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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
反徒たちの前奏
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光の繭

 土煙を上げて、小さなボロ屋が移動している。

 建物の下部に据え付けられた四つの車輪で走るそれは、本気で走らせた竜車と同等の速度を常に維持できる魔法技術の塊だ。


 フルールの城……。


 遥か上空から、不格好極まりないその姿を見つけたギデオンは、憂鬱な気分で下降を開始した。


 リルパは目が覚めただろうか……? あの怪物の掌に戻らなければならないいまの状況に、心の底から気分が暗くなる。


「これはこれは、旦那さま。お帰りなさいまし」


 扉をくぐると、外から見ていてはとても想像できないほど広々としたロビーで、この城の老メイド長ペリドラがギデオンを出迎えた。


「街の様子はいかがでありんしたか?」

「フェノムには会えなかった。明日、また彼の屋敷に向かうことにする」

「さようでありんすか。しかし、フェノムさまがドグマさまに反旗を翻すとは考えられなさんす。きっと、ドグマさまは何か勘違いをされておりんすね」


 手紙の内容は、この城を発つ前にペリドラにも伝えていた。それを聞いても彼女は懐疑的な様子だったが、いまもその考えは変わらないらしい。


「あんたはあの二人のことをよく知っているのか?」


 ギデオンがそう訊ねると、ペリドラは目をすっと細めた。


「ええ、よく知っておりんすとも。どちらもフルールさまの下で働いておりんしたから」

「では、あんたがドグマとフェノムをそこまで信用する根拠はなんだ?」

「信用というより、単にお二人が争っても無駄という話でありんす。ペッカトリアはフルールさまの街であり、ドグマさまはその代行者という役柄でしかありんせん。その地位をめぐって争って、何の得がありんしょう?」


 ペリドラには、自分の仕える主に対する絶対的な信頼があるようだった。


「……フェノムはフルールと戦いたいがために、この監獄世界に来たと聞いた。二人は戦ったのか?」

「わっちの知る限りでは、ありんせんね。いくらフェノムさまに力があろうと、フルールさまに挑みかかるのは自殺行為というものでありんす。フェノムさまには、フルールさまとの戦いを回避するだけの優れた判断力があったということでありんす」

「それほどまでにフルールは強大な力を持っていたのか……」

「それはもちろん」


 ペリドラの目じりに皺ができる。昔を懐かしむかのように、彼女は続ける。


「この世界に枠組みというものがあるとするなら、フルールさまの強さはその枠組みのもっとも高い位置に存在すると、わっちは考えておりんす」

「……随分な評価だな。俺はリルパがそういう存在だと思っていたが」

「いえ、リルパはその枠組みから外れた存在でありんすよ」


 それを聞き、ギデオンはガンと強く頭を殴られたような気になった。


「流石にフルールさまとリルパを比べるわけにはいかなさんす。繭に入る前のリルパですら、フルールさまの力はとうに超えておりんしたから……」


 ペリドラのそんな言い方が、妙に引っかかる。


「……繭に入る前?」

「もうじき、リルパは『前夜繭』から羽化されなんすよ。もちろん、羽化というのは比喩的な表現でありんすが。旦那さま、どうぞこちらへ……」


 困惑するギデオンの手を引き、ペリドラはリルパの部屋へと向かう。

 扉が開け放たれたとき、そこにある光景にギデオンは目を見張った。


 ――光の繭。


 そう表現するしかない力の奔流が、部屋の中心で渦巻いている。

 リルパの姿はない――が、滑らかな繭状に見える光の奥に、うっすらと人影が見えた。


「まさか、あれがリルパか……?」

「そうでありんす。先ほどまで『前夜繭』の紋様が強く明滅し、嵐の日の稲光の如き激しさでありんしたが、いまは大分安定してきている様子でありんす。もうじき、新しい姿を見せてくれることでありんしょう」

