新たな同盟
場所は、多くの神々が天井から見下ろす教会……。
そこで待っていたミレニアと、自分をここまで連れてきたメニオールの二人から話を聞くのに、一時間以上かかった。
陰謀。暗躍。水面下で蠢く黒い力――そんな話が一段落したところで、ギデオンは眉間に手をやり、大きく息を吐いた。
この監獄世界にやってきてから、ずっと自分が間違ったものの見方をしていたことを知り、途方にくれてしまう。
メニオールがスカーを演じながら、ドグマに敵対する勢力を追っていたということ。
そして、何より――
「……つまり、ギデオン。さっきお前が森に叩き落としたあのストレアルって騎士は、陰謀の渦中にあるミトラルダ殿下を連れ戻しにきたってわけさ」
メニオールの言葉を聞き、ギデオンは顔を上げてミレニアを見つめた。
「……驚いた。君はフォレースの姫君だったってわけか」
「否定はしません……」
「嘘だと言われた方がほっとするよ。大変な事態だ」
そう言ってから、ギデオンはメニオールの方に向き直る。
「どうしてもっと早く教えなかった? 知っていれば、俺はもっと力になれたのに」
「殊勝なことをいうじゃねえか。お前は象牙のことで頭がいっぱいだったろ?」
「俺のことは何でもお見通しか? じゃあいま俺が何を考えているかわかるか?」
「もちろん、わかるさ」
メニオールは肩当てに同化させている無貌種を操作し、スカーの顔を作る。これが彼女の力なのだという。
メニオールの肩から突然生えた顔に、ギデオンは思わずぎょっとした。
「弱みを利用されて、いいように動かされていたこと――それに対してイラついてる」
「そうさ。俺は常々スカーという男を鬱陶しく思っていたが、それはそっくりそのまま、いまのあんたへの感情ってわけだ」
この世界に来て、いきなり襲撃を受けた。その後、文字通り蜂の巣にもされた。
それをスカーではなく、メニオールがやっていたというだけの話だ。
スカーという男が溶けて目の前からいなくなったからといって、彼に向けていた不信感が消えるわけではない。
「報いを受けるときがきたわけだ、メニオール。この世界を欺いてきたツケを払うときがな」
「アタシのことをどう思おうと勝手だがな。もっと視野を広げて物事を見てみろ。お前だって立場は似たようなもんなんだぜ」
「……何だと?」
「お前は誰のおかげでいまの地位を得た? スカーの推薦だ。偽物のスカーのな」
それを聞き、ギデオンは顔をしかめた。
「……俺は別に、こんな監獄世界のルールなんてどうだっていい。ドグマが改めて敵に回るというなら、戦うだけだ」
「お前の強さは買ってる。だが、もっと頭を使え。一人でできる戦争の規模なんて、たかが知れてるさ。味方は増やしておくにこしたことはないだろ?」
「あんたとまた組めってか?」
「それもあるが、同じようなやつらがいるのさ。さっき話したゴスペルってやつも、これから疑われることになるだろう。だが、ゴスペルはこれまで比較的良識派で通っててな。あいつの推薦を受けて一級身分に昇格したやつらは多いのさ。つまり、そいつらもまた疑惑の対象ってわけだ。そういうやつらを上手く抱き込めれば、ペッカトリアの勢力図は大きく変わる」
ギデオンは、メニオールをじっと見つめた。顔や声こそ違えど、やはりいままで接してきたスカーの中に、彼女がいたのだと実感する。このハーフエルフは、随分と謀略に長けているらしい……。
「……この教会の墓地には、あんたの墓がある。それは知ってるか?」
ギデオンがそう言うと、メニオールはかたちのいい眉を片方だけくいと上げて見せた。こういう表情の変化の大きさは、スカーのときにはなかったものだが。
「それがどうした?」
「あんたが死んでしまったものだから、この監獄に入る前にもらった情報の対価を払えていなかっただろ。だからこの前あんたの墓参りに来たとき、約束したんだ。ここで稼いで、未払い分をまた持ってくるってな」
「じゃあ、そいつを今日は持ってきたのか?」
「いや、俺はいまだに一文無しだ。他のもので払う」
素直に物事を切り出せずにいるギデオンの意図をくみ取ったのか、メニオールはそこでニヤリと笑った。
