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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
反徒たちの前奏
131/219

癇癪

 ギデオンはメニオールとミレニアの二人と別れたあと、身体に浮遊樹を巻きつけると、ペッカトリアの上空へと舞い上がった。

 

 目的は、フルールの城への帰還――


 というのも、ギデオンがこの数日間でリルパとの間にあった出来事を話すと、メニオールは口の端を上げて、こう言ったのだ。


「リルパを味方につけた者が、この世界での勝者だ。あらゆる戦いは終わり、すべての小鬼が頭を垂れる。そういう意味じゃ、お前はいま、かなりいいとこまで来てるぜ」

「……何が言いたい?」

「リルパにイエスと言わせることができる人間が、いままではドグマの野郎しかいなかった。だが、これからはそうじゃないらしい……そういう話さ」


 そう言って、メニオールは目を細めてギデオンを見る。


「ま、待て、メニオール……彼女を意のままにすることなんて不可能だ」

「お前は何もわかっちゃいねえ。自分の立場も、女心ってやつもな」


 そうして、教会を追い出された。


 彼女たちはこれから地下を使って、ゴスペルという囚人の屋敷に向かうらしい。その囚人はペッカトリアにいくつも隠れ家を持っており、今後メニオールたちはそこに潜伏しながら街の状況をうかがうことにするという話だった。


(結局、俺が一番損な役回りだ……リルパのご機嫌伺いをやらなきゃいけないなんて)


 空からぐるりと郊外を見回しても、まだフルールの城は帰ってきていない。


 北に向かって飛ぼうとしたそのとき、眼下で空気を切り裂くような悲鳴が上がるのがわかった。凄まじい声量で、周りの大気が震えるようだった。


(……こんな時間に何を騒いでる?)


 目を凝らしてみたところ、どうやら何か揉め事が起こっているらしい。場所は、あの巨人のドグマの宮殿だった。

 ギデオンは事態の急を悟り、すぐさま降下して宮殿の庭に下り立った。


「――この役立たずのドラ息子があ!」


 ドグマが肩を怒らせて仁王立ちし、その足元に息子のソディンがうずくまっている。二人の周りをゴブリンたちが取り囲み、みな顔を蒼白にして震えていた。


 ドグマはソディンをぐいと立たせると、その頬に強烈な張り手を見舞った。


「てめえはあの馬鹿な母親に似て、根性も脳みそも小せえ! いつになったら巨人の誇りを身につけるってんだ! ああ!?」

「ごめん、ごめんよ、親父……」

「謝るんじゃねえ! 謝るくらいなら、きちんと小鬼の一匹くらい殺してみせろ!」

「お、俺にはできねえよ……」


 ソディンは目から大粒の涙をこぼしていた。


「おい、やめろ! 何をしている!」


 ギデオンはゴブリンたちの輪をかき分け、ドグマに近づいた。


「――ああ? てめえは……ギデオン?」


「ぎ、ギデオンさまだ!」

「本当だ、ギデオンさまだぞ!」

「ええ、この方がギデオンさまなのか!?」

 

