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森を抜けて

 森の小道を少し進むと、道が一気に広くなった。視界をもっと先へ移し、そこに石で舗装された道を見つけたとき、ギデオンはその道の先に確固とした文明があるという確信を得た。


「俺たちはいま、ペッカトリアという囚人たちの街に向かってる」

「なんでそんなこと知ってるんだよ?」

「入る前に色々と調べた。きっと捕まるだろうと思っていたからな」


 ギデオンは担いでいる二人の囚人を両肩から下ろし、その場に座り込んだ。ハウルも囚人を下ろし、それに倣う。


「ここらでこれからのことを話し合っておいた方がいい」


 ミレニアには残り一人の囚人を担いでもらっていた。そのせいで彼女は随分と後方を歩いており、二人にようやく追いつくと、ぜえぜえと息を荒げながら道にへたりこんだ。


「大丈夫か?」

「な、なんでそんなに軽々しく人を二人も担げるんです?」

「俺は別に三人でもよかった。あんたが一人背負いたいと言ったんだぞ」

「……それ、答えになってませんよ」

「あんたも話を聞いてくれ。もうすぐ、ペッカトリアにつく」


 ギデオンは、入所前にハーフエルフのメニオールから聞いていた情報を二人に話した。


 ピアーズ門から送られてくる囚人たちによって発展した街、ペッカトリア。そのほとんどの住民は小鬼と呼ばれる生物であり、人と同じような知能を持っている。彼らは人の知識を吸収して、いまや経済と呼べるものまで身につけつつある。


「小鬼か……ま、見てみねえとわからねえけどよ」

「人間にも色々な種類がいる。エルフとか小人(リリパット)とか獣人(ラーナ)とかみたいに、俺たちの世界にいれば亜人の一種に数えられていたやつらだろうと思う。囚人たちと共生しているってことは、言葉か何か、意思疎通の手段もあるってことだ」

「俺たちはいまから、そいつらに気に入られねえとだめってことか?」

「いや、ペッカトリアのボスは、俺たちの世界から流刑になった囚人だ。巨人種のドグマっていうそいつが、言ってしまえばこの世界の王にあたる」


 そのとき、ミレニアの表情がピシリとこわばった。


「どうした? ドグマの名前に、何か思い当たることでもあるのか?」

「い、いえ、何でもありません……」


 ミレニアはさっと目を伏せる。


 そういえば、ドグマの名前はラーゾンを拘束しているときにも口にした。そのとき、ミレニアは何の変化も見せなかった。となると、いまは何が引っかかったのだろうか? 


 ――巨人、だろうか? 


 巨人という言葉からギデオンが連想するのは、彼らの国ギガントローテが、奴隷制度の発祥地として知られているということくらいだ。


「……まあ、いい。俺たちの境遇がいまやっかいなのは、どうもさっきの襲撃にそのドグマが絡んでいるかもしれないってことだ。ここでは囚人も小鬼もひっくるめて、全員がドグマの支配下にある。傷の男とラーゾンが、ドグマの命令で動いていた可能性は十分にあり得る」


 すでにギデオンは、自分が傷の男を取り逃がしてしまったことを二人に伝えていた。


 己のトラウマが知れ渡るのを恐れるあまり、必要以上に力を込めて「人は失敗から学ぶ生き物だ」と敗者の弁を強く展開したところ、ハウルがうんざりした顔で「過程はどうでもいいよ。てめえが失敗したっていう結果だけわかれば……」と呟いた。

 

 それはともかくとして。


「つまり、ペッカトリアの中はすでに敵だらけって恐れがある。傷の男も、すでに街に帰っているだろうからな。報告すべき相手がいれば、報告しているはずだ」

「戻ってラーゾンに聞き直すか?」

「いや、どの道ペッカトリアに行くしか方法はない。あいつが『街中、敵だらけです』って言ったら、お前は森でのたれ死ぬつもりか?」

「じゃあ、なんでこんな話をしたんだよ」

「覚悟を決めろってことだ。俺は目的があってここにきた。ドグマがその目的の邪魔になるなら、排除するまでだ」

「目的? さっきから聞いてりゃあよ、てめえ何か準備が良すぎねえか? 何の罪でここに落ちてきた?」

「同じことを聞かれて、お前は俺に話すか? そういうのは、お互い不干渉で行くべきだ。人には色々事情があるものだからな」


 ギデオンは、不機嫌そうに睨みつけてくるハウルの頭に手を伸ばし、ポンポンと叩いた。


「――は? え……?」

「でも俺は、すでにお前を信用している。お前にはきっと、罪を犯さざるを得ない事情があったんだろう。お前はいいやつだ」

「――な、なにしやがる!? ぶっ殺すぞ、てめえ!!」


 ハッと我に返ったハウルが真っ赤になって立ち上がり、ギデオンに掴みかかってくる。そんな二人の様子を見て、ミレニアがクスクスと笑った。


 思えば、彼女の笑顔を見るのは初めてかもしれない。


「ミレニア。あんたにも何か事情がありそうだが、それを話す必要はない。というよりも、そんなことを話すべきじゃない」

「あ、ありがとうございます……」

「善意で言ってるんじゃない。俺と違って、こっちのハウルは随分と甘い性格をしているようだ。事情を知ると、肩入れしてしまうかもしれないだろ?」

「え……?」

「もうここからは、お互いおせっかいを焼き合う余裕はない。もしドグマがこっちを殺すつもりなら、俺は本気で戦う。そうなったら、周りなんて見ている場合じゃないからな」

「い、いえ、大丈夫です。ここに来るまでにも、お二人にはすでに大きなご恩をいただきました。それに、いまこうして色々教えてくれることだけでも、ありがたいお話ですから……」


 そう言って気丈に微笑もうとするミレニアの声は、やはり震えていた。


 ハウルほど幼くはないものの、それでも彼女もまた年若い少女にしか見えない。純粋な人間だとすれば、どんなに多く見積もっても成人したての十八かそこらだろう。


 オラシルが時間を失わず、きちんと成長していればこのくらいかもしれない……。


 そんなことを考え始めていることに気づき、ギデオンは顔をしかめた。


 自分が甘い人間だと思いたくはなかった。それくらいなら、まだ世界に蔓延した例の甘ったるい二分思想に縛られている方がましだ。


 すなわち、この世には男と女しかいないというやつだ。ミレニアは美しい少女であり、自分は悲しい男の性として彼女のことが気になっている、と。


「……そういえば、あんたは瞳術師だったな」

「え、はい……そうですけど」

「俺は、知り合いの瞳術師に一つ力を教えてもらっていたところだったんだ。よくよく考えれば、あんたの助けがあれば、そいつを完成させることができるかもしれない」

「は、はあ……」

「瞳術師の輝きの瞳(グリムズアイ)は貴重だ。一つ、俺と利害だけの簡単な契約を結ばないか? お互いを助けるという契約だ。もちろん俺は契約術なんて使えないから、口約束にすぎないが」

「お、お互いを助ける?」

「俺の力を完成させるのを手助けしてくれ。反対に、俺はあんたの身の安全を保障する。これからはきっと、いままでみたいなラッキーは続かない。俺を雇っておいた方がいいぞ」


 ぽかんとするミレニアに向け、ギデオンは言い放った。


「なにぶん、俺は力だけは溢れているからな」


 それを強さだと考えるほど、ギデオンはもう幼くない。力をもって為したことの大きさを、強さだと教わったからだ。


 そういう意味では、自分は師の『強さ』に遠く及ばない。


 ただ、戦場などの暴力的な場に師のマテリットと弟子のギデオンが立っていた場合――最後まで残っているのは確実にギデオンの方だと、師は常日頃から言い続けていた。

次回より、新章「囚人都市ペッカトリア」編が始まります!


大きな見せ場のある章ですので、感想欄を見ずに読んでいただけると幸いです。


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