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魔導書の切れ端

 巨人のドグマは、忠実な部下であるスカーが行ってしまったあと、どうしようもない不安で部屋の中をうろうろと歩き回っていた。


 まさかフェノムが裏切るとは!


 フルールが呪いで倒れたあと、彼女の脇を固めた仲間(パーティー)のうち、唯一大きな地位を与えられなかったのがフェノムだった。


 フェノムは研究に没頭したいとか言ってペッカトリアの政治に関わろうとせず、みなが彼の意志を尊重したためだ。にもかかわらず、いまさらどういうつもりだ……?


「――ボス!」

 そのとき、しわがれた声が響く。

 見ると、自分と旧知の仲であるトバルが部屋に飛び込んできたところだった。


「おお、トバルじゃねえか」

「ボス、た、大変なのですじゃ!」


 ドグマは、慌てふためくトバルをやんわりと手で制した。


「大変なのはわかってるさ。さっきスカーが教えてくれたぜ」

「え、スカーが……?」


 トバルはきょとんとしたあと、さっと表情を変える。


「――そいつは偽物ですぞ! 本物のスカーはいまワシの工房でかくまっておりますでな!」


 必死な様子で言い募ってくるトバルを見て、ドグマは顔をしかめた。

 そう言えばスカーは先ほど、フェノムの仲間にどんな姿になれるやつがいるとか言っていた。


 そんな能力を持っている存在が、いま自分に近づくために化けそうなのは、一番仲のよいトバルなのではないか……?


「……待ちな、トバル」

「……え」


 ドグマは、目の前の小人をジロジロと訝しげに見つめた。

 こいつは本物のトバルだろうか? どうすれば、それを確かめられる?


「そう言えばよ、トバル。この間、てめえはフルールの城に行ったんだってな?」


 ドグマは妙案を思いつき、そう質問した。

 古株同士の二人にしか知らない情報がある。このトバルが偽物であれば、その情報について正しく受け答えできるわけがない、と。


「はあ、行きましたが……? しかし、いまはそんな話をしているときではありませんぞ!」

「――いいからちゃんと答えろ! いまこそ、確認が必要なときなんだからよ……てめえが城に行ったそのとき、フルールはどんな様子だった?」

「どんな様子も何も、彼女は寝ているではないですか。目を覚ますのは明後日の予定だったはずですが……」

「そうさ。そしてフルールが眠っている間、俺がここの実権を任されてる。フルールの私物を預かってな。フルールの印璽、魔導書……それで、彼女の代わりを務めるように言われてる」

「もちろん、そのとおりですじゃ」


 トバルは、何をいまさらと言わんばかりに頷く。


「だが俺がフルールの物で、持ってねえもんがある。そいつは何だったかな?」

「魔導書の切れ端でしょうが」


 と、トバルが即答する。


 フルールの魔導書の各ページにはそれぞれ魔法が込められており、その本を持つ者が同じ魔法を使えるようにと、特別な処置が施されている。つまりドグマは、この魔導書に書かれた魔法だけと限定されつつも、フルールと同じ魔法を使うことができる。


 だが、いまトバルが言ったように、ドグマは魔導書の全てを持っているわけではない。フルールから魔導書の切れ端を渡されたやつが、他にもいるからだ。


「ワシの知る限り、切れ端は二枚ありましたな。一枚は、城のメイド長ペリドラの所有する『大地穿ち(ペッカトラス)』の中に。あともう一枚は、ソラが持っていたはずですね」

「ソラは死んだ」


 ドグマがそう言うと、トバルは寂しそうに肩を落とした。

 魂兵のソラ。フルールが、ともにダンジョンの探索へと連れて行った仲間の一人だ。


「……誰しも、老いには勝てませんからのう」

「ソラが死んだとき、あいつの持ってた切れ端は一緒に燃やしちまった。だから、いま魔導書の切れ端は一枚だけだ。ペリドラの持つ一枚だけ」

燃やした・・・・? ソラの持っていた切れ端は、彼女の遺言通り彼女の・・・墓に入れた・・・・・でしょう? ひょっとすると、死んだのちも彼女が自分の魂を手繰り寄せられるかもしれないと期待して」


