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ペッカトリアの飛竜

 盛り上がる身体の大きさに回廊は狭すぎたのか、屋敷が軋みを上げる。


 ゴスペルは大きく身体を揺すって横にある壁を破壊した。そして、ズシリと庭に一歩を踏み出す。


 そこで身体を伸ばすと、ゴツゴツした翼に日の光が降り注いだ。

 体躯を覆う鱗は並みの金属よりも遥かに硬質であり、牙と爪には他のあらゆる魔物を上回る攻撃性が備わっている。


 巨大な飛竜――


 ゴスペルがこの姿になるのは、随分と久しぶりだった。

 しかし口の中に、まだあの囚人・・・・の腕をかみちぎってやったときの感触が残っているようだ。


 ノズフェッカへと逃げて行った囚人、シャルムート。


 あれは霧の夜だった。

 シャルムートやスカーが自分の屋敷で働く奴隷を次々と手にかけているのを知ったゴスペルは、罰と圧倒的な恐怖感を与えてやるために、この飛竜の姿を選択したのだった。

 とはいえ、あのときの変貌は一瞬だけだったが。


「……メニオールが、たまには人間以外の姿になれと言った意味がよくわかります。わたくしはいま、どこまでも暴力的になれそうですよ……」


 喉から出てきたのは、獰猛な低い声だった。

 自制心を解き放ち、竜の本能に全てを任せたい衝動に駆られる。


「……なるほど、図体だけは立派なものだ」


 崩れた回廊の天井部を吹き飛ばし、ストレアルが庭に歩を進めてくる。

 それから、ちらりと屋敷の方に目をやった。


「……どうやら、ここにミトラルダはいなかったようだな」

「ほう、誰か女性をお探しですか?」

「とぼけるなよ。貴様たちが彼女の身柄を隠していることはわかっている」

「では、なぜここにいないと?」

「貴様が派手に暴れる気でいるからだ」


 ストレアルはどこか無邪気さを感じさせる笑みを浮かべた。


「私もそれに倣うとする。死にたくなければ、早く彼女の居場所を吐くことだ」

「あなたの顔には正反対のことが書いていますがね……楽しみを見つけたからには、それを長く享受したいと……」


 ストレアルはそれに答えず、ただニヤリと口角を上げると、一直線に突っ込んできた。


 ゴスペルは大きく咆哮し、前足をストレアルに叩きつけた。

 横なぎに振られた剣に指を二本ほど吹き飛ばされたが、それでもゴスペルはひるまなかった。


 即座に回転し、今度は尾を叩きつける。

 その一撃を剣の腹で受けたストレアルは、素早く腕を持ち上げ、攻撃を上方向へと弾き返してしまう。


「なんとも単調な攻撃だ! 力はあるが、それだけだな!」

「――何の!」


 ちぎれた指を操作し、流形状にしてストレアルに張りつけると、彼の動きが大きく鈍った。

 そこに、もう一度尾の一撃をお見舞いする。

 ストレアルは屋敷に激突し、大きな音を立てて石壁を崩いた。


 並みの人間なら、これで終わりだ。

 全身の骨が砕けて立ち上がることすらできないはず……。

 しかしその騎士は平然としてむくりと身を起こす。


 ゴスペルの身体の一部は、まだストレアルにへばりついていると言っていい状態だったが、すでに多くの細胞が失われているのがわかった。


 それで、先ほどストレアル本人が言っていた言葉を思い出す。


 ――空間を削り取り、存在自体をなかったことにする。


 それが、女神ホロウルンの加護によって与えられた力なのだろう。


 おそらくだが、彼本人の魔法は身体強化に特化したもの。そうでなければ、あれだけの怪力ぶりや、竜の一撃を受けて立ち上がるタフさを説明できない……。


「いいぞ――ゴスペルとやら。ここまで血沸く相手は久しぶりだ」

「……方向性の異なる二つの魔法。しかも、どちらも極めて戦闘的。わたくしが言うのもなんですが、あなたは化け物ですね……」

「まさか、命乞いじゃないだろうな?」

「いいえ。消耗戦になると思っただけです……」

「消耗戦? ……なるほど、貴様の身体の一部と、私の体力の奪い合いと言うわけか。だが果たして、そう何度も同じ手が通用するかな?」


 そう言うと、騎士は一本調子に突っ込んでくる。

 流石にわざとかと思えるほど、単調な攻撃。


 こちらの動向を見ようと言うのだろうか。あるいは、他の思惑があるのか……?

 そのときゴスペルは、すでに相手のペースに呑まれていることにハッと気づいた。


 考え過ぎるのが自分の悪い癖だ。

 竜の身体を駆るのであれば、竜の闘争本能に任せるのが一番だと言うのに。

 ゴスペルは翼を広げて飛び上がり、自分の戦いの場を空中に移した。


「――逃がすか!」


 人間離れした脚力で跳躍し、距離を詰めてくるストレアルに向け、口を大きく開く。

 次の瞬間、喉の奥に焼けつく感覚が広がったかと思うと、真っ赤な火球が吐き出された。


 避けようのない攻撃――しかし突然ストレアルは空中で鋭角に進む方向を変え、ゴスペルを大いに驚かせた。


「な、何と!?」

「空は翼だけを受け入れるわけではないぞ!」


 ストレアルは、また空中で方向を変える。今度は、上へと。

 何もない空間を蹴り、空中(・・)()跳躍(・・)したように見えた。


 それ以後も、ストレアルはまるでそこに透明な足場があるかのように、空を駆けてくる。

 何度も火球を吐きつけてみるも、ストレアルはときにそれをよけ、ときにそれを剣で切り裂き、ものともせずに距離を詰めてくる。


「――ハアァァッ!」


 気合いとともに薙ぎ払われた剣が、竜の翼を捉えた。

 ゴスペルは空中でバランスを崩しながらも、切り裂かれた翼の方を、放射状の網に変化させてストレアルの方へと放った。

 即席の網が騎士を絡み取る。


「また同じ手か……芸のないやつめ!」


 言いながら、ストレアルがぐっと身体に力を込めた。女神ホロウルンの力を使われれば、きっとすぐに絡みついた細胞は抹消されてしまうだろう。


 その前に、勝負を決してしまう必要があった。


「その肉片は差し上げますよ……しかし、代わりにあなたの生命をもらいます」

「……何だと?」


 ゴスペルは空中で勢いよく前転し、上手く身動きできずにいる騎士を、強烈な尾の一撃で叩きつけた。ストレアルはくぐもった呻き声を上げ、屋敷の敷地の外に落下して、石畳に大きな亀裂を作る。


「さあ、この機を逃すわけにはいきません! ……しかし……」


 空から見ると、周りには驚愕顔の小鬼たちがたくさんいた。


「つ、翼を持つ飛竜だ! ペッカトリアにまで同じものが現れたぞ!」

「まさか、ノズフェッカから逃げてきたのか!?」


 彼らが何を言っているかはわからない。ただ、とにかくゴスペルは彼らを巻き込むのをよしとせず、唸るような声で叫んだ。


「――そこから離れなさい! 死にたくなければね!」


 とはいえ、悠長に小鬼たちの避難を待っていられないというのも本音。ストレアルがひるんでいるうちに、全力を叩き込まなければならない。


 ゴスペルは自分の身体中から活力を集めると、その全てを喉元に集約した。

 思わず顔をしかめる。先ほどの火球とは比べ物にならない熱さ……。

 そして、ついにその熱が自分の喉を焼き始めたとき、ゴスペルは力の全てを解き放った。


「――グウゥガアアアアァァァァァッ!!」


 咆哮とともに吐き出された熱線が、地面に倒れたままの騎士に直撃した。


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