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覚醒

 メニオールがトバルの工房にやってきたとき、ただでさえガラクタで溢れ返って手狭な場所が、多くの来訪者達のせいでさらに狭く感じられた。


 工房の主トバル。

 千剣のフェノム。

 あと、見知らぬ男が一人――これがヴァロの言っていた仮面の男だろう。ゴスペルの情報によれば、ストレアル・ヴェスパーという王国騎士と見て間違いない。


 そして、作業台の上に寝転がる本物のスカー――彼は白く輝く魔法の仮面を被せられており、メニオールはすぐに、それがシェリーの魔法だと気づいた。


「……シェリーには、いま病院に気つけ薬を取りに行ってもらっておる」


 トバルはほっとした様子で、メニオールにだけ聞こえる声で語りかけた。


「お前さんが来てくれてよかった、ギデオン・・・・。ほら、この間も言ったじゃろうが? フェノムは厄介なやつじゃと。どうにもワシの手には余ってな」

「そうだったな」


 と、適当な相槌を打つ。


「ところでお前さん、ノズフェッカに行っとるという話じゃなかったのか?」

「……何?」

「一昨日、ボスのところにリルパがきた。ワシはあとで聞いた話じゃが、リルパはお前さんと一緒にノズフェッカに行くと言っておったそうじゃぞ」

「ああ、もう用は済んだんだ。だから、すぐに帰ってきた」


 どうやら、いまギデオンはこの街にいないらしい。

 ますます幸運が味方している。とはいえ……


 メニオールはちらりとスカーに目をやった。

 シェリーが帰ってくる前に、全てを終わらせる。下手なことを喋られる前に、こいつを始末してしまわなければならない。


「確か、ギデオンと言ったかな?」


 そのとき、フェノムが興味深そうな表情で声をかけてきた。


「君はどうしてここにいるんだい? 見ての通り、いまここは問題が山積みだ。厄介事に巻き込まれてしまうかもしれないよ」

「そいつに用がある」

「スカーに?」

「処刑する。ここのルールに則ってな」


 言いながら、メニオールは躊躇なく腰の袋からカルボファントの象牙を取り出した。

 すると、フェノムがすっと目を細めた。


「……どうして君がそれを?」

「スカーが持っていた。とびきりの禁制品だ。そうだろ?」

「ドグマはそう言っているね」

「オレはスカーと一緒に、馬鹿な小鬼がボスから盗み出したこの象牙の在り処を探っていた。だが、こいつを手に入れた途端、スカーはここの王になると言い出してな。つまり、ボスを裏切ると」


 メニオールは、魔法の光る面を被せられたまま瞳を閉じるスカーを、すっと指差した。


「オレにもその話に乗れと言ってきたものだから、制裁を加えたんだ。その傷はオレがやった。ここには、きちんと最後まで仕事を果たしにきたってわけだ」

「なんてことだろうね!」


 フェノムは肩をすくめ、わざとらしく大声を出した。


「スカーにも、野心というものが芽生えたんだね。まったく、欲望が生じた途端、定められた役割を放り出す人間というのは、なんて醜い生き物なんだろう!」

「スカーのやつは、小鬼たちを操って象牙を盗み出した黒幕が裏にいるってうるさかった。そいつを探し出せば、もっと象牙を手に入れられるってな。だが、オレにとってはそんなことはどうでもいい。こいつを始末して、象牙をボスに渡せば全部終わりだ。そうだろ?」


 暗に、フェノムにとって有利な条件を匂わせる。自分の秘密を知っている存在の口封じというかたちなら、フェノムも乗ってくるはずだ。


 当然、フェノムはこうして話しているギデオンにも疑惑を向けてくるだろうが、その疑惑の先にいるのはギデオン(・・・・)()あって(・・・)メニオール(・・・・・)()()ない(・・)


 メニオールの見立てでは、ギデオンとフェノムの力は互角。ギデオンはもう少し利用したいところだが、この先々、厄介な力を持つ二人が争って同士討ちということになるなら、それはそれでよしとすべきだろう。


