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監獄ダンジョンと追放英雄  作者: ゆきのふ
反徒たちの前奏
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火蓋

 ここの囚人たちはやはりおかしい。


 先日、晴れて一級身分の囚人となったテクトルは、そのことを改めて実感していた。


 みな、この監獄から出て行こうとしないのだ。囚人の中には、とっくに刑期を終えている者もいるにもかかわらず、だ。


 やつらは元いた世界(ノスタルジア)で爪はじきにされていたせいか、こちらの空気が合うのかもしれない。この監獄世界にいれば、大勢の奴隷を従え、美味いものを食べ、何不自由ない生活を送ることができる。


 しかし、狂人ばかりが集うこの地では、常に身の危険は隣り合わせだ。

 テクトルが一級身分の囚人の地位を望んだのは、この監獄から出るためだった。


 収監されて五年目になるテクトルの刑期は、もともと三年。外の世界でつるんでいた兄弟分の尻拭いをするため、彼の罪を被って落ちてきた。


 たった三年の我慢――それこそが大きな思い違いだった。

 この監獄に入った時点で、あらゆる人間の権利は奪い去られる。一級身分の囚人の生活を支える奴隷に成り下がり、刑期など無視されてしまうのだ。


 囚人たちは自分たちの奴隷を管理することで、自ずとここで看守の役割を務めることになる。

 彼らの奴隷が、ここを抜け出しても行くところはない。森で魔物に食われるか、運よくピアーズ門までたどり着いても、普段そこは固く閉ざされている。


 唯一チャンスがあるとすれば、外から新入りたちが収監される際、一緒に入ってくる本物の刑務官に接触することだが、彼らもここのルールを理解しており、囚人の持ち物である奴隷を許可なく帰そうとしない。


 ゆえに、この世界からおさらばするためには、まず誰の所有物でもない一級身分の囚人になる必要があるのだった。


 街の門番を務めていたテクトルが、前回の新入りたちを出迎えたのが四日前。つまり、次の新入りが入ってくるのは三日後だ。

 その日、テクトルは晴れてこの呪われた地を出ていく。


 もちろん、この計画を他の囚人たちに知られるわけにはいかない。彼らは囚人であると同時に、この監獄の看守なのだから……。


 テクトルがそんなことを考えていたときだった。

 入り口のノッカーを、コツコツと叩く音が聞こえた。


(……こんな時間に誰だ?)


 窓から差し込む光は赤く、もう日は傾きかけている。

 ひょっとすると、また小鬼たちの誰かが引っ越し祝いやら昇進祝いやらを持ってきたのかもしれない。


 彼らの案内でこの質素な住まいを得てからというもの、連中は喜びの言葉を携え、ひっきりなしにやってきた。


 囚人奴隷として、これまで彼らからもこき使われていた身としては複雑な気持ちだったが、立場が逆転したいま、過去のことは綺麗さっぱりと不問にしようと思った。どうせ、自分はすぐにここから出ていく身なのだから。


「誰だ?」


 扉に近づいて声を返す。

 すると、ノックの音がやみ、甲高い猫撫で声が聞こえた。


「テクトルさまの忠実な手足でございやんす! 昇進されたと聞き、隣の区からやってまいりまして! ご挨拶が遅れてしまって申し訳ございやせんが!」


 やはり、思ったとおり小鬼だ。まあ、他の囚人たちでない分、いくらかマシだろう。

 テクトルは扉を開き、小鬼に向き合った。


「祝儀は間に合ってるよ」

「ああ、そんなことをおっしゃらずに! ほんの、ほんのお気持ちですから……」


 言いながら、小鬼は家の中に入ってこようとする。彼の後ろには、台車に乗せられた大きな木箱があった。


「それが贈り物ってわけかい? 中身は何だ?」

「それは見てのお楽しみというところでございやんすよ……」


 そのときテクトルは、家の前の通りがシンと静まり返っていることに気が付いた。


「あれ? 他の小鬼たちはどこにいったんだ? この区は、こんなに静かじゃなかったと思うんだが」

「多くは中心部へと行っているのでございやんしょう。我々小鬼たちにとって、とても喜ばしいことがあったのでございやんす」

「お前は行かなくていいのか?」


 そう訊くと、その小鬼は奇妙なほどにっこりと笑って答えた。


「……わたくしめには、大事な仕事がございやんすよ。このお荷物を、テクトルさまにお届けするという任務がね」

「別の日でもよかったのに」


 言いながら、テクトルはその小鬼と一緒に部屋の中へと入っていった。

 それから、運び込まれた箱を開く。


 そこにあったのは、銀色に輝く立派な彫像だった。彫像は、このペッカトリアを支配するドグマを象っていた。


「……いい作りだ。すばらしいよ」


 内心では、まったくありがたくもなんともなかったが、せっかく小鬼たちが自分のために用意してくれた彫像だ。無下にするのも悪いだろう。


「そうでございやんしょう? 実はこれは、ミスリル・・・・でできているのでございやんすよ」


 小鬼は胸を張り、ますます嬉しそうに笑う。


「ミスリル? へえ、そうか」

「しかも普通のミスリルではございやせん。新たな君主・・・・・によって生み出された、よりマナ吸収に優れた特殊なミスリルでございやんす」

「特殊なミスリル……? ふうん?」


 テクトルはそれでようやく興味を覚え、改めてその彫像を見つめた。

 かたちはどうでもいいが、素材自体が貴重な品物ならまだ価値がある。


 とはいえ、特殊なミスリルか……。


 そんなものの存在は聞いたことがない。

 奴隷たちの噂話で、ミスリルというのがペッカトリア貨幣の素材となっている金属だということは知っていた。


 しかし、ずっと囚人奴隷であったテクトルは本物の貨幣に触れる機会がなかったし、見たのさえ、ようやくつい最近になってだ。それを特殊とか普通とか言われても、いまいち凄さがピンとこない。


 バツの悪い思いをするテクトルを前に、小鬼はこれ以上の喜びはないとばかりの様子で笑っている。


「……できれば、普通のミスリルとどう違うか教えてもらいたいものだが」

「ええ、もちろんでございやんすよ。これは普通のミスリルと違い、なかなか黒化いたしやせん。つまり、通常よりも遥かに多くのマナを溜め込むことができるということでございやんす。この彫像にも、それはそれは多くのマナが取り込まれておりやんして」


 多くのマナを取り込んでいたからと言って、それが何になるというのだ?

 しかしそんなことを言うほど、テクトルは野暮ではなかった。こういうものは、好意をもらうものなのだ。


「すごいな。そんな貴重なものをわざわざ俺にくれるっていうのかい?」

「ええ、これはテクトルさまにこそふさわしい品でございやんす」


 そう言ってから、小鬼は彫像のドグマが被る王冠を指差した。


「ほら、ここにも匠の技が仕掛けられておりやんす。この冠は囚人技師トバルさまの魔法が刻み込まれた魔法器械(アーテイファクト)のパーツをもとに作られておりやんす。器械は『給湯器』と言って、熱を発して水を沸騰させる用途がございやんすよ」


 そんなものを、どうしてわざわざ王冠にして被せたのだろう? テクトルが疑問に思っているうちにも、小鬼は話すのをやめない。


「安全装置を取り除いた状態では、急激な熱を発して発火いたしやんす。それが、彫像に溜めこまれたマナの力を借りて、一気に燃え広がるという次第でございやんして」

「……え?」



「これは爆弾でございやんす」



 小鬼の笑顔とともに、ミスリルの彫像が爆発した。

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