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スカーの逃亡先

 王国に語り継がれる遠い過去の英雄、千剣のフェノムと並んで歩くストレアルは、囚人の街に溢れる小鬼たちの愛想笑いを不快に思っていた。


 まるで王族を相手にしているかのように、みながみなフェノムに頭を下げ、揉み手し、媚びへつらった態度を取る。


「……何をそんなにイライラしているんだい、ストレアル?」


 笑みを浮かべたまま、フェノムがそう訊ねてくる。


「いえ、私は小鬼が好きになれそうにないな、と」

「忠実な者たちだよ。人間などよりも、よほどね」

「そうですか?」

「君の言う小鬼……つまり、ゴブリンは役割に生きる生き物だ。自分の役割がこういうものだと思えば、ずっとその役目をこなそうとする。こういうへりくだった態度も、それが自分に相応しい態度だと感じているから、そう演じているんだよ」

「演じている? ではこれらはすべて、演技ということですか?」

「人間だって、王は王らしく、騎士は騎士らしく、商人は商人らしく振る舞うじゃないか。ゴブリンたちは、それをもっと徹底していると言えばいいのかな。同じ人間に接する態度も、ぼくたち囚人に対するものと、囚人奴隷や奴隷に対するものでは随分と違う。そこにゴブリンたちの本性が現れている、とぼくは思っている」


 フェノムが指差す先には、首輪で繋がれた男が、小鬼の命令に従って荷物を運んでいた。小鬼は鞭を地面に叩きつけ、大声で叫んでいる。

 しかしフェノムが傍を通ると、途端ににこやかな笑顔になって頭を下げた。


「……私には、二枚舌を駆使する汚らわしい生き物にしか見えませんが」

「君は高潔すぎる。いや、潔癖といった方がいいかな。もっと濁った場所の常識というやつを学ぶべきだ」


 そう言われ、ストレアルはアソーラム公のことを思い出した。彼は、ストレアルに大いなる善を為す際の必要悪を説いた。


「君はゴブリンを一般的な概念としてしか見ていない。彼らの忠実さは、実際に自分の手足として使ったとき大きな力だと実感するよ。まあその分、転向させるのには苦労するけどね」

「そう言えばあなたは、この世界の王に叛意を示そうというお話でしたね」

「王とは、ドグマのことかい?」


 フェノムは笑った。


「まあ、いいか。あんな小心者でも、確かにゴブリンたちを従わせているうちは、こちらから手出しできないものだ。ここは結局ゴブリンの世界で、彼らがいなければ回らない。だから、ゴブリンたちを味方につけるための大義がいる」

「大義ですか。たとえば、より王に相応しいものを担ぎ上げるとかですか?」


 ストレアルが言うと、今度フェノムは声を上げて笑った。


「アッハッハ! 君は面白いことを言う」

「あなたは昔、同じことをしたではありませんか。王の弟君を擁立するという建前で、王を排除しようと」


 それが、フォレースの歴史が語るフェノム反乱の理由だった。当時のフォレース王の弟にして、『海公』とも呼ばれた大商人、レンポード公を新たな王とする国の建設。とはいえ、いまとなってはその理由を信じている人間はいない。


「それが建前だったと後世の君たちにばれているのが、ぼくの失敗だろうね。ただ単純に、ぼくは世界最強と言われるフォレース騎士団と本気で戦いたかったんだよ。欲望に流されて、建前として掲げた役割をきちんと演じられなかった。まったく、ゴブリンたちを見習わないといけないよね」


 他人事のように話すフェノムを、ストレアルはじっと見つめた。

 フェノムは過去にフォレースにおいて反乱の大義を求め、いまここペッカトリアでも反乱の大義を求めている。


 そして思えば、いまストレアルも反徒たちの大義となる王女を探してここにいる。歴史というものは、複雑に絡み合いながら、繰り返すものらしい。


 ちなみに、いまアソーラム公爵位に付属する王国情報部の地位は、ランポード公の叛意を退ける際に確立されたと言ってもいい。ゆえにストレアルの主である現アソーラム公ウェザークロスにとっても、フェノムは縁のある相手と言ってもよかった。


 ストレアルがそんなことを考えていたときだった。


 バタバタと翼をはばたかせながら、空から小さな白い鳥が現れた。

 鳥は二人の周りを何周かくるくると飛び周り、フェノムの肩に止まる。


 よくよく見ると、それは二人が屋敷を発つ際、フェノムが放った小鬼に持たせた伝書鳩だった。

 フェノムは鳩の足に結ばれている紙をほどき、そこに書かれた文字に目を這わせる。


「……喜ぶといい、ストレアル。ぼくの部下がスカーを発見したらしい」

「おお、それは僥倖です!」


 ストレアルは途端に色めきだった。


「それで、彼はいまどこに?」

「トバルの工房にいるらしい……ああ、トバルって言うのは、ここにいる囚人の一人でね。彼の工房はこの職人街にあるから、すぐ近くだよ」


 言いながら、フェノムはストレアルの方をちらりと見つめた。


「……ただ、どうもスカーはいま話せない状態にあるようだ」

「どういうことです?」

「大けがをしていて、意識が朦朧としているという話でね。トバルの見立てでは、右足が使い物にならなくなっているらしい」

「大けが? なぜ?」

「わからない。空から魔物でも現れたのかな? あるいは、囚人同士の争いがあったか……しかしスカーに喧嘩を売る囚人なんて、ここにはそんなにいなさそうなものだけどね」


 ストレアルは、そこにミトラルダが関係しているのではないかと直感した。スカーという男がミトラルダの死体を偽装し、本物の彼女を匿っていたのだとしたら、そのことを知った何者かがスカーを襲ったのかもしれない。あるいは、共謀していた仲間に裏切られたか。


 この考えが正しいのならば、いまスカーを傷つけた謎の襲撃者は、ミトラルダの正体を知っていると言うことだ。彼女の利用価値も。


 ただ、それがどちらかまではわからない。

 襲撃者が必要としたのは、王女としてのミトラルダか? あるいは瞳術師としての力……?


「……そのスカーという男に死なれては困ります。急ぎましょう、フェノムさま」

「厄介事が起きなければいいけどね」

「問題があれば、私に全てお任せ下さい。フェノムさまのお手を煩わせるようなことはしませんよ」

「そういうわけにはいかない。彼はぼくの秘密を追っていたんだよ。ひょっとしたらぼくの仲間が、ぼくに相談する前にスカーを攻撃してしまったのかもしれない。それだったら、悪いことをしたわけだしね」


 なるほど、そういう可能性もあるわけか。

 ストレアルはぐっと気を引き締めた。


 何はともあれ、そのスカーという男が、いま全ての鍵を握っているのだ。

 なまじ頭が回る分だけ、色々なことに首を突っ込んでいたのだろう。その分だけ、面倒を一身に引きつけている。


 いざとなれば、フェノムを出し抜く必要が出てくるかもしれない……。


 そう思いながら、ストレアルは横を歩く旧時代の英雄をちらりと一瞥した。

次回より新章「騎士動乱」編がスタートします! 各キャラの見せ場が多くなってくる章です。


たくさんのブックマークや感想、評価ポイントをいただき、日々の更新の励みになっております! 本当にありがとうございます!


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