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探り合い

 ストレアルは剣を抜かなかった。

 腹部を狙ってきた鋭い拳の一撃を、メニオールはすんでのところで躱す。


「……どうして剣を抜かない?」

「女を相手に、剣など必要なかろう」

「そいつはいい心がけだ――虫唾が走る」


 続けて放たれた一撃を避け、メニオールは大きく横へ飛んだ。


「てめえがミレニアを使って何をしようとしてるか、知ってるんだぜ? 女に剣を抜くのは恥だと思ってるやつが、あんな小娘を謀略に利用しようとして情けないと思わねえのか?」

「私は姫殿下を救いにきた騎士。それだけだ」

「厚顔無恥な野郎だ。いや、最初は仮面をつけていたくらいだから、恥くらいは感じていたのかもな?」


 言い終わる前に、顔に向けて拳が飛んでくる。

 身体をのけ反らせてそれを避けると、前のめりになった相手の腹に足を添えながら後方へ回転し、勢いを利用して頭越しに投げ飛ばす。


 ストレアルは宙で回転して体勢を立て直したが、着地の瞬間にできた隙を狙ってメニオールはナイフを二本投げた。


 付与魔法(エンチャント)を付着させたナイフだ。突き刺されば、その場で戦いは決着する。

 

 メニオールの魔法は、相手自身に付着した瞬間に効果が発動する。相手の神経を支配し、全てを思うままに動かすことができる。ただ、服や鎧の上からでは効果がないため、こうして飛び道具に付着させ、武器ごと相手に突き刺そうとすることもしばしばだ。


 ストレアルは身をよじって一本のナイフを躱し、もう一本は籠手で叩き落とした。


 鋭利な金属音が響く。

 籠手を貫通はしていないだろうし、ちょっとした幸運で手にかすり傷をつけているようなこともないだろう。


「……ミトラルダ。離れていろ」


 ストレアルが傍にいるミレニアに向け、口を開いた。


「や、やめてください! 二人がどうして争わないといけないんです!」


 そのときミレニアが悲痛な叫び声を上げ、メニオールは眉をひそめた。


「……まったくめでたいやつだ。こっちは、お前がわざわざ殺されに行くことはないって、止めようとしてやってるってのによ」

「……こ、殺される?」

「ずっとお前を殺そうとしていたのは、そいつだ。そいつの正義だと、小娘一人の生命を代償にして国に秩序を作れるものなら安いもんなんだとよ。ま、だからこそ、三流から抜け出せないわけだが」

「耳を貸すな、ミトラルダ。この俗物は所詮、こんな汚らわしい場所に落ちてきたやつだ。欺瞞を糧に生きているようなものだからな」

「オレがここに落ちたのは、てめえみたいなクソ野郎を殺したからさ。忠臣ぶった顔をして、国の誇りだの栄誉だの言うクズを見ると、吐き気がする」


 言いながら、今度メニオールはミレニアに向き直った。


「……ミレニア。そいつはお前を利用しようとしているだけだ。絶対にそいつと一緒に行っちゃいけねえ」

「ミトラルダを利用しようとしているのは貴様ではないか? なぜそうまでして、彼女を手放そうとしない?」

「……黙っていろ。てめえと行って死ぬよりはマシだ」


 騎士の問いに、メニオールは思わず顔をしかめた。ミレニアと自分は打算的な関係にしかなかった。少なくとも、表向きは……。


「答えられんか? やはり、所詮は大義も何もない悪党だな……これはフォレースの問題。無関係な外野は引っ込んでいることだ」


 ストレアルが一歩を踏み出す。

 それを見て、メニオールは姿勢を低くした。


「大義ねえ? てめえの女神は、てめえみたいなクズを肯定するのか?」

「私の行為は全てフォレースのためであり、それすなわち主神ラヴィリントのためだ。女神ホロウルンは私の全てを肯定する」

「……じゃあオレが否定してやる。地獄に行って、てめえの守護神さまとやらに直接手を合わせてきな」


 今度仕掛けたのはメニオールの方だった。


 皮膚が剥き出しになっている顔か、手――狙うのはどちらかだ。

 見ているだけで腹立たしい顔に狙いを定め、掌底を放つ。


 ストレアルはその攻撃に対し、前に踏み込んでくる。低くなった敵の頭の上を、メニオールの攻撃が空振りした。

 懐に入り込まれたかたちになったが、これはある程度わざとだ。


 ストレアルはまた腹を狙って突きを放ってくる。強烈な一撃だったのだろうが、そのダメージ全てを前もって付与魔法を張り付けていたネズミたち(スケープゴート)に受け流す。


「何……?」


 攻撃を受けても微動だにしないメニオールに、ストレアルは怪訝な声を出した。

 それにニヤリと笑って見せてから、騎士の首筋に肘鉄を落とす。


 流石というべきか、ストレアルは咄嗟に身をよじり、その肘での攻撃を肩で受けた。

硬い肩当ての感触。じんわりと肘に痺れが広がったものの、構わず逆の拳で今度は敵の側頭部を狙う。


 しかし、次の攻撃へと動いていたのは敵も同じだった。

 メニオールの攻撃と交差するかたちで、下から突き上げられた拳が先にこちらの顎を捉える。


 例によってダメージはない。


 ――しかし、足元から地面の感触が消えていた。


 どうやら、下からかち上げられた攻撃で少し身体が浮いているらしい、と冷静に状況を確認してから、目だけを動かして視線を落とす。


 すると、繰り出された敵の右腕が、まだすぐそこにあるのがわかった。

 メニオールは両足を伸ばし、その右腕をがっちりと挟み込んだ。それから空中で上体を思い切り逸らし、逆立ちの要領で地面に手をつくと、相手を回転の勢いに巻き込んで引きずり倒した。


「くっ――!!」


 地面に仰向けに倒れたまま、ストレアルが強引に腕を振るう。

人間離れした恐ろしい力だ。メニオールはそれに驚く間もなく、軽々と吹き飛ばされた。


 息つく間もない攻防――


 すぐに受け身を取って体勢を立て直すと、追撃の機を逃すまいと疾走する。敵の騎士はまだ片膝をつき、万全の状態でないようだった。

 腰から懲罰用の鞭を引き抜き、しなる一撃を放つ――。


 ――刹那、光が一閃した。


「……おい、女相手に獲物は抜かねえんじゃなかったのか?」


 ストレアルの抜いた剣が、鞭を両断していた。ほどなくして、鞭の切れ端が地面に落ちる。


「……どうやら、前言を撤回せねばならんようだな。まさか貴様がここまでやるとは」


 言いながら、ストレアルはゆっくりと立ち上がた。


「最初からそうしろ。手加減してオレに勝てるとでも?」

「すばらしい体術だ、メニオール。この見下げ果てた監獄世界にも……いや、こういう世界だからこそ、お前のような者がいるというわけか」


 殊勝なことを言いつつも、ストレアルは笑っていた。

 その瞳には、狂気すら感じさせる危険な輝きが漂っている。


「……だが、ここからは殺し合いだ。貴様を正式に王国の敵と見なし、全力で排除する」

「悠長なやつだ。オレはとっくにそのつもりだぜ? てめえのようなクズは、オレが責任を持って始末してやる」

「では貴様の正義と私の正義をかけて、殺し合いをしよう。『虚空』の力を前に、貴様がどれだけあがけるか見せてみろ」


 『虚空』……?


 その言葉を聞いて、メニオールは眉をひそめた。

 それがこいつの魔法か? あるいは、女神ホロウルンの加護?


 考えをめぐらすメニオールの目の前で、ストレアルの剣が金色の光を放ち始めた。


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