「……悪いが、もうフォレース金貨じゃ済まないぜ。ペッカトリアでは、いま物価が上がってるからよ」
「あんたに協力する。多分、それが賢明なんだろう」
ギデオンは観念した気になって、肩をすくめた。
様々なことを考えてみて、彼女と争うのは得策ではないと判断したのだった。知恵比べではとても敵わないだろうし、力でねじ伏せようにも、いまその理由がない。
それに、彼女にも彼女なりの信念があったのだ。何より、何の罪もないミレニアを守ろうとする人間が、悪人だとはどうしても思えなかった。
「一つ聞かせてくれないか?」
と、ギデオンはそこで切り出した。
「いいぜ。答えられることなら答えてやる」
「俺は監獄に入る前に、あんたのことを色々と調べた。確かあんたの罪状は、他国から亡命してきたエルフの殺しだった。そのエルフはまっとうなルートでは手に入らないような珍しい品物を多数取り扱う商人で、密輸で私腹を肥やしているとか囁かれていたはずだ」
「……だから?」
「あんたは、何でそのエルフを殺したんだ? 俺は、あんたが根っからの悪人だとは思えない。もちろん、だからこそこの監獄の案内人として白羽の矢を立てたわけだが」
「……お前が期待しているような解答はしてやれねえな。そいつとは単に、折り合いがつかなかっただけさ」
メニオールは自分の耳を指差して示した。純粋種ほどではないが、特徴的な尖り方をしている耳だ。
「半端物に対する差別なんてものは、どこの世界にでもある。アタシは、それが我慢できなくなった。それだけさ」
「しかし――」
「お前は、どうして象牙を欲しがる? 答えられねえだろ? それと同じだ」
メニオールは、ギデオンの言葉を遮って言った。
「俺は妹を救うために象牙が欲しい」
「……何?」
「俺の半身……いや、俺の全てと言ってもいい妹だ。その妹が呪われている。それを取り除くために、象牙が欲しいんだ」
正直にギデオンが告白すると、メニオールはジロジロと訝しそうな目を向けてきた。
「……いったい、どういう心境の変化だ?」
「あんたと腹を割って話したくなった。信用を得るために、自分のことを話す必要があると思っただけだ。要するに、あんたに期待しているんだ。俺は偉大な師から、行動の拠り所とすべき正義を教わった。あんたも、それに近いものを持ってるんじゃないかって」
「……甘いやつだ。呆れたぜ。どうやらお前は、アタシが考えていたよりも、ずっと頭の悪いやつみてえだな……」
「俺は答えたぞ。次は、あんたが答える番だ」
すると、メニオールは降参とばかりに、両手を小さく上げて見せた。
「わかった、言うよ。アタシがそのエルフを殺したのも、妹のためだ。お前と同じだよ」
「おい、ふざけるなよ!」
「ふざけてなんかいねえさ。本当のことだ」
飄々とうそぶくメニオールを見て、ギデオンは腹が立った。こちらが誠意を見せても、相手がそれにきちんと応えていないように感じたのだ。
「……本当のことだと思います」
そのとき、ぽつりとミレニアが呟いた。
「本当のこと?」
「……はい」
「性別から何から隠して、別の人間のふりをして生きてたこんなハーフエルフの言うことを信用するのか?」
ギデオンは半ば茶化すようにして言ったが、当のメニオールが鋭い目でミレニアを睨みつけているのを見て、おやっと思った。
「……ミレニア。てめえ、何を知ってやがる?」
「あ……い、いえ……」
「さては、ゴスペルの馬鹿に何か吹き込まれやがったな? あいつにからかわれたのも知らず、与えられた情報を鵜呑みにしているってわけだ」
そう言い終わる前に、メニオールはミレニアの胸ぐらを掴み、ぐいと引き寄せた。
「……てめえが何を教えられたか知らねえが、そんなものはもう忘れろ。わかったな?」
「は、はい……」
「おい、何をしてる! 一国の姫君に対して、無礼だと思わないのか!」
「一国の姫君ね」
メニオールはギデオンの方を一瞥して、ふんと鼻を鳴らした。
「世間知らずの常識知らず。国の庇護を失い、放り出されたあとのお姫サマなんてそんなもんだ。きちんと躾けてやるのも優しさってものさ」
メニオールはそう言ってようやく手を離したが、しばらくミレニアは顔を蒼白にしていた。