「なんてことだ……」


 ギデオンは思わず呻いた。

 これまでのリルパですら手の付けられなかったというのに、いま目の前で新たに生まれ出ようとしている怪物からは、それすら遥かに上回る力を感じる。


もうじき(・・・・)()()明け(・・)なん(・・)()。そして、新しい時代が始まるのでありんしょう」


 急がなければならない。


 恍惚として繭を見つめるペリドラを脇目に、ギデオンはそんなことを考えた。

 早く象牙を手に入れなくては。全てが手遅れになる前に……。


「リルパの身に起こったことを聞けば、きっとフルールさまもお喜びになりんしょう。ああ、お目覚めになったあの方にこのことをご報告するのが、いまから楽しみでありんすよ」


 それから、ペリドラはギデオンに目を向けた。


「旦那さま、明日のご予定は?」

「明日?」

「明日、ドグマさまがこの城まで象牙を届けにきなんす。しかしその間、旦那さまには席を外していただかなくてはならなさんす」

「……なぜだ?」

「旦那さまの胸中には、まだ野心がありんすね。リルパを出し抜き、象牙を手に入れたいという野心が。しかし、そんなことをわっちが許可するわけにはいかなさんす」


 それを聞き、ギデオンはじっと老メイド長を見つめた。


「……あんたの許可が必要か?」

「もちろん。失礼ながら、たとえ旦那さまであろうとも、リルパとフルールさまのための象牙に手を出すというのなら、このペリドラは黙っておりなさんすよ」


 にっこりと笑いながら言うペリドラに、ギデオンは底知れぬ「何か」を感じた。この老ゴブリンは、やはり見た目以上の力を隠しているようだ……。


「……いや、そんな野心は、もうこれっぽっちもない。これほどの力を見せつけられて、逆らおうとするやつがいると思うか?」


 ギデオンはリルパの作る光の繭を指差し、心にもないことを言った。


「心配しなくても、明日は朝から出かける。さっきも言ったように、フェノムのところに行かなければならないし、その前にあのゴルゴン女のところに行く用事もあるからな」

「ゴルゴン女?」

「確か、ヤヌシスと言ったかな。あいつにゴルゴンの涙を溜めさせている。対石化症薬をつくる必要があってな」


 ギデオンがヤヌシスと戦ってから、明日が約束の四日目だった。

 ハウルの石化を解く魔法薬を師に作ってもらうために、その材料を調達に行かなければならない。


「ヤヌシスさまでありんすか……そう言えばあの方は一時期、この城に通い詰めていたときがありんしたね」


 それを聞き、ギデオンは眉をひそめた。


「そうなのか? なぜ?」

「リルパに興味があるご様子でありんした。あの方は、子ども好きでありんすから」


 子ども好きというか、単なる小児性愛の異常者だと思うが。

 そのとき、ギデオンはヤヌシスが戦いの最中に口にした言葉を思い出した。


――いずれはあのリルパもこの神殿に加えて見せましょう。神の子……そして、ああ……本当に『美しい』子……きっとメフィストも喜んでくれるはず――


 あの異常者は、自分の神への供物としてリルパを見ていた時期があったのだろうか?


 あえて困難な道を選び取ることこそが信仰だと言っていたヤヌシスの目には、リルパはメフィストへの崇拝心を表明するための、この上ない捧げものとして映ったのかもしれない。


「……なるほど。明日の話のネタが増えたな」


 ヤヌシスは、リルパのことをどこまで知っているのだろう? ひょっとすると、自分の知らないようなリルパの弱みを把握しているかもしれない……。


「警告しておきなんすが、旦那さま?」


 ひっそりと決意を固めるギデオンを、ペリドラはジロリと睨みつける。


「ヤヌシスさまはお美しい女性でありんしょうが、周りに誤解されるような行動は絶対に避けなんす。リルパの怒りがどれほど強いものになるかは、もはやわっちらにも想像がつきなさんすので……」

「ヤヌシスのその美しい顔とやらが、治っていればいいが」

「はあ?」

「この間、俺が随分と痛めつけてしまったからな」


 言いながら、ギデオンは自分がじっとりと汗をかいているのがわかった。


 リルパを包む力の渦――光の繭は、依然として部屋の中心で強い輝きを放っている。


次回より新章「新時代の夜明け」が始まります。


たくさんのブックマークや感想、評価ポイントをいただき、日々の更新の励みになっております! 本当にありがとうございます!

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