう言った。ゴブリンたちは、まだ押し寄せてきていない。


「あのう、ランプルさま……その者の対処はどうすれば……?」

「私に任せていればいいわ。知り合いだから」


 ランプルは困惑顔の門番たちに向かって、ふふんと得意げに鼻を鳴らす。


「で、では、ランプルさまのご来客ということでよろしいのですか?」

「そうよ、しつこいわね! ほら、行くわよ!」


 ランプルはギデオンの手を引き、大股で歩き出す。

 ギデオンは、慌てて門番たちに注文をつけ加えた。


「いまから、ゴブリンの大群がやって来るかもしれない。だが、俺はここには来ていないと言ってくれ……」

「はあ、わかりました……」


 ギデオンの懇願に、彼らは間の抜けた言葉を返した。


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