ドグマが胡乱気な声を出したあと、間髪入れずにその周りでゴブリンたちが叫んだ。


「ギデオンさま! いまはリルパとノズフェッカにご旅行中だったはずでは!?」

「いや、飛んで帰ってきた」

「飛んで……き、聞いたか! ほら見ろ、ギデオンさまは飛べるのだ! 懐疑的な態度を取っていたやつ、少しは誰かを信用するということを覚えるがいい!」

「まさかその身を覆う雄々しき蔦が、ギデオンさまの翼でございやんすか!?」

「まあ、そんなものだ」


 ギデオンが手をさっと振ると、浮遊樹が枯れていく。


「おお、なんとすばらしい! わたくしめどもはいま、奇跡を見ているのでございやんすね!」

「ギデオンさま、万歳!」


「――やかましい!」


 そのときドグマが大声を出し、ゴブリンたちを震え上がらせた。

 ドグマは周りをギロリと一睨みしてから、改めてギデオンの方に向き直る。


「……おい、ギデオン。てめえ、どういうつもりだ?」

「どういうつもりはこっちの台詞だ。それは何をしている?」

「これか? これは馬鹿息子への教育だよ!」


 そう叫ぶと、またドグマはソディンに張り手を見舞う。


「やめろ! わけを話せ!」

「俺さまに命令しようってのか!? このペッカトリアの王である、ドグマさまに!」


 ドグマはソディンを放り出すと、ギデオンの方に大股で近寄ろうとして――少し進んだところで、ピタリと止まった。


「い、いや、まあ、後学のために教えといてやるか……てめえをぶちのめしても問題は解決しねえわけだしな……」

「気分を晴らしてからの方が、お前も話しやすいだろう。子どもを殴り足りないなら、俺を殴ればいいぞ」

「うるせえ! ここでは囚人同士のもめ事はご法度だ! ルールを決めたのは俺なんだから、俺が守らなきゃ誰も従わないだろうが!」


 ドグマは額に脂汗を浮かべて、そんなことを言い出す。

 彼の声は、少し震えているようだった。


「まあいいさ。それで何があった?」

「この馬鹿が勝手に、宮殿の小鬼どもに必要もねえ休みを与えやがったのさ! その結果、牢番がいなくなって、牢屋にとっ捕まえてた小鬼の一匹が逃げやがった!」


 ドグマは、ソディンを忌々しそうに睨みつける。


「……責任を取らせなきゃいけねえ。馬鹿息子にも、小鬼どもにもな。だからソディンには、罰としてそこにいる小鬼を一匹殺せって命令してるのさ。なのに、この馬鹿は『できない、できない』の一本調子だ」

「お前に似ず、よくできた息子じゃないか」

「……何だと?」

「それに、勇気もある」

「勇気? おかしなことを言うじゃねえか。こいつは昔から、てんで臆病者なのさ。見ろ、いまだって、せっかく大きく恵まれた身体を小さくして、泣きながらぶるぶる震えてやがる。そうとも、てめえの言うとおり母親に似たんだ」

「彼が本当に臆病者だったら、お前の恐怖に負け、意に介さぬ命令に従ってしまっていたはずだ。だが、ソディンはそうしなかった。彼は、ここにいるゴブリンを傷つけたくないと思っている。そのためには、お前の命令に背いて殴られたっていい気でいる。立派じゃないか」

「立派なものか! 家畜も屠殺できねえクズが」


「……家畜だと?」


 ギデオンは怒りでカッとなり、ドグマに詰め寄った。


「な、なんだ、てめえ! 俺に手を出そうってのか!?」

「取り消せ!」

「おい、てめえら、こいつを押さえろ! は、早くしろ!」


 ドグマが後ずさりながらそう言うと、ゴブリンたちはお互いに顔を見合わせてから、慌ててギデオンの身体に飛びついた。


「ギ、ギデオンさま! お気を確かにお持ちください! ドグマさまのおっしゃるように、わたくしめどもは卑しい家畜でございやんすよ!」

「そうでございやんす! 不出来な小鬼を教育いただく囚人さま同士が争う必要など、どこにもございやせん! 全てわたくしめどもの不手際でございやんす!」


「ゴブリンは卑しくもなければ、家畜でもなければ、不出来でもない! 俺たちと同じ人間だ!」


 ギデオンは燃える目でドグマを睨みつけた。


「俺はこの街に敷かれた不平等が気に入らない! 勝手と言われようと、価値観の押し付けと言われようと、俺は自分の正義でしか物事を見られない! 俺が教わった正義と、この街の正義は根本から違う!」

「り、理想主義者め! てめえのようなやつらは、いつも口では大層なことをほざくのさ! でも、現実はてめえらの思うようには動いちゃいねえ! 光が輝けば輝くほど、その影はより色濃くなる! てめえは理想だけを追って、現実が見えてねえんだ!」


「自分のために人を虐げる枠組みを作るのが、お前の言う現実か!」


「ギデオンさま、いけやせん! ドグマさまは、この世界のために――リルパのために必要な方でございやんす! 手出しすることは、リルパのご意向に沿わぬことでございやんす!」


 ゴブリンたちがギデオンを制止する。

 その間に、ドグマは慌てて宮殿の中に逃げて行った。

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