 それを聞いて、ドグマは険しい表情を緩めた。


「……悪かったな、トバル。てめえを疑っちまってよ」


 このことは、ドグマとトバルだけの秘密だった。周りには、ソラの持っていた魔導書の切れ端は、燃やしてしまったことになっている。もちろん、フェノムもそう思っているはずだ。


 フェノムの手先がトバルに化けているとしたら、ドグマがいま仕掛けた言葉の罠にはまり、正体を現していたはずだった。

 ほっと安堵の息を吐くドグマの前で、トバルはきょとんとしていた。


「……疑った? どういうことですじゃ」

「色々事情があったんだ。いまこの街には、妙なやつが紛れ込んでやがる。どんな人間の格好にも化けちまうやつらしい。で、俺はてめえがそいつじゃねえかって思ったわけさ」

「ああ、なるほど、そういうことでしたか! しかし、ワシならもっと強そうなやつに化けますがね……ワシはほら、見てのとおり非力な老いぼれですから……」


 言いながら、トバルは表情をさっと引き締めた。


「――そう言えば先ほどボスは、スカーの話をしておいででしたが?」

「そうとも。スカーが教えてくれたのさ。この街にそういうやつがいるってな」

「ですから、その者こそ偽物ですよ! 本物を監禁し、自分がスカーに成り代わって生活しておったのですじゃ!」

「いや、あいつは本物だ。象牙を持ってたからな」

「象牙……? 象牙ですと……?」


 トバルは混乱した様子で、首をひねった。


「ああ、そう言えば……ギデオンに化けていたとき、あの下手人は象牙を持っておりましたな?」


 ギデオン? なぜいまあの若造の名前が出てくる? ドグマは、トバルが何者かの術中に絡め取られているのだと感じた。


「落ち着け、トバル。俺が物事をはっきりさせてやる。あの象牙はこの街で一番価値のあるものさ。そうだろ?」

「……ええ。そのとおりですな」

「さっきのスカーは、それをわざわざ俺のところに持ってきたんだぜ? 偽物にはできねえ芸当だと思わねえか? 俺に反抗する勢力のやつなら、絶対にそんなことはしねえ。隠して、他の利用方法を考える。俺が逆の立場なら、絶対にそうする」

「……た、確かに……」

「しかも、仮に自分がスカーに化けている偽物だとしたら、他の何かに化けられるやつの存在なんて明らかにするか? 自分の秘密をバラしているようなもんじゃねえか」

「それは……そうですが……」

「てめえは誰かの魔法にかかっちまったのかもしれねえぜ。俺たちの中に不和の種を撒こうとしてやがるのさ」

「魔法にかかる……?」


 トバルは眉間のしわを深くする。


「す、すみません、ボス……色々なことがあって、実はワシも何が何だか……」

「フェノムが俺に反旗を翻しやがった。いま重要なのはそれだけだ」

「フェノムが……?」

「ノスタルジアから仲間を集めてやがるらしい。俺たちと戦争でもしようって心づもりかもしれねえ」

「そ、そう言えば先ほど、フェノムは妙な男と一緒に行動しておりましたな……」


 言いながら、トバルは顔を青ざめさせた。


「一向にわけがわかりません……わかりませんが、ワシはボスの命令に従いますよ……」

「十分だ。なあに、もうすぐリルパが帰ってくる。そうなったら、フェノムの野郎は終わりだ。フルールももうすぐ目覚めるし、彼女にちょっとした掃除を報告したら、ペッカトリアにはもう何の憂いもなくなるさ……」


 ドグマはトバルに向けてそう言ったが、そこには自分自身を勇気づける意味合いも込められていた。


「魂兵のソラ」の名前の初出は、71話「ラグナ・カムイ」です。「こいつ、どこで出てきたんだっけ?」と気になった方の助力になれれば幸いです。

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