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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
反徒たちの前奏
128/219

新たな同盟

 場所は、多くの神々が天井から見下ろす教会……。

 そこで待っていたミレニアと、自分をここまで連れてきたメニオールの二人から話を聞くのに、一時間以上かかった。


 陰謀。暗躍。水面下で蠢く黒い力――そんな話が一段落したところで、ギデオンは眉間に手をやり、大きく息を吐いた。


 この監獄世界にやってきてから、ずっと自分が間違ったものの見方をしていたことを知り、途方にくれてしまう。


 メニオールがスカーを演じながら、ドグマに敵対する勢力を追っていたということ。

 そして、何より――


「……つまり、ギデオン。さっきお前が森に叩き落としたあのストレアルって騎士は、陰謀の渦中にあるミトラルダ殿下を連れ戻しにきたってわけさ」


 メニオールの言葉を聞き、ギデオンは顔を上げてミレニアを見つめた。


「……驚いた。君はフォレースの姫君だったってわけか」

「否定はしません……」

「嘘だと言われた方がほっとするよ。大変な事態だ」


 そう言ってから、ギデオンはメニオールの方に向き直る。


「どうしてもっと早く教えなかった? 知っていれば、俺はもっと力になれたのに」

「殊勝なことをいうじゃねえか。お前は象牙のことで頭がいっぱいだったろ?」

「俺のことは何でもお見通しか? じゃあいま俺が何を考えているかわかるか?」

「もちろん、わかるさ」


 メニオールは肩当てに同化させている無貌種(シェイプシフター)を操作し、スカーの顔を作る。これが彼女の力なのだという。

 メニオールの肩から突然生えた顔に、ギデオンは思わずぎょっとした。


「弱みを利用されて、いいように動かされていたこと――それに対してイラついてる」

「そうさ。俺は常々スカーという男を鬱陶しく思っていたが、それはそっくりそのまま、いまのあんたへの感情ってわけだ」


 この世界に来て、いきなり襲撃を受けた。その後、文字通り蜂の巣にもされた。


 それをスカーではなく、メニオールがやっていたというだけの話だ。

 スカーという男が溶けて目の前からいなくなったからといって、彼に向けていた不信感が消えるわけではない。


「報いを受けるときがきたわけだ、メニオール。この世界を欺いてきたツケを払うときがな」

「アタシのことをどう思おうと勝手だがな。もっと視野を広げて物事を見てみろ。お前だって立場は似たようなもんなんだぜ」

「……何だと?」

「お前は誰のおかげでいまの地位を得た? スカーの推薦だ。偽物のスカーのな」


 それを聞き、ギデオンは顔をしかめた。


「……俺は別に、こんな監獄世界のルールなんてどうだっていい。ドグマが改めて敵に回るというなら、戦うだけだ」

「お前の強さは買ってる。だが、もっと頭を使え。一人でできる戦争の規模なんて、たかが知れてるさ。味方は増やしておくにこしたことはないだろ?」

「あんたとまた組めってか?」

「それもあるが、同じようなやつらがいるのさ。さっき話したゴスペルってやつも、これから疑われることになるだろう。だが、ゴスペルはこれまで比較的良識派で通っててな。あいつの推薦を受けて一級身分に昇格したやつらは多いのさ。つまり、そいつらもまた疑惑の対象ってわけだ。そういうやつらを上手く抱き込めれば、ペッカトリアの勢力図は大きく変わる」


 ギデオンは、メニオールをじっと見つめた。顔や声こそ違えど、やはりいままで接してきたスカーの中に、彼女がいたのだと実感する。このハーフエルフは、随分と謀略に長けているらしい……。


「……この教会の墓地には、あんたの墓がある。それは知ってるか?」


 ギデオンがそう言うと、メニオールはかたちのいい眉を片方だけくいと上げて見せた。こういう表情の変化の大きさは、スカーのときにはなかったものだが。


「それがどうした?」

「あんたが死んでしまったものだから、この監獄に入る前にもらった情報の対価を払えていなかっただろ。だからこの前あんたの墓参りに来たとき、約束したんだ。ここで稼いで、未払い分をまた持ってくるってな」

「じゃあ、そいつを今日は持ってきたのか?」

「いや、俺はいまだに一文無しだ。他のもので払う」


 素直に物事を切り出せずにいるギデオンの意図をくみ取ったのか、メニオールはそこでニヤリと笑った。


「……悪いが、もうフォレース金貨じゃ済まないぜ。ペッカトリアでは、いま物価が上がってるからよ」

「あんたに協力する。多分、それが賢明なんだろう」


 ギデオンは観念した気になって、肩をすくめた。


 様々なことを考えてみて、彼女と争うのは得策ではないと判断したのだった。知恵比べではとても敵わないだろうし、力でねじ伏せようにも、いまその理由がない。


 それに、彼女にも彼女なりの信念があったのだ。何より、何の罪もないミレニアを守ろうとする人間が、悪人だとはどうしても思えなかった。


「一つ聞かせてくれないか?」


 と、ギデオンはそこで切り出した。


「いいぜ。答えられることなら答えてやる」

「俺は監獄に入る前に、あんたのことを色々と調べた。確かあんたの罪状は、他国から亡命してきたエルフの殺しだった。そのエルフはまっとうなルートでは手に入らないような珍しい品物を多数取り扱う商人で、密輸で私腹を肥やしているとか囁かれていたはずだ」

「……だから?」

「あんたは、何でそのエルフを殺したんだ? 俺は、あんたが根っからの悪人だとは思えない。もちろん、だからこそこの監獄の案内人として白羽の矢を立てたわけだが」

「……お前が期待しているような解答はしてやれねえな。そいつとは単に、折り合いがつかなかっただけさ」


 メニオールは自分の耳を指差して示した。純粋種ほどではないが、特徴的な尖り方をしている耳だ。


「半端物に対する差別なんてものは、どこの世界にでもある。アタシは、それが我慢できなくなった。それだけさ」

「しかし――」

「お前は、どうして象牙を欲しがる? 答えられねえだろ? それと同じだ」


 メニオールは、ギデオンの言葉を遮って言った。


「俺は妹を救うために象牙が欲しい」

「……何?」

「俺の半身……いや、俺の全てと言ってもいい妹だ。その妹が呪われている。それを取り除くために、象牙が欲しいんだ」


 正直にギデオンが告白すると、メニオールはジロジロと訝しそうな目を向けてきた。


「……いったい、どういう心境の変化だ?」

「あんたと腹を割って話したくなった。信用を得るために、自分のことを話す必要があると思っただけだ。要するに、あんたに期待しているんだ。俺は偉大な師から、行動の拠り所とすべき正義を教わった。あんたも、それに近いものを持ってるんじゃないかって」

「……甘いやつだ。呆れたぜ。どうやらお前は、アタシが考えていたよりも、ずっと頭の悪いやつみてえだな……」

「俺は答えたぞ。次は、あんたが答える番だ」


 すると、メニオールは降参とばかりに、両手を小さく上げて見せた。


「わかった、言うよ。アタシがそのエルフを殺したのも、妹のためだ。お前と同じだよ」

「おい、ふざけるなよ!」

「ふざけてなんかいねえさ。本当のことだ」


 飄々とうそぶくメニオールを見て、ギデオンは腹が立った。こちらが誠意を見せても、相手がそれにきちんと応えていないように感じたのだ。


「……本当のことだと思います」


 そのとき、ぽつりとミレニアが呟いた。


「本当のこと?」

「……はい」

「性別から何から隠して、別の人間のふりをして生きてたこんなハーフエルフの言うことを信用するのか?」


 ギデオンは半ば茶化すようにして言ったが、当のメニオールが鋭い目でミレニアを睨みつけているのを見て、おやっと思った。


「……ミレニア。てめえ、何を知ってやがる?」

「あ……い、いえ……」

「さては、ゴスペルの馬鹿に何か吹き込まれやがったな? あいつにからかわれたのも知らず、与えられた情報を鵜呑みにしているってわけだ」


 そう言い終わる前に、メニオールはミレニアの胸ぐらを掴み、ぐいと引き寄せた。


「……てめえが何を教えられたか知らねえが、そんなものはもう忘れろ。わかったな?」

「は、はい……」

「おい、何をしてる! 一国の姫君に対して、無礼だと思わないのか!」

「一国の姫君ね」


 メニオールはギデオンの方を一瞥して、ふんと鼻を鳴らした。


「世間知らずの常識知らず。()()庇護(・・)()失い(・・)()放り出された(・・・・・・)あと(・・)()お姫(・・)サマ(・・)なんてそんなもんだ。きちんと躾けてやるのも優しさってものさ」


 メニオールはそう言ってようやく手を離したが、しばらくミレニアは顔を蒼白にしていた。


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