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ギデオンの力

 傷の男を取り逃がし、悄然として元の場所へと帰ってきたギデオンを待っていたのは、意味不明な光景だった。


 妙な化け物に、ハウルが捕らわれている!

 

 そのとき、改めてここが未知の生物のはびこる監獄だと思い知らされた。


「こ、ここにはこんな魔物がいるのか……」

「てめえには感謝してるぜえ、ギデオン! 俺にこんな身体をプレゼントしてくれてよお!」


 しかも言語まで操るだと!


 どうも植物の魔物のようにも見えるが、その生態は不明だ。ギデオンはうずうずし始めていた。


「……おい、お前には何か名前とかあるのか? いや、まずこちらの言葉がわかるか?」

「馬鹿野郎、こいつはラーゾンだ! てめえの呼んだデカブツと混ざりやがったんだ!」

「な、何?」

「ラーゾンはキメラ使いだ! 自分を材料にしやがった!」

「……では、新種の植物ではないのか……」


 ハウルの言葉を聞いて、ギデオンは失意に沈んだ。好戦的な植物なら、取り込んで新しい戦力にするつもりだったのだ。今日はなかなか物事が上手くいかない日だ。


 よくよく見ると、確かに少し身体のでき方に多く()()挟まれて(・・・・)いる(・・)気がするが、野太い茎自体はキュロースローゼのものに見えなくもない。


「しかし、だとすると……なんでこんなに短い動根が多いんだ?」

「俺が爆破した!」

「なんで天辺に花がない?」

「そいつも俺が爆破した!」

「まさかお前、戦ったのか?」


 そのとき、返答の代わりにハウルがくぐもった呻き声を上げた。彼を捕える動根がプルプルと震え、締め上げの力が増しているようだった。


 魔物の口々から異口同音に、ラーゾンの勝ち誇った声が響き渡る。


「――そうよ、戦ったのよォ! そんでこの犬ころは無様に俺に食われるってわけだ! こいつの次はてめえだぜ、ギデオン!」

「待て、食うならもっと別の物を食え。動根は再生できるし、もっと長く伸ばせば遠くのものを掴むことだってできる。周りの木々を食いつくし、大地から養分を吸い取り続けろ。お前には、ここの生態系を破壊してもらいたい」

「はあ?」

「というのも、俺は今後この道をよく利用することになるからだ。街からピアーズ門に出向いて、とある方と面会を重ねなければならない。その度に、蜂のいる森を抜けるのは嫌だ」

「てめえ、さっきから何を言ってやがる!? 立場をわかってんのかァ!?」

「お前を殺さないと言ってるんだ。精々、俺のために働け」


 ギデオンが力を発すると、巨大な魔物はピタリと動きを止めた。


「な、なんだ――か、身体が動かねえ……!?」

「大丈夫だ。あとですぐ動けるようにしてやる。だが怠慢は許さんぞ。植物が俺に奉仕するのは、当然の義務だからな」


 力を失ってだらりと垂れさがった動根からハウルを救出すると、ギデオンは苦痛に顔を歪める彼に話しかけた。


「ミレニアは?」

「……どっかに隠れてんじゃねえか?」


 ハウルがそう言ったとき、ギデオンは遠くで腰を抜かしているミレニアを見つけた。


「他の生き残りはどこだ?」


 身体が痛むのか、ハウルは弱々しく顎をしゃくって示す。


 見ると、全員がきちんと五体のある状態で五人が横たわっている。一人は、一本の動根に寄り掛かるようにして寝息を立てていた。


「……全員無事だ」

「そいつはよかった。お前、まさかあいつらを助けるために戦ったのか?」

「……違えよ、馬鹿野郎」

「そうか? だが、だったら戦うべきじゃなかったな。勝ち負け以前に、キュロースローゼとやり合うのは不毛だ。あいつはあの場所から動けない。動根から遠く離れてしまえば、それで戦いは終わる」


 いいぞ。舌が回ってきた。


「それ全て、お前に植物の知識がなかったからだ。お前に知識欲があるのなら、もっと植物のことを教えてやってもいいが?」

「うっせえよ、うぜえな! てか、あいつをいま放置して大丈夫なのかよ!?」

「あいつは俺の下僕だ。俺が許可を出すまで動くことはできない。さっきまで誰かに操られていたようだが、いまのボスは俺だ」

「じ、じゃあ……」


 そう言うハウルの目の端に涙が浮かんで、ギデオンは少し驚いた。


「俺は助かったのか……?」


 改めて、彼が随分と小さいことに思い至る。小型の獣人だと思ったが、ひょっとするとまだ成人していないのかもしれない。となるとこの監獄に入れられているのに疑問が出てくるが、いまそんなことを考えるべきでないということは、流石のギデオンでも理解できた。


 いま彼に必要なのは、思いやりだ。


「ああ、もう大丈夫だ。もう少し離れた場所で、手当てをしてやろう。戦いを不毛と言って悪かったな。お前はよく頑張った」


 すると突然、ハウルは顔を赤くした。


「――うるせえ! てめえの手なんか借りねえ!」

「そうか?」


 ギデオンを押しのけて弱々しく立ち上がったハウルは、そばに屹立してピクリとも動かなくなった人と植物のキメラに近づいた。


「こ、こいつに借りを返してやる……!!」

「やめろ、ハウル。お前がやらなくても、そいつはいまから地獄の苦しみを味わうことになる」

「何だと?」


 ギデオンは肩をすくめた。


「飢えだ。張り切って、いささかサイズを大きくし過ぎた。これだけのサイズを支えるには、とんでもない量の獲物がいる。この辺り一帯はすぐ更地になるだろうな」

「え……?」

「それから遠くの獲物を呼び寄せようにも、お前が香りを出す花を破壊してしまった。再生することはできるが、大きなエネルギーがいる。こうなると悪循環だ。多くの獲物を得るためには花がいる。とはいえ、その花を再生するためにはより多くの獲物がいる。食っても、食っても、追いつかない。ここらの環境を破壊したあと、こいつは餓死するだろう」

「餓死って……こいつがか?」

「もって二日ってところだ」


 そこまで言って、ギデオンは眉をひそめた。


「キュロースローゼは昔、タコと間違われていたと教えただろう。こいつらは飢えて食い物がなくなると、自分を食い出す。そういうのが、タコそっくりだって言われていたんだ」

「はあ……タコってそういう……」

「しかしタコは空腹で自分を食べるわけではない。あれはどうやらストレスが原因らしい。そういう点からも、キュロースローゼとは似ても似つか――」

「もういいって! いい加減、うぜえぞお前!」


 いいところで話を遮られたギデオンは、その苛立ちを今度、キメラにぶつけた。


「……貴様、立場(・・)()わかって(・・・・)いる(・・)()? きちんと職務を果たすことだ。とはいえ、俺がわざわざ命じなくてもお前は食い続けるだろうが」

「う……う……」


 無数の口をヒクヒクさせ、言葉にならない声を上げるキメラ。


「よし、では怪我人を連れて移動するか。そこで今後のことを話そう」


 すでに気持ちを切り替えてしまったギデオンに反し、ハウルはまだどこか後ろ髪を引かれている様子だった。


「……なあ、ギデオン。本当にこいつ放置していいのか? お前、こいつはここを更地にしちまうって言ってたろ」

「言ったが?」

「お前、植物使いだろ? 木々とか環境が壊されるのに、一番カッカしそうなタイプじゃねえか?」

「俺は人間だぞ。利己的なんだ」

「い、いや、俺はそういうことを言ってるんじゃなくってよ」

「じゃあどういうことだ? 俺は確かに植物が好きだが、その感情を上回るほどに蜂が嫌いだ。そしてこの近くには蜂がいる。ここは、もっと拓けていた方がいい」

「やっぱてめえ、イカレてるぜ……」

「俺がイカレてるなら、人間はみんなイカレてる。文明の中の生活っていうのは、結局のところ恣意の産物になる。お前だって家畜の肉を食うだろ。それは人間の都合だ。でも家畜たちは家畜たちで、人間に管理されることで種の保存をはかってる」


 そうだ、とギデオンは胸中で呟いた。植物を使うには、その種の保存から始まる。

 ゆえに自分の魔法の本質は、植物に協力を仰ぐことではない。


 植物を家畜化することだ。


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