黒い影
俺は小さい頃から黒い影が見えた。
家の中には二人の黒い影がいた。
一階の廊下には長身痩躯の影が、二階の和室には中肉中背の影がいた。
気がついたらいたという感じであまり気になったことはなかった。
中学生三年の頃、塾の入試対策授業があり、夜遅くに家に帰ると少し違和感を感じたが、その日はその違和感の正体を知ることはできなかった。
次の日も、その次の日も違和感を感じるものの、それに気づくことはできなかった。
一週間ほど経った頃だろうか。俺はその違和感の正体に気づいてしまった。
黒い影が動いていたのだ。
一階の廊下の黒い影が少しだけリビングの方へ近づいていたのだ。
その時、全身から冷や汗が出てきて寒気が止まらなかった。
家族に何か不幸なことが起きるのではないか。そう直感的に感じたのだ。
しかし、それから黒い影はそこから動くことはなかった。
高校生になり、その時のことはすっかり忘れ、黒い影もあまり見えなくなっていた。
ある真夏の日、友達と夜遅くまで遊んでいて、家に帰ってきたのが午前二時を回ろうとしていた時だった。
早くシャワーを浴びたいと思いながら玄関を開け、家の中に入った途端凄い寒気が襲ってきた。
エアコンの切り忘れかなと思いながら、上がり框に座り靴を脱いでいるとふと気がついた。
しっかり者の母がエアコンを切り忘れるなんて有り得ない。そもそも俺の家は廊下までは冷やさないということに。
すると俺の体はガタガタと震え始めた。
背後に何かの気配を感じたのだ。
振り向くのが怖くなり、ここで寝てしまおうかとも考えたがこの状態で寝ることができるとは思わなかった。
携帯の充電も殆ど無く、朝までここに座っていることもできそうになかったので勇気を出して振り向いてみることにした。
三……
二……
一……
バッと勢いよく振り向くと黒い影と目が合った。
いや、正確に言うと目は合っていない。そもそも黒い影に顔なんて無いのだから目が合うなんて有り得ないのだ。
でも確かに目が合ったのだ。
恐怖で暫く動けないでいると黒い影がニヤリと笑ったような気がした。
その瞬間、俺は勢いよく階段を上り、自室の布団に潜り込んだ。
当然寝ることなどできず、暫くジッとしていたが、部屋に朝日が差し込むと安心して眠ることができた。
目が醒めるとシャワーを浴びていなかったことを思い出した。
シャワー浴びようと階段を下りると、階段の目の前に黒い影がいた。
不思議なことに昨日のように寒気がしたりすることはなく、黒い影をすり抜けても何も感じなかった。
翌日、階段を下りると黒い影は階段を一段上っていた。
しかし、昨日と同様に恐怖心を抱くことはなかった。
それから黒い影は連日だったり一週間おきだったりに一段ずつ階段を上っていった。
高一の冬休み、遂に黒い影が二階まであと一段というところなった。
もうすぐ冬休みが終わりそうになり、溜まっていた課題を終わらせようと夜中まで課題を取り組んでいた日、ギシ──ギシギシという音が聞こえてきた。
自分が生まれる前に建てられたこの家は老朽化が進んでいるためギシギシとなっているのだろうと思い課題を続けた。
ギシ─ギシギシ──ギシギシギシ
こっちに近づいてきてないか?
ふとそう思ったのは初めに音が聞こえたから十分ほど経った頃だった。
なんだか怖くなってきたが課題を終わらせなければと取り組み続けた。
時間が経つにつれて音がどんどん近づいてくるのを感じた。
ギシギシ──ギシギシギシ
頭の中では早く寝ろと警告が鳴り響いていたが、それでも課題を取り組み続けた。
すると音が鳴り止んだ。
ホッとしてグッと背伸びをすると黒い影が部屋に入ってきた。
ドアをすり抜けてヌッと入ってきたのだ。
俺の体は動かなった。
俺は人生で初めて金縛りを体験した。
黒い影は部屋の中を歩き、そのまま出ていった。
黒い影が部屋を出た瞬間、ブワッと汗が噴き出てきて、直ぐに布団に潜り、その日は眠った。
それ以来、あの黒い影を見ることは無くなった。
一体何をしたかったのか、何を伝えたかったのか、俺には分からない。
ただ、一つ気になるのがあの黒い影は俺が夜遅くまで起きていた日に移動していたことが多かったことだ。
もしかしたら、夜更かしをしていた俺に早く寝ろと伝えたかったのかもしれない。
皆さんも夜更かしのし過ぎにはお気をつけ下さい。