「なるほど、なるほど」


 と、フェノムは微笑んで言った。


「残念ながら、スカーはここで死ぬべき存在のようだ。象牙を見て思い上がったんだろうが、そのたった一度の過ちは、あまりにも大きすぎる過ちだからね」

「……よし、話は決まったな。こいつはいますぐ殺す」


 スカーに近寄ろうとすると、抜身の剣が目の前に現れ、メニオールの進行方向を遮った。


「……何のつもりだ?」

「……その男には、まだ聞くことがあります」


 そう言って鋭い眼光を向けてくるのは、王国騎士のストレアル。


「よそ者は引っ込んでいろ。これはペッカトリアの問題だ」

「私が彼に話を聞くまで、待ってください。先ほど出て行った女性が気つけ薬を手に、すぐ帰ってきます。始末するなら、そのあとでもいいでしょう」

「残念だが、そんなに悠長に待っていられない」


 スカーが目を覚まし、好き勝手に話されてしまっては、いままでやってきたメニオールの秘密が白日の下に晒されることになる。


 それを阻止するために必要なのは、ほんの少しスカーに触れることだった。

 それで付与魔法(エンチャント)を張り付けることができる。


 メニオールの魔法が対象に張り付いている期間は長くても一日だが、それだけあればなんだってできる。神経を操り、適当なことを喋らせてから、舌を噛み切らせてやってもいい。


 ここは多少強引に進んででも、スカーに触ってしまうが吉だ……。

 そう思って目の前の剣を煩わしげに払いのけたメニオールは――しかし、ストレアルから発せられる殺気のような「何か」を受け、ピタリと歩を止めた。


「……私はそこまで無理なお願いをしていますか?」

「オレとやる気か? こんな臭い場所で死にたくないだろ?」

「あるいは、あなたが私の探している女性を教えてくれればいいんですがね。そうすれば、こんな男の生命を長らえさせる意味もありません」


 言いながら、ストレアルはメニオールの前に立ちふさがった。


「……女だと?」

「最近この監獄世界に送り込まれた女性ですよ。名前はミレニア。私は、あなたが彼女のことを知っている気がしてなりません」


 ミレニアの名前が出て、一瞬、メニオールは内心の焦りが顏に出てしまわないようにと、精神を集中することになった。


「……なぜそう思う?」

「下調べをしてきたんですよ。彼女と一緒に入った囚人たちのリストを見ました。そこにあなたもいたはずです。そしてあなたは、ミレニアを奴隷として買ったスカーと協力してことにあたっていた……」

「残念だが、そんな女に興味はない」


「……嘘はいけねえよ、メニオール」


 そのとき、作業台の方からかすれた声が聞こえ、メニオールはハッと息を呑んだ。


「そいつはきっと、あの黒髪の女だろ? あんたが一度連れてきた女だ。随分とご執心の様子だったじゃねえか……」


 ぞくりと総毛立つ。

 光る仮面の奥で目を見開いたスカーが、こちらに顔だけ向けて笑っていた。


 こいつ、もう目を覚ましやがったのか――!?


「それにしてもメニオール、今度のそいつはいったいどういう仮装だい? 俺以外の男の姿になるなんて、ひどいなあ……え?」

「……貴様、何を言っている? 痛みで頭がおかしくなったか?」


 メニオールは焦りをかみ殺し、努めて冷静な声を絞り出した。


「とぼけるなよ。あんたがどんな姿になっても俺にはわかる。あんた(・・・)()()()。あんたの綺麗な青い目……いつも俺を冷たく見下ろしていた目さ……」

「どうやら、まだ意識が混濁しているようだな……」


 メニオールはやれやれと肩をすくめてから――迅速な動きで腰からナイフを抜き、スカーに向かって投擲した。

 しかし、ストレアルの剣がそれを弾き飛ばす。


「アッハッハ! いよいよ俺を殺す気になったかい? いいぜ、痛みのやりとりをやろう!」


 スカーの見えない腕が伸ばされ、メニオールに触れるのがわかった。

 咄嗟に付与魔法(エンチャント)を張り付けている他の生物へと、苦痛を受け流す。


 しかし、それをスカーに跳ね返すことはできない。メニオールは土中魚漁に行ってペッカトリアを離れていたため、丸一日以上スカーに触れていない。つまり、前回地下牢に行った際スカーに張り付けた付与魔法(エンチャント)は、すでに消えてしまっているのだ。


 新しく魔法を張り付けるためにスカーに近づこうにも、目の前にはストレアルがいる。

 さらに悪いことに、すぐ傍には囚人最強を謳われるフェノムまで……。


 あまりに多勢に無勢だった。

 メニオールはさっと身を翻すと、逃走を開始